第226話
フォンセとグレンに背中を押されて舞台に立つ。
この国ではあまり馴染みのない、私にとってはどこか懐かしさを感じる優雅な音色が道筋を作る。心を落ち着けるように下ろしていた瞼を押し上げて真っ直ぐ前を見た。
反対側で同じように真っ直ぐこちらを見るジュリアと目が合うと体が自然と動き出す。
ひらり。
ふわり。
軽やかに空を舞う衣の隙間から白銀が踊る。ジュリアとすれ違うたびにお互いの息づかいまでもがシンクロしそうだった。
ジュリアの剣が私の刀をするりと躱して、私の刀がジュリアの剣を受け流す。
優雅に。のびやかに。力強く。しなやかに。
くるり、くるり、立ち位置を入れ替えながら、音が止むその瞬間まで。
剣舞というよりジュリアとの演舞に音がついてきたイメージで。
お父さんのようにはできない。でも、ジュリアとなら違う形で表現できる。お父さんと先生もそう言っていたし、今は私もそう思う。
不意にジュリアと目が合う。自然とつり上がった口角に最後の一振りを振り下ろした。
すべての音が消え失せ、暗転している間に舞台袖に移動する。
ほっと息を吐いた瞬間、割れるような拍手が鳴り響いた。
ビクリと肩をはねさせる。同じように目を見開いていたジュリアがゆっくりと瞬いてほっと力を抜く。
「成功、みたいね」
「うん」
情けない顔でへたり込みそうになったところを何かにスッと支えられた。
パチリと目を瞬いてジュリアを見ると、ジュリアはグレンに支えられながら不思議そうな顔をしている。
視線を上にそらすと、熱を孕んだ翡翠と目が合った。
「フォンセ」
「お疲れ。ありきたりになるが、すごく綺麗だった」
「ウン。ありがと」
あまりにも真っ直ぐに、そんなことを言うから思わず視線が泳ぐ。
崩れ落ちそうな体をゆっくりと立たせてもらったところで、ベリッとフォンセから引き剥がされた。
「いつまでそうしているつもりだい?」
「お父さん!」
私の抗議をまるっと無視したお父さんはフォンセを睨みつけた後、何事もなかったかのように、私と慌ててグレンを突き飛ばしたジュリアに向き直った。
「瑠璃もジュリアも素晴らしかった。よく頑張ったね」
柔らかく告げられた言葉に報われた気がした。
客席で鳴り響いた拍手よりも、その言葉が嬉しかった。
瞳を潤ませる私とジュリアの頭をお父さんが優しく撫でる。
「龍大人げない。フォンセ、お前のせいだぞ」
「知るか」
「まだいたの? さっさと仕事に戻りなよ」
不満と不機嫌をふんだんに混ぜ込んだグレンとフォンセの声をお父さんは鼻で笑う。
「お前らまだこんな所にいたのかよ。
さっさと着替えてこい。
フォンセとグレンも呼ばれてたから早く戻るほうがいいと思うぞ」
ひょっこり顔を出した隼人先生に呆れたようにそう言われてフォンセとグレンが顔を歪める。そして諦めたように溜息を吐いて仕事に戻っていった。
去り際にグレンに何か囁かれたらしいジュリアは頬を染めながらもきゅうっと眉間にしわを寄せてとても複雑な顔をしていた。
「龍哉、お前もいつまでも人任せにしてないでさっさと戻れ」
「分かってる。
瑠璃、着替え終わったらカフェテリアね。迎えを寄越すから彼らと一緒においで」
言いたいことだけ言って背を向けたお父さんは私が疑問を口にする暇もないくらい颯爽と去っていた。呆然とその背中を見送るしか出来なかった私の肩をぽんとジュリアが叩く。
「とにかく着替えましょうか」
「……そうだね」
着替え終わってご家族と合流する予定のジュリアと廊下を歩く。私の迎えよりもジュリアの迎えの方が早かったらしく、ジュリアを迎えに来たお姉様にジュリアとまとめてハグされて撫で回された。たくさん感想をもらったけれど、半分以上聞き取れなかった。ひとりになる私を心配して迎えが来るまで一緒にいましょうかと言ってくださったけれど、カフェテリアに行きさえすればお父さんと合流できるし、大丈夫だと遠慮した。ジュリアたちと別れたタイミングでひょっこり見知った顔が私を見下ろした。
「おちび~! 剣舞見たぞ~! すんげぇ良かった」
「瑠璃ちゃんもお友達もとっても素敵だったわ」
ギョッとする私をよそに、きゃっきゃっとはしゃぐココにいるはずのない人たち。
まさかと最悪のシナリオが頭をよぎった。
「おちび?」
「まさか、先輩たちお父さんに会うためだけに学園に侵入したんじゃ……」
「ちがうから! 侵入ってサン・リリエール祭で今日は解放日だろ!」
……そうだけど。なんで和の国にいるはずの先輩がそれを知ってるの?
もしかして私の想像以上にヤバいの?
「え、お父さんに会うためだけに情報調べ上げたんですか!?」
「違うからドン引くのやめなさい! ここには龍哉さんと一緒に来たの!」
「龍哉さんに迎えが来るって言われたでしょう?」
「……迎え」
そういえばそんなこと言ってたな。先輩たちの登場が予想外すぎて忘れていた。
「龍哉さんたちが待ってるから行くぞ」
「はーい」
「素直についてきてくれるのは嬉しいけど、もう少し疑っても良いのよ?」
心配だわと眉を下げる茜先輩にこてりと首をかしげる。
その様子を見ていた会長はとても残念な子を見る目で私を見下ろして、わちゃわちゃと私の頭を撫でた。
「……まぁ、おちびだし。俺たちが守れば問題なし!」