第118話
当たり前のようにジュリアの横に並んで私とフォンセを見送ろうとするグレンに目を瞬く。
私と同じようにギョッとした顔でお帰りはあちらですよ、と促すジュリアをにっこり笑顔で黙殺したグレンにフォンセは大きな溜息をはいた。
「グレン」
「暴走ダメ、ゼッタイ」
視線を泳がせながらそう紡いだグレンに不安しかない。
それはフォンセも同じだったようでぐっと眉間に皺が寄る。
けれど、グレンは絶対に退かないとばかりにフォンセを見据える。
無言の睨み合いを終わらせたのは遠い目をしたジュリアだった。
「フォンセ様、今日はグレン様に送っていただきます。グレン様、よろしいですか?」
「もちろん!」
「……いいのか?」
キラキラしたグレンをまるっと無視してフォンセは正気か? とジュリアを見る。私も信じられないという顔でジュリアを見た。
ジュリアは諦めをにじませた顔を引き締めて、フォンセを見た。
「はい。ですが度が過ぎたらひっぱたく許可はください」
キリッとした顔で許可を求めたジュリアにフォンセは当然だと頷いた。
「容赦しなくていい。……静奈の連絡先もいるか?」
「静奈様の連絡先は教えていただいてます」
「そうか……。なにかあれば遠慮なく言ってこい。すぐさま対処する」
「ありがとうございます」
目の前で繰り広げられるそれにグレンがついに吠えた。
「何もしねぇよ!! というか俺の信頼度低すぎない!?」
「グレン、胸に手を当てて普段の行動を振り返ってみて。
思い当たる節がたくさんあるでしょう?」
「……俺ちゃんとがまんしてるもん」
そっと目をそらしながら紡がれた言葉に頭痛がした。
フォンセが大きな溜息を吐いてグレンの耳元で何事か囁く。
ピシャンと雷に打たれたような顔でフォンセを見たグレンはしおしおとした態度で是と頷いた。
「ジュリア嬢、大丈夫だとは思うが、本当に何かあったら遠慮なく知らせてくれ」
「はい。そうさせていただきます」
しっかりジュリアが頷いたのを確認してフォンセと私は車に乗り込んだ。
「ジュリア大丈夫かなぁ」
「大丈夫だろ。
今日に限ってはギリギリを攻めることもしねぇよ。しっかり釘をさしたからな」
それより、と私に向き直ったフォンセがじっと私を見下ろす。
「いつの間に愛称で呼ぶほど仲良くなった?」
「……ダメだった?」
夜の闇関係でもしかして王女殿下と仲良くするのはダメだったのかな。
今更ながら不安に思ってフォンセを見上げる。
フォンセはぐっと眉間に皺を寄せて、私をひょいと抱え上げてその腕に囲うように抱きしめる。
「……ダメじゃねぇ。ダメじゃねぇけど」
「ダメじゃないけど?」
言いよどんだフォンセは私の肩に額を預けて大きく息を吐いた。
「……あの方は俺たちにとって面倒な人でしかなかったからどうしても警戒が抜けない」
「ふふ、そうだね。最初の頃は私もヤだなぁって思ってたもん。
でも今はとってもかわいらしい女の子だよ」
「……お前とジュリア嬢くらいだろ。そんなこと言うの」
「うーん。そうかなぁ。レティ様かわいいと思うけどなぁ」
「瑠璃のほうがかわいい」
「っ」
「ほら、かわいい」
砂糖を煮詰めたような翡翠の瞳がまっすぐに私を見ている。
それだけでいっぱいいっぱいになるのに、大きな手が熱を持つ頬を滑る。親指が唇やさしくなぞった。
きす、される。ぎゅっと目を閉じたら、額に柔らかい感触。
「ぇ」
「期待したか?」
「!?」
「こっちはまた今度な」
ふにっと唇を押されてその指がフォンセの唇にくっつく。
それだけでぶわっと体温が上がって瞳が潤む。
恥ずかしい。意地悪されてむかつく。ちょっと安心した。でも、キス、してもらえなくて残念。
……やっぱ今のなし!
ぐちゃぐちゃの感情のままフォンセを睨む。
意地悪な顔で笑っていたフォンセがすんと真顔になって片手で目を覆って大きな息を吐いた。そのまま片手でぎゅうっと抱きしめられる。
「……グレンに言っといてなんだが、俺はいつまで我慢すりゃいいんだ」
耳元でこぼされた言葉の意味は分からないけど、伝わる心音が私と同じくらい速いから、ちょっと気分がいい。だってフォンセはいつも余裕そうだから、フォンセも私にドキドキしてるんだって、それだけで嬉しくなる。でも心臓によくないので急に甘くなるのはダメだと思う。