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夜闇に咲く花  作者: のどか
藤の翁編
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第14話


 長い廊下をゆっくりと歩く。

 本当なら自分の部屋で明日の用意をした方がいいのだけれど、そういう気分になれなかった。

 考えるのは今日聞いた侯爵家のこととお父さんのこと。

 おじ様たちは私に何も説明していなかったお父さんを怒ったけど、お父さんはきっと黙っていることで私を守ってくれていたんだと思う。

 見た目からは想像できないくらいに過保護なお父さんのことだ。

 ずっとそうやって不器用に守っていてくれたんだろう。そしてこれからも。

 だけど――――……。


「瑠璃」


 もやもやしたものを遮るように名前を呼ばれる。

 はっとして振り返ると眉を寄せたフォンセが立っていた。


「……混乱するのは当然だ」


 ゆっくりと距離を詰めたフォンセが目の前で止まって大きな手が頭の上に乗った。

 立ちすくむ私は何も言えずにきゅっと唇を噛んで(うつむ)いた。


「ホントだよっ。お父さんったらなんにも教えてくれないんだもん」


 明るい声を作ってちょっと怒ったように言葉を紡ぐ。


「でもおじ様の言うとおりお父さんだからしょうがないかって思っちゃうんだよね。

 なんかお父さんらしすぎて納得しちゃった!」


 フォンセは黙って私の空元気からげんきに付き合ってくれる。

 咎めることも無理に話を聞きだすこともしないでただ、そうだなって頷いて。


「……教えてほしかったって言うのは、わがままなのかな?」


 弱い私を守るためだと分かってる。

 不器用なお父さんなりのやりかたで守ってくれていたのだと分かってる。

 それでも、お父さんが危ないことをしていることを知らなかったのが悔しい。

 私の知らないところで大きな怪我をしていたかもしれないと思うと怖い。

 心配もさせてもらえなかったことが寂しい。


「瑠璃」

「分かってる。分かってるよ。守られてたんだって。

 だけど、だけど」

「あぁ。何も言わなかった龍哉が悪い。いっそ思いっきり責めてやれ」

「え?」

「その後、分かってやればいい。龍哉が守ってたのはたぶん、お前だけじゃない」

「フォンセ?」


 見上げた先には優しく笑うフォンセ。

 こんな顔もするんだ。

 目を見開く私をフォンセから引きはがすように大きな手が伸びてぐいっと引っ張られる。

 すぐさま滑り込んできたのはお父さんの大きな背中で、その向こう側でフォンセが呆れたように溜息を吐いたのが分かった。


「何言ってるんだいクソガキ」

「お父さん?」

「いつまでこんな所にいる気? さっさと明日の準備して寝なよ。

 僕はこのクソガキに話ができたから」

「俺はねぇよ」

「ホントに生意気に育ったね。昔は鬱陶うっとうしいくらいにまとわりついて来たのに」

「はっ! もうボケたのか?」

「……久しぶりに稽古つけてあげるよ」

「上等」

「ちょ、待って! ストップ!

 その前にお父さんは私に言うことがあるでしょ?」

「???」


 バチバチと言わせ始めた二人に慌てて待ったをかける。

 キョトンとして私を見下ろすお父さんと可笑しそうに口の端をつり上げるフォンセ。

 やってやれと言いたげなフォンセの顔に勇気をもらって、意識して眉を釣り上げて不機嫌な顔を作った。


「瑠璃?」


 そんな私に少し焦ったような顔をしたものの、お父さんはまだどうして私が急にこんな顔をするのか分かっていない。


「私、お父さんの口からちゃんと説明してもらってない」


 ピクリとお父さんの眉が動いて、ギロリとフォンセを睨む。

 余計なことを、と言いたげなその顔にお父さんを呼びながら睨みつけた。

 それに気づいたお父さんはヒクリと頬を引きつらせて降参とでもいうように眉をさげて息を吐いた。


「……わかった。部屋に戻ろう」


 その言葉に満足して頷いてフォンセを見る。

 口角をあげたその顔になんだかよくやったと褒められたような気がして自然と表情が緩んだ。

 お父さんが面白くなさそうな顔をしていても知らない。

 説明をフォンセたちに丸投げしてなにも教えてくれなかったお父さんが悪いんだもん。

 ひとりで廊下を歩いてた時よりずっとスッキリした心で、部屋に戻るフォンセを見送って不機嫌なお父さんの腕をひっぱりながら廊下を歩く。


「……機嫌はもう治ったの?」

「しーらない」

「瑠璃、」

「夜の闇とかお父さんがどんなお仕事してるかとか、本当はどうでもいいよ」


 私がお父さんのこと大好きなのは変わらないから。


「でもね、ちゃんと教えてくれないと心配できない。

 心配なんてしなくていいっていうのはなしだからね!」


 守ってもらうばかりの私にできることなんて限られてる。

 だからせめて大切な人を心配することくらいはさせてほしい。

 お父さんは私のたったひとりの大切な家族だから。


「……ごめん」

「分かればよろしい」

「偉そう」


 ペチンと叩かれた額を抑えて大げさに痛がって見る。

 けれどそんなのお父さんにはバレバレでニヤリと意地の悪い笑みを浮かべられるだけだった。


「ねぇ、お父さん」

「なんだい?」

「大好き!」

「知ってる」


 ぎゅうと腕に抱きついた私の頭をポンポンと撫でながらお父さんは呆れたように笑った。



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