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夜闇に咲く花  作者: のどか
サン・リリエール祭編
126/129

第225話

 いよいよサン・リリエール祭一日目です。

 スッキリ目が覚めた自分に首をかしげたよね。絶対緊張で眠れないと思ったのに、快眠だったもの。

 それでも時間が迫ってくると緊張はするもので。ベッドの中では予想していなかった現実に首をかしげていたけれど、身支度を調えていくうちに緊張が強まってくる。


「緊張する~!」

「その割に僕が帰って来た頃にはぐっすりだったみたいだけど?」


 呆れたお父さんの声にむっと唇をとがらせる。


「だってフォンセが!」

「クソガキがなんだって?」

「な、なんでもないです。

 昨日の夜はどこに行ってたの?」


 地を這うような低い声と鋭い眼光に慌てて白旗を揚げて話をそらす。

 お父さんは溜息をひとつ吐いて、私をじっと見つめた。


「お父さん?」

「まぁ、楽しみにしてなよ」


 口の端をつり上げて笑ったお父さんはどこか楽しそうだった。

 そんな珍しいお父さんに目を丸くする。そして――――。


「答えになってない!」

「うるさい。さっさと朝ご飯食べて準備しなよ」


 スタスタと私を置いていくお父さんの腕に飛びつく。

 じゃれつく私を呆れたように見下ろして、仕方がないなと言うようにふっと息を吐いたお父さんは、私を腕にぶら下げたまま朝ご飯を食べに行った。


「瑠璃ちゃん、今日の剣舞楽しみにしていますね」

「エ、」

「可愛い娘の晴れ舞台だ。見に行かねぇ訳ねぇだろ」

「瑠璃は僕の娘であってあなたたちの娘じゃないよ」


 にこにこ笑顔のエアルさんの爆弾発言に固まる私におじさまがにやりと笑う。

 お父さんがすかさず訂正をいれたけれど、時間の問題だろと一蹴されていた。

 でも、正直それどころじゃない。不安と緊張がますます大きくなる。


「瑠璃」


 へにゃりと下がった眉を見逃さなかったフォンセが真っ直ぐに私を見て名前を呼ぶ。

 落ち着けるように、安心させるように、ゆっくりと、大丈夫だと紡ぐ。

 それだけで不思議と心が落ち着いた。

 素直にこくりと頷いた私にフォンセが満足そうに目を細める。

 ぽやぽやする思考を引き戻すようにお父さんの咳払いが響く。

 ハッと我に返ってお父さんの方に視線を向けると、複雑極まりない顔でフォンセを睨みつけていた。助けを求めるようにおじさまたちの方を見るとパァアアと瞳を輝かせるエアルさんの熱視線と、同情と生温さを孕んだおじさまの視線とぶつかってすぐに視線をそらした。

 ハードな朝食を終えて学校に向かう。車の中で何度も緊張をフォンセになだめてもらって、なんとか自分を保つ。


「本番前にまた顔を見せる」

「ん」

「瑠璃。大丈夫だ。お前ならやれる」


 不安が顔に出ていたのかもしれない。大きな両手が頬を包み込んで綺麗な翡翠と目が合う。そのまま言い聞かせるように紡がれた言葉にコクリと頷く。上出来だというように頭を撫でてフォンセは監督生のお仕事に向かっていった。ジュリアが来るまでひとりで動きの確認をする。大丈夫。やれる。

 どのくらいそうしていたのか、気づいたらジュリアとレティ様が来ていて、ジュリアは少し離れたところで同じように動きの確認を。レティ様は衣装の準備をしてくれていた。


「一区切りつきましたのね」


 集中している様でしたら声をかけませんでしたの、と微苦笑を零したレティ様に慌てて時計を確認する。


「大丈夫よ。さっき来たばかりだもの」

「ジュリア!」

「何をのんきなことを言っていますの! メイクにも時間がかかるんですから、きちんと計算して動かなくては駄目ですわ」

「「はい」」


 (まなじり)をつり上げたレティ様にジュリアと二人でしおしおと頷いた。

 お父さんと隼人先生に最終チェックを受けて、衣装とメイクも完璧。お父さんからもらった髪飾りもジュリアと左右で対になるようにつけた。見た目だけはいつでも剣舞を舞える状態だけれど、私とジュリアの顔色はかなり悪い。

 それなのに、お父さんと先生は私たちに太鼓判を押したら早々に客席に移動してしまった。

 待って。緊張で吐きそうなんですが。ジュリアと二人で緊張に耐えていたら軽やかなノックの音共にフォンセとグレンが顔を出した。


「悪い。遅くなった」

「ギリギリになってごめんな」

「フォンセ」

「グレン様」


 きっと情けない顔をしているのだろう。フォンセは真っ直ぐに私の元に来て朝と同じように両手で優しく頬を包んだ。


「大丈夫だ。瑠璃」

「ウン」

「どうしても緊張するなら俺だけを見て、俺のために舞え」

「?」

「そうしたら有象無象なんて気になんねぇだろ?」

 俺も、お前だけをみてるから。とろりと熱の籠もった翡翠に射貫かれる。

「そ、れは、なんか違う気がする……?」

「チッ、ダメか」

「フォンセ?」

「……あれだけ練習したんだ。単純に楽しんで来いよ。

 ひとりじゃねぇだろ?」

「!」


 そうだ。わたし、ひとりじゃない。ジュリアが一緒にいる。

 視線を滑らせるとグレンと話していたジュリアと目が合った。

 驚きに染まった顔が笑みを作るのと同時に笑みが零れた。


「大丈夫そうだな」

「せっかくの晴れ舞台だ。思う存分楽しんで来いよ」


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