第16話
模擬戦というのは休み明けの実力テストの実技バージョンらしい。
休みの間にサボって身体がなまっていないか、どのくらい成長したかを調べる為の戦闘形式のテスト。というのは教師からの視点であって、生徒にとっては完全実力主義の専攻のクラス分けに影響する先輩後輩関係ない下剋上の場らしい。
同じレベルのグループに振り分けられその中での1番勝ち数の多かった生徒は次の模擬戦の時にひとつ上のレベルのグループに仲間入りできる。逆に1番負け数の多い生徒は下のグループに逆戻り。
グループは先輩後輩関係なく実力別に振り分けられてつくられるのでフォンセやグレンは1番上のグループに君臨し続けているのだとか。
本当のところはフォンセ達が例外なだけで実力別と言っても大抵学年で固まることが多いみたいだけど。
先輩たちを差し置いてフォンセが監督生をしているのもそういう理由もあるのだとか。
1番上のグループの戦闘は一般生徒も見学者がいるくらいに一種のイベントなのだとか。
いやはや、住む世界が違いますね。って、私も参加しなきゃいけないのか。憂鬱だ。
「ふふ、まだこの模擬戦には秘密があるのよ」
動きやすい格好に着替えたジュリアがどこか楽しそうに笑う。
訳が分からずに首を傾げたら、秘密を分け与えるように声をひそめてもう一つの特典を教えてくれた。
曰く、特殊科の生徒はフォンセたちのように家業(裏社会のお仕事含む)を手伝っている生徒が多いので各学期に一度だけ有る条件をクリアすれば授業を受けなくても単位をもらえるという夢の様な特典を学園側がプレゼントしてくれるらしい。
この模擬戦でいい成績を収めた生徒にはその「ある条件」に関するヒントが与えられるというわけだ。
「ある条件」というのはその時々で変わるのでこのヒントがあるのとないのでは雲泥の差らしく、模擬戦はみんな気合いが入る。
ジュリアも気合い十分だ。グループ内での優勝を私にプレゼントしてくれるらしい。
……ジュリアならできるよと心から言っておいた。
「瑠璃―っ!」
ジュリアにボコされた先生の姿を思い出して、遠い目になってしまった私を引き戻すかのように名前を呼ばれる。
振り向くとないはずの尻尾をブンブンと振りまわすグレンがいた。
それはそれは輝かしい笑顔でこっちに手を振っている。
完全にワンコだ。
「俺頑張るからちゃーんと応援してくれよなっ!!」
惜しげもなく笑顔を見せるグレンと、その笑顔に惚けながらもしっかり私を睨みつけるという器用なお嬢さん方にヒクリと頬を引きつらせて控え目に頷く。
「瑠璃、フィールドに案内するわ」
向けられる視線を鬱陶しそうに睨みつけたジュリアに手を引かれてまた歩きだす。
フォンセ相手なら苦笑いで(もしくは期待をこめたキラキラした瞳で)付き合ってくれるジュリアの素っ気ない反応に目を丸くして彼女を見つめた。
その視線に気づいたジュリアはどこかバツが悪そうに視線を逸らす。
「……苦手なの。
瑠璃の前だとそうじゃないけれど普段は笑ってるのに笑っていない気がして」
あの王子様スマイルに騙され……じゃなかったトキメク女の子が多いのに。
驚きに染まった顔をする私にジュリアは唇を尖らせて拗ねた顔をした。
濃いクラスをまとめ上げる姐御肌の彼女の珍しい姿に私はまた驚く。
「……瑠璃は何とも思わないの?」
「アルセさん…グレンのお父様も似たようなところがあるから……慣れたかな。
分かりやすくていいと思うよ」
静奈さんもあのキラキラ笑顔が仕事用なんだから面白いわよねぇって笑ってたし。
逆におじ様やフォンセは気を許した人にしか笑わない。お仕事の時は無表情の時が多い。
お父さんは……うん。興味のないことには仕事だろうと関わらない。
子どもかって思うけど本当に必要最低限しかしない。
それについてはおじ様たちも諦めてるし、どうしても必要な時はあの手この手でお父さんの興味引くか、最悪何かを餌にして釣る。
それでいいのかと思わないでもないけどお父さんだから。うん。しょうがない。
それにしてもグレンのあのキラキラ笑顔を苦手に思う人がいるんだ。
信じられない思いでジュリアをみると苦笑いが返って来た。
ジュリアに言わせるとどうしてあの笑顔に違和感を持たないのかが分からないらしい。
「あら、あなたも特殊科の生徒だったの?」
馬鹿にしたような声にトリップした思考を連れ戻される。
不愉快だと眉を寄せたのは私だけじゃなくて、ジュリアが声をかけてきた相手をキッと睨みつけながら小さな声で知り合いかどうか聞いてくる。
じっくり彼女の顔を見てから首を横に降る。
生憎とこちらで女の子の知り合いはジュリアたちクラスメイトだけだ。
少なくともこんなに香水くさい人知り合いにはいな、
「あ。パーティーで絡んできたグレンのおっかけ」
髪型も来ている服も違うけどこのキツイ香水の匂いはきっと、たぶん、そうだ。
ジュリア、その残念なものを見る目で私まで見るのやめてくれない? 同情の視線もいらないから。
「気安くあの方の名前を呼ばないで!!」
心底面倒くさい。あの一件は私の中では完全に終わってたのに。
そういえば私があの子爵と閉じ込められた原因となった彼女の存在を誰にも言っていなかったっけ。
正確には聞かれても彼女について何も知らない私は言いたくても言いようがなかったのだけれど。
「……一般の生徒の観覧は昼休みと放課後のみのはずです。教室に戻られた方がよろしいのでは?」
さっきの甲高い声で周りの視線が向けられていることも、先生たちが動き出したことも彼女にだって見えているはずだ。
チラリと視線をコチラの様子を伺っている先生に向けると彼女は釣り上がっていた目を更に釣り上げて私を睨むと覚えてらっしゃい! と小物じみた捨て台詞を吐き捨てて去って行った。
ジュリアからの同情の視線が更に強くなったのは言うまでもない。