第221話
私の部屋についた途端ジュリアががっくりとうなだれる。
「なんだかとっても大事になってしまった気がする……」
「ジュリア?」
フォンセは巻き込み事故だけど怒ったりしないよ。グレンは自業自得だし、お父さんは喜んでフォンセたちで遊ぶだろうし、おじさまとアルセさんはちょっと分からないけども。
大丈夫だよの気持ちを込めて背中をなでる。
「ちがうのよ。ほんとうに。グレン様のせいというより私の問題というか……」
顔を上げて訴えるようにそう言ったジュリアはまたがっくりとうなだれた。
「ジュリア、吐き出しちゃいなよ。吐き出したらスッキリすることもあるよ」
「ええ、そう、ね。聞いてくれる?」
「もちろん」
すがるように向けられた視線にもちろんだと答える。
安心したように一昨日学校で分かれたあとのことを話し始めたジュリアの言葉に耳を傾ける。
「だから、その、本当にグレン様のせいじゃないのよ」
そう締めくくったジュリアの表情は憂いを帯びている。
「ごめんね、ジュリア。一言だけ言わせて」
「え、ええ」
「あれだけジュリアの周りうろちょろしててちゃんと告白してなかったの!?」
吠えた私にジュリアはパチリと目を瞬いたあと微苦笑を零した。
「きっと私に逃げ道を用意してくださっていたのよ。
フォンセ様と一緒に随分釘をさしてくれていたのでしょう?
なのに私が余計な事を言ってグレン様を怒らせてしまったから」
「それは、そうだけど。でも! 絶対に違うと思います!」
ジュリアに逃げ道を用意していたというより、ジュリアが逃げなくなるタイミングを見計らっていたというか。即答で断られなくなるタイミングを待っていたというか。うん。そっちの方が信憑性がある。しかもグレンは自覚なしでやっている気がしてならない。
「瑠璃?顔色が悪いわよ」
「ああ、うん。ごめん。ジュリア。一緒に頑張ろうね」
たぶん、おそらく、きっと、もう、逃げられないから。
ジュリアがグレンの気持ちを聞いて即答で切り捨てていないっていうことはきっとそういうことだ。違いがあるとすればジュリアが自分で認めるのが早いか、グレンが認めさせるのが早いかの違いだろう。無意識でも無自覚でもグレンのことを一考する余地が入り込んだ今、このチャンスをグレンが逃がすわけがない。
遠い目をして訳の分からない事を言う私にジュリアは困ったように眉を下げながらも頷いてくれた。
「ジュリアはどうしたい?」
「……分からないの。返事を、するほうがいいとは思うのだけれど、なんとなくタイミングを逃してしまったし、なんて答えればいいのかも、分からないの」
自分の気持ちなのに、分からない。
おかしいでしょう? と泣きそうな顔で笑ったジュリアをぎゅうと抱きしめる。
「おかしくないよ。わたしも、分からなかったもん。
分からないのは怖いし、不安だから、それらしい理由をつけて安心してた。
フォンセは幼なじみだから、ずっと一緒にいるから誰かにとられるのはいやなんだって思おうとしてた」
「瑠璃」
「だから、だから、分からない時は保留にしよう!」
そう言った私にジュリアは驚いた顔で私を見た。
「グレンに悪いとか思わなくていいよ。散々ジュリアのこと振り回してるんだもん」
「でも、」
「大丈夫。ジュリアが答えを出すまでグレンの気持ちは変わったりしないよ。
これからもフォンセにお願いしてちゃんとリード引っ張ってもらうしね!」
おどけて笑った私にジュリアはくしゃりと顔をゆがめた。
「いいの、かしら」
「いいんだよ! どうせ答えのほうが勝手にやってきて逃げ道塞いでくるんだから」
ぷくりと膨れた私にぱちぱち目を瞬いておかしそうにジュリアは笑った。
「瑠璃も逃げ道を塞がれたの?」
「だって、あんなの、ずるい!」
ジュリアの手を借りてようやく自覚した恋心はあっという間にフォンセに奪われてしまった。
自覚してしまえば、世界が景色を変えて、フォンセのくれる全部が特別に変わってしまう。
逃げようなんて思えないくらいの想いを、不安になる暇がないくらいに注がれているのを嫌でも理解してしまう。
恥ずかしくて、照れくさくて逃げ出したくなることはあるけれど、言い訳も出来ないくらいにもう誰にもフォンセの隣を譲りたくない。譲れない。
逃げ道なんて、きっとはじめからなかった。瑠璃が答えを見つけた時点でもう、詰みだった。
フォンセのことを想うと勝手に熱くなる頬をぎゅうと抑えてきゅっと唇を引き結ぶ。
けれど、いつまでもそうしている訳にはいかないから、ジュリアに視線を合わせて少し迷いながら言葉を紡ぐ。
「ジュリア、大丈夫だよ。
グレンはきっとジュリアが答えを出すまで待つから、焦らなくていいんだよ」
「瑠璃」
「ジュリアがどんな答えを出しても、私はジュリアの味方だよ」
「うん」
ちょっぴり泣きそうなジュリアに抱きしめられて、私もぎゅうっとその背を抱きしめ返した。