第22話
呆れ顔で屋敷に入ってしまう瑠璃を見送りながら、龍哉は自分を睨みつけているフォンセを静かに見下ろした。
煮えたぎっているだろう怒りを抑え込んで瑠璃の心配をしたところは褒めてやらなくもないが、まだまだこんなクソガキに可愛い娘をくれてやる気はない。
なのに、なんださっきのいい雰囲気は。いつの間にあんなに懐かれた。
瑠璃が自分からフォンセの肩に頭を預けるだなんてこの目で見てしまった今でも信じがたい。
瑠璃はその性格から寄ってくる人間を拒絶しない代わりに自分からも寄って行かないし、甘えない。
その唯一の例外が龍哉でそれ以外はイヴェールだろうとアルセだろうと、エアルや静奈であろうと自分から甘えるような仕草を見せることはなかった。
グレンに対してもそうだ。他に比べれば心を許しているように見えるが、それはあくまでイヴェールたちと同じ。身内だと、自分にとって害のない人間だと認めただけだ。
それなのにフォンセに対しては妙に素直だし、頼りにしているふしがある。
この間だって、珍しく眦を釣り上げて龍哉に噛みついてきたと思えばその背後でクツクツと笑いを噛み殺しているフォンセの姿があった。
自分以外にそれだけ興味をもち、心を許せる人間ができたことは喜ばしいことだ。
ただ、その相手が納得できないだけで。どうして男、しかもこのクソガキなのか。心底気に食わないし認めたくない。
「まだ僕は誰かにあの子をくれてやるつもりはこれっぽっちもないから」
「言ってろ。必ず俺が貰い受ける」
強い意思を宿した翡翠が真っ直ぐに龍哉を射ぬく。
その強すぎる瞳に言いようのない高揚感が背をかけぬけた。
緩みそうになる口元を意識して抑えながら、いずれ自分から娘をかっさらっていくかもしれない天敵を睨みつける。
「寝言は寝ていいなよ。僕より弱いやつにあの子を任せたりしない」
逸らされることのない翡翠に負けない強さを持って言葉を紡ぐ。
それは紛れもない本心だった。
「あの子を籠の鳥にするような男にも預ける気もないから」
「……」
ますます顔を歪めたフォンセに龍哉は満足そうに笑みをのせ、ゆったりと足を動かし始めた。
大事な可愛い娘を他の男に任せる気はまだまだない。あの子に男なんてまだ早い。
けれど、きっといつか、その日は来てしまうから、だからその日が来るなら自分が認める相手じゃないと許さない。
瑠璃が欲しいならそれに見合うだけの男になってもらわなければ困る。
このまま諦めてただの幼馴染で終わってくれても龍哉としては一向に困らないのだけれど、その気は全くなさそうなのでしっかりと釘をさしておく。
「忠告なんて珍しい。お前実はちょっとフォンセのこと応援してる??」
いつの間にか車から降りて隣に並ぶアルセに龍哉は思いっきり顔を顰めた。
「そんなんじゃない」
「だよなー。フォンセはちゃーんと踏みとどまったもんな。
うちの馬鹿息子は見事に暴走しかけたけど」
「現場を見ているかいないかの違いも大きいでしょ」
「うわっ、本当に珍しい。
だけど、あいつらはまだ本当に失いたくないものっつーのが少なすぎるからな。
これくらいでグラついてもらったら困る」
「あなたこそ珍しいね。随分とマトモなこと言ってるよ。大丈夫?」
「どういう意味だよ!?」
「もちろんそのままの意味だよ。
……分かっていないのは瑠璃も同じさ。
少しずつ広がってはいるけれどまだまだあの子の世界は狭い」
「瑠璃の方は心配ないんじゃねぇの?
あいつらの監視が厳しい中で友達つくったんだろ?
小動物の本能っつーか、なんつうかで本当に危ないやつには極力近づかないし」
「まぁ、ね。一度気を許した相手にももう少し警戒心を持ってほしいんだけど」
「アハハ、そりゃ無理だろ。フォンセも必死だからな」
かつて本当に幼児かと疑うくらいの執着を瑠璃に向けていた子どもたちは、成長と共に強すぎる執着を隠すことを覚えた。
強制的に引きはがされたことも理由だろうが一番は瑠璃を怖がらせないため、怯えさせないため。なによりも、逃げられないために。
「それにしてもお前とこんな会話をする日が来るなんて……」
「うるさいよ」
親の心子知らず。
珍しく(?)父親な会話をしてます(笑)
それにしても話が進まない…