第113話 フォンセ
やっとだ。やっと手が届いた。
耳まで真っ赤にして震える瑠璃を抱きしめる力を緩める。
緩められた拘束に解放されると勘違いした瑠璃が慌てて距離をとろうとするが、生憎、離すつもりなんてない。
「フォンセ」
潤んだ瞳が途方に暮れたように俺を見上げる。
困らせている原因である俺に助けを求めるように俺を呼ぶ。
「逆効果だ。まだ離してやらない」
「っ」
耳元で囁いた言葉に息を詰めて、ますます真っ赤になってプルプル震える瑠璃に無意識に笑みが零れる。
いっぱいいっぱいで落ち着かない瑠璃を宥めるように髪を梳く。
ピクリと肩を跳ねさせた後、ゆっくりと体の力を抜いてそっと息を吐いた瑠璃が、こつんと額を俺の胸に押し付けてくる。まるで仕方ないなぁとでも言うように。
それを許しと受け取った俺は遠慮なく瑠璃を抱きしめて深く息をする。
「ねぇ、さっきの、この先ずっとって、」
期待と不安を綯交ぜにした声でどんどん尻すぼみになっていく言葉に、自分の失態を思い知らされた。
ゆっくりと抱きしめていた体を離す。
もういいの?とパチリと目を瞬いて俺を見つめる瑠璃に微苦笑を零して、まっすぐに瑠璃を見つめる。
「本当はもっと色々準備してちゃんとしたかったんだが……。
悪い、抑えきれなかった」
意味が分からずに、こてんと首を傾げた瑠璃にもう一度跪いて左手を掬う。
「これから先もずっと瑠璃に隣にいて欲しい。
ガキの頃から瑠璃が好きだった。これからもずっと瑠璃だけを愛してる。
俺はまだまだ未熟だし、親父みたいに上手くできないことも沢山ある。
でも、絶対に守る。俺の全てを懸けて幸せにすると誓うから。
だから、瑠璃。結婚を前提に俺と付き合ってください」
目を見開いて固まってしまった瑠璃にやっぱりかと零れそうになる苦笑いを噛み殺す。
完全にキャパオーバーだな。いつもならここで退いてやるんだが、今回ばっかりはそういう訳にはいかない。混乱する瑠璃を現実に引き戻すように掬い上げた左手の薬指に口づける。
「誕生日に、リングを贈らせてくれ」
目を回して今にも倒れてしまいそうな瑠璃に潮時かと空気を緩める。
「ま、断られても贈るけどな」
「~~~~っそれ私に聞く意味あるの!?」
緩んだ空気にほっと息を吐く暇を与えずに零した言葉に上がった抗議をするりと躱してクツクツ笑う。
「あるよ。瑠璃が素直に受け取ってくれたら俺はものすごく嬉しい」
そう言うとまた黙ってしまった瑠璃の手を引いて店を出る。
満足な俺と涙目で真っ赤になって俺に手を引かれている瑠璃を見た店員たちの視線が煩かったが、不快に感じることはなかった。
さて、結局瑠璃から言質はとれなかったし、どうするかな。
でもまぁ、瑠璃の気持ちを聞けただけでも十分だよな。
龍哉は絶対煩い、けど報告しないという選択肢はない。
俺が望む瑠璃との未来の為には避けては通れない道だし。
腹を括るか。殺されはしないだろう。たぶん。