第222話
女子会が一段落したので、エアルさんと静奈さんを探してお屋敷を歩く。
レッスンルームにはもういらっしゃらなかったから次は談話室を覗いてみる。
「瑠璃ちゃん、ジュリアちゃん、いらっしゃい。
女子会はもういいんですか?」
柔らかく微笑んだエアルさんに迎え入れられる。
「ん。ちょっとスッキリしたみたいね」
ジュリアの顔をみて静奈さんは満足そうに頷いた。
「お子様なりにジュリアちゃんの役に立ったみたいでよかったわ」
よくやったと私の頭をわしゃわしゃ撫でる静奈さんは楽しそうだ。
びっくりしたような、ちょっとだけ泣きそうな顔で私たちを見ていたジュリアの背にエアルさんがそっと手を添える。
「少し早いですけど、お昼にしましょうか」
「たまには良いでしょ?」
メイドのお姉さんたちによってテーブルに並べられる可愛らしいロールサンドたち。
あからさまにテンションが上がって目を輝かせた私とジュリアにエアルさんと静奈さんは柔らかく微笑んだ。
学園のことやサン・リリエール祭の事、とりとめのないことをしゃべりながらのランチを楽しんでいるとおじさまとアルセさんが顔を出した。
「俺たちも混ぜてもらっても?」
「お生憎様、もう品切れよ」
「飯はもう食ってきたから問題ねぇ」
「そういうことじゃないんですけどねぇ」
呆れた視線なんてものともしないおじさまたちにエアルさんと静奈さんは目を見合わせて小さく息を吐いた。
まったく仕方のない人と言いたげなそれに、お許しがでたと思ったらしいおじさまたちの口の端がつり上がる。
「調子に乗るんじゃないの! これじゃ愚息たちのこと何も言えないわ」
「本当に。女子会の邪魔をするなって言ってるんですよ。私たちは」
バッチリそれを見ていた静奈さんが眦をつり上げ、エアルさんがじとりと睨みつける。
「俺たちはちゃんと許可もらってるし!」
「邪魔なんてしてねぇだろ」
「許可なんて出してないし、存在が邪魔なのよ。野郎はお呼びじゃないの」
まったく動じていないおじさまたちに静奈さんは頭痛がするとばかりに額を抑えた。
「静奈さん」
「ええ、分かってるわ。この顔しているときは譲る気がないことくらい。
でも、瑠璃とジュリアちゃんとの女子会が……」
「ですから、プランBで行きましょう。
最強の護衛と荷物持ちが出来たと思えば悪くないでしょう」
「……そうね。アルセとイヴェールがいるなら制限なんてあってないようなものだし」
目の前で決まっていくあれそれに全くついていけないまま大人たちの会話は進み、気づいたらお父さんの運転する車に乗せられていた。前を走っている車にはおじさまたちが乗っている。意味が分からず、ぽかんとしたままの私とジュリアをお父さんはミラー越しに覗いて、心底気の毒そうに声をかけてきた。
「気持ちは分からなくもないけど、いい加減戻ってきなよ」
じゃないと振り回され続けて気づいたら一日終わってるよ、と。けれど、現実に帰ってきても私とジュリアにできることなんてあるわけがなく。
「すごく可愛いです!!」
「こんなところに新しいお店出来てる!」
きゃっきゃと楽しそうなエアルさんと静奈さんと甘ったるい空気を振りまきながらお二人を見守っているおじさまとアルセさん。遠い目をしているお父さんと私たち。
「私たち、いるのかな?」
「デートのお邪魔になってる気がするわ」
「別行動しよう。僕はもう耐えられない」
げっそりしたお父さんの言葉にこくりと頷いて私たちはそっとその場を離れた。
なんとか気づかれずに戦線を離脱してほっと息をつく。
「さて、荷物持ちはいるかい?」
おじさまに連絡をいれ終えたらしいお父さんが私とジュリアを見下ろして声をかける。
私とジュリアは目を瞬いて顔を見合わせた。
「君たちが二人で買い物するなら僕は適当に時間潰すし、荷物もちが必要なら付き合ってあげるけど?」
どうする? と笑うお父さんに私の目が輝く。
「ジュリアとお父さんとデートできるってこと!?」
思わず声を上げた私に隣から吹き出す声がこぼれて我に返る。
肩を震わせたジュリアが瑠璃は本当に龍哉さんが好きねなんて笑うから。
「もちろん! 大好きなお父さんと大好きなジュリアとお出かけなんてとっても幸せ」
「ふふ、私もよ。龍哉さん、一緒にお買い物してもらってもいいですか」
「……君も瑠璃に甘いよね」
やったー! とはしゃぐ私を雑に撫で回しながら、お父さんが気遣うようにジュリアに視線を向ける。君はそれでいいのかい? と。それにジュリアがもちろんですと頷いたのを確認して二人の腕に抱きつく。
服を見たり、雑貨屋さんを覗いたりしている間にお父さんは結局荷物持ちになっていた。
雑貨屋さんでお父さんが私とジュリアに髪飾りを買ってくれたのには驚いた。剣舞を頑張ってるご褒美だって。和モチーフのそれは剣舞の衣装にもよく似合いそうだ。ジュリアのと対になっているようにも見えるし、本番に着けようかって笑い合った。お守りになりそうだし。
ジュリアとお父さんとのデートを十分満喫した頃に、おじさまから連絡が入っておしゃれなお店でドルチェをいただいて解散になった。
はしゃいで本来の目的を見失っていたエアルさんと静奈さんはしょんぼりしていたけれど、私とジュリアがちゃんと気分転換出来たことを理解すると安心したように笑ってくれた。
その後、ジュリアは約束通りアルセさんと静奈さんに送られていった。助けを求める目で見られたけれど、こればっかりはどうしようもないので心の中でエールを送って手を振った。緊張はしていたみたいだけど、いつものジュリアに戻っている気がして少し安心した。
帰った私を待ち受けていたのは恨めしそうなフォンセとグレンの視線だった。
ふてくされたようなお帰りに微苦笑でただいまを返して、ジュリアが一緒じゃないことに肩を落としているグレンをちらっと見る。
「ジュリアはアルセさんと静奈さんが送ってくれたから大丈夫だよ」
ぴしりと固まったグレンにべーっと舌をだして背を向ける。
無言で横に並んで歩くフォンセ。どうやら部屋まで送ってくれるらしい。
「……俺ももっと瑠璃との時間が欲しい」
拗ねたような声に思わず立ち止まってフォンセを見る。
じっと私を見下ろしていたフォンセが大きく息を吐いてゆるく私を抱きしめる。
「あーダッセェ」
「フォンセ」
「悪ぃ。瑠璃の前ではもっと余裕のある男でいたいのに全然上手くいかねぇ」
顔が見たくて身じろぐと動くなというように拘束が強まる。仕方ないので気を引くように目の前のシャツを引っ張る。
「瑠璃?」
困惑を宿した翡翠に、手のひらを伝う早い心音に、小さく笑って秘密を囁くように紡ぐ。
「だいすきだよ」
目を見開いて固まるフォンセの姿を見るのはちょっぴり気分が良い。私ばっかり振り回されるのはよくない。それでも恥ずかしいものは恥ずかしいので送ってくれたお礼を言って逃げるように部屋に引っ込んだ。