第15話
ちんぷんかんぷんだった単語の意味も分かってジュリアたちがどうしてフォンセたちを様呼びしているかも理解して、そういう意味では少しだけお父さんたちが生きている世界に馴染んだ気がした。
分からないことがあったら尋ねればいいとおじ様たちも言ってくださったし、心配なことはない。
「おっはよー!」
教室についた途端にジュリアに飛びつく勢いで抱きしめられる。
容赦なくぎゅうぎゅう抱きしめられてバタバタともがいているところを、何故か毎朝教室まで送ってくれるフォンセに救出されるのが朝の一コマになりつつあるのが怖い。
「あ! ごめん、今日も瑠璃が可愛くてつい!」
「ついで毎朝私は死にかけるの……?」
「……フォンセ様、確かに瑠璃はお預かり致しましたわ!」
「あぁ」
げっそりした私の抗議を華麗にスルーして子どもを預かる保育士と、預ける保護者のような会話が今日も頭の上で繰り広げられる。
私よりもずっと体格のいいクラスメイトたちは例外なく私を完全に妹、もしくは愛玩動物かなにかと勘違いしていると思う。
今だってジュリアがフォンセから私の受け渡しをしている間に、お菓子を片手に餌付けしに来たやつがいるし。
「おはよう瑠璃、今日もちっこくて可愛いね」
よしよしと頭を撫でながら口元にお菓子を差し出す。
小さいという単語に相手を睨みつけながらも、差し出されたお菓子をパクリと食べる私も悪いのかもしれないが、デレっとした顔で頭をぐしゃぐしゃにするのはやめてほしい。
フォンセまでそんなに生温かい視線を向けないで!
ジュリア、抱きつかないで! 苦しい!!
「じゃあ、また後でな」
手櫛で私の髪を整えてからフォンセが背を向ける。
今の扱いにすっかり慣れてしまった私が言うのも可笑しい気もするけど、一体全体どうしてこうなった!?
そりゃ最初の二、三日は迷子にならないか不安だったからついて来てくれてちょっと助かったなって思ってた部分もあるけど、今はもう必要ないよね。
過保護を前面に押し出しているグレンだって真っ直ぐ自分の教室に行くのに。
……もしかしてグレンはフォンセが私を教室に送ってくれてるのを知らないだけ、とか……?
グレンの教室が一番玄関から近くて一番先に私たちと分かれるし、放課後は監督生のお仕事がない時は二人そろって迎えに来るし。
ちなみにお仕事がある時は何故かジュリアに迎えの車まで送られたり、二人の仕事が終わるまでジュリアとお茶したりして待ってます。
私をひとりにするのはそんなに不安ですか!? って言いたくなるんだけど、グレンの俺たちのお姫様発言のおかげで、教室から一歩でも出ると視線が痛すぎるのでジュリアが一緒にいてくれるのはすごく助かってます。
でもところ構わず抱きつぶすのはやめてほしい。同年には思えない育ちすぎな胸が苦しい。そしてジュリアも特殊科の生徒だけあって腕力がすごい。つまり衝動的なジュリアのハグは痛いし苦しい。
「大事にされてるわねぇ」
「オヒメサマだからな」
「わからなくもないけどね」
「特殊科にいるのが不思議なくらいに庇護欲煽るし」
「はぁああ、可愛い。うちの妹と交換できないかしら」
ほのぼのとした空気を漂わせながら私をもみくちゃにするクラスメイト達。
彼らの中に自重という言葉は存在しないらしい。
思わず遠い目になってしまったところで隼人先生が入ってくる。
「全員いるなー? 今日からさっそく模擬戦あるから頑張れよー」
「は?」
「ちょ、何言ってんの?隼人」
「模擬戦って、」
お前、何言っちゃってんの?
という視線を一身に浴びながらも全く気にしたそぶりを見せずに先生は連絡事項の続きを言おうとした。
「センセ?」
にっこりと笑ったジュリアが細身の剣を鞘から引き払うまでは。
「待て! 落ち着けジュリア!これにはふかーーーいわけがだな」
「あら、でしたらそのふかーーーいわけというのを聞かせて頂こうかしら」
この時点で教室の空気は凍りついている。私を含めクラスメイト達はそぉっとジュリアと先生の側から教室の隅へと避難している。
それでもノリのいい彼らは一番後ろの机を引っ張ってきて実況席を作ると実況と解説をしはじめた。
「おおっとジュリアが剣を抜きました! 隼人の顔が引きつる!!」
「ふかーーーいわけとか言ってますがこれは確実に忘れてただけですね」
「さ、刺さったぁあああ! ジュリアの放った一撃が綺麗に黒板を貫きました! これには流石の隼人も青ざめています」
うんうんと頷きながら時々上がるジュリアを煽る声に先生は、ばか! やめろ!! と焦った顔をするが、ジュリアは変わらずいい笑顔で先生を追いつめている。
すみませんでした。うっかり連絡を忘れてました。そういって先生がジュリアに土下座するまでそう時間はかからなかった。
「というか、模擬戦ってなに……?」
先生の心からの謝罪によって鎮静化した教室の空気が私の一言によって固まる。
模擬戦の存在をきれいさっぱり忘れて連絡さえしていなかった先生が、私にその説明をしているわけもなく、先生は再び非難の視線に包まれる。
「……先生」
「あー、今日は見学。要領が分かったところで参加してもらう」
低い低いジュリアの声にさりげなく私を盾にした先生は決まりが悪そうに答える。
ジュリアは先生に向けた怖い笑顔のまま私を抱きしめた。
「説明もろくすっぽできない担任に何の価値があるのかしら」
「え? ちょ、ジュリア? ジュリアさん? 目が、目がマジですよ?」
その後先生がどうなったかは皆さまのご想像にお任せします。合掌。
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