第13話
濃いクラスメイトと、自分が知っている学校とはかけ離れた設備を持つ城のような新しい学校に疲れて、部屋で休んでいた私のところにやって来たのは、帰ったら私の知らないことを教えてくれると言っていたフォンセとグレンではなくて焦った顔をしたおじ様だった。
その後ろには呆れ顔のフォンセと苦笑いのグレンがいる。
「チビ! お前龍哉の仕事について、というか俺たちについて何も知らないって本当か!?」
普通じゃないおじ様の様子に若干怯えながらコクリと頷くと、おじ様は頭を抱えてお父さんの名前を呼びながらまた部屋を飛び出して行った。
きっとお父さんにお説教をしに行くんだと思う。
おじ様たちとお父さんの関係は上司と部下というよりも兄弟という方がしっくりくる。
手のかかる弟と面倒見のいいお兄ちゃんみたいな。
おじ様に叱られながらも、僕は悪くないなんて子どもみたいなことを言ってそっぽを向くお父さんの様子が簡単に目に浮かんで小さく笑う。
「瑠璃、」
呆れた声で名前を呼ばれてそちらに視線を向けると、どこか不機嫌な顔をするフォンセと呆れたような困ったような顔をするグレンがいた。
「……授業、はじめるぞ」
「その前に移動、な」
キョトンとする私に二人そろって溜息を吐いて部屋を出る。
長い廊下を歩いて連れてこられたのはたくさんの肖像画が飾られた部屋だった。
小さな頃にも何度か来たことがあるこの場所を不思議と怖いと思ったことはない。
それは飾られた肖像画がどこか優しい印象を持っているからかもしれない。
なかでもプラチナブロンドの美しい髪を高い位置でひとつに結び凛々しく笑う女性の絵は好きだ。
同じ女性がドレス姿で穏やかに微笑む絵も幸せな気分になって好きだけれど、剣を携えて勝ち気に笑っている絵の方が彼女らしい気がする。
強い意志を宿した瞳は写真よりもずっと鮮明で深みがあって、凛と背筋を伸ばした姿は同じ女として憧れる。
間に男の人を何人か挟んで飾られている黒髪の女性もきっと彼女に憧れたのではないかと思う。雰囲気が似ているし、ちょっと意識している気がする。
この部屋に飾られている女性の絵はその2人だけだ。
「やっぱ、ディアナの絵は人気だな」
喰い入るようにプラチナブロンドの女性の絵を見ていた私にグレンが苦笑いをする。
「どうしようもなく惹かれるんだろう。母さんも静奈もばあさんもこの絵が好きだし」
「確かに、この家に関わる人間で嫌いっていう人はみたことねぇよな」
「……興味あるみたいだし、初代の話からはじめるか」
二人が話してくれたのはこの国の興り、そして侯爵家の初代様たちのお話だった。
この国が黎明の国と呼ばれるのは長い夜―――悪政が続いた苦しい期間があったからだ。
そのときに立ちあがって革命を起こしたのが初代侯爵家の当主様たちの家族だった。
ディアナ様は女性でありながら、愛する初代様にくっついて戦場まで行き武勲を立てまくった人らしい。最後の方には勝利の女神まで言われていたそうだ。すごい。
革命が成り、初代様のお兄様が国王に、そして表舞台に立つことを嫌った初代様はこの領地を貰い受け、戦が終わって行き場所をなくした兵たちとこの地を治めた。
決して公になることのない役目を担いながら。
侯爵家は黎明の国の“夜の闇”なのだという。
表社会と裏社会のバランスを保つのが仕事で裏からこの国を守ることが使命。
まだ王政だった時代にはその時々の王を見張り、悪政に傾くのを防ぐ役目も陰で担っていたらしい。
今でも象徴的存在として続いている王家の王位継承権さえ持っていてその権力は絶大。
それでも決して表舞台に立つことはない、この国の最後の砦であり最強の守護者。それが“夜の闇”。
夜が明けた国で続く夜の世界の住人たちがおじ様でありフォンセであり、そしてそんなおじ様のもとで働くお父さんだ。
“黒龍”や“歩く災害”というのは、血の気の多いお父さんらしい通り名だと思う。
喧嘩というか闘うこと大好きだもんねお父さん。
私に剣術の稽古をつける(私で遊んでるともいう)時もすっごく楽しそうだもんね。
「怖くなったか?」
一通り話し終えた後にどこか心配そうにそう尋ねてきたグレンに首を傾げる。
「どうして?」
「……俺たちが生きるのは深い闇だ。
守ってると言えば聞こえはいいが、実際はただの汚れ仕事だ。
平穏とはかけ離れてる」
静かなフォンセの声が自嘲するように響く。
だけど、私には分からなかった。
「だからなに?」
「瑠璃、」
「私、怖がりだけど、フォンセやグレンが思ってるほど臆病じゃないよ。
というか、正直どうでもいい」
「は?」
「どうでも、いい……?」
「うん。だってフォンセたちはフォンセたちでしょ?
それに私がお父さんを嫌いになることなんて絶対ないもん」
「ははは、だよなー。
……やっぱ最終的に龍哉かぁ。切ない……」
「……」
遠い目をしながら渇いた笑みを漏らすグレンと不機嫌な顔になったフォンセに首を傾げる。
なにか変なことを言ったかな?
首を傾げながら二人の復活を待っていると、不意に背後から腕が伸びて来て引き寄せられる。
トンと背中にぶつかった物を確かめるように顔をあげると勝ち誇った顔をするお父さんがいた。
「当然だよ」
「何が当然だ。
チビ、お前はもっと疑うことを覚えろ! それから疑問をもて!!
龍哉のことだからしょうがないかで終わらせるな!
何でもかんでもあっさり受け入れるな!!」
「お、おじ様……?」
「俺は激しく心配だ。お前の周りに妙なのが寄ってくるのはその所為だぞ」
「おーい、その妙なのってもしかして俺たちのことも入っちゃってる?」
「アルセさん!」
「当然だ。
龍哉に気にいられて娘にされたってだけで不運なのにその上、幼馴染が俺とお前のガキだぞ!?
憐れすぎる……」
「さっきから聞いていればどういう意味だい?」
「お前は自分の息子が可愛くねぇのかよ。つか人の息子まで数えんな」
ギャーギャー騒ぎ始めたおじ様たちを呆然と眺めているとくいっと腕を惹かれる。
「行くぞ」
「親父たちはこのまましばらくじゃれてるだろうし」
戻ってきたお父さんは少しボロっとしていたのにどこか満足そうだった。
きっとおじ様たちとひと暴れしたからだろう。
う、上手く説明できた気がしない…。
繰り返しになりますが、私の為に整理。
【夜の闇】
侯爵家の別名。
黎明の国の裏社会を束ねている集団。
【初代】
侯爵家初代当主。
悪政を布いた王を廃し、革命軍を勝利に導いた英雄。
革命が成った後、表舞台から去り【夜の闇】を名乗る。
【ディアナ】
初代当主の奥方。
初代当主とは幼馴染。彼を戦場まで追いかけて行った女傑。
初代のお話はブログとアルファポリスにて【黎明が紡ぐ夜の物語】というタイトルで書いてたりします。
興味のある方は是非!←
『黎明が紡ぐ夜の物語』
→https://www.alphapolis.co.jp/novel/393130972/152101878