第108話
ジュリアの家で私はひたすら泣いていた。
どうしてこんなに悲しくて苦しいのか分からない。
頭の中がぐちゃぐちゃで何も考えられないし、考えたくなかった。
それでも、ジュリアはそんな私の話を根気よく聞いてくれた。
「フォンセ様がレティシア様とキスを……?」
ありえないと書いてあるジュリアの顔にまたうるうると涙が溜まる。
「ああ、そういう風に瑠璃には見えたのね? 分かったわ」
よしよしと慰めてくれるジュリアの優しさに甘えて私はまたぐすぐすと泣き出す。
「頭ぐちゃぐちゃでわかんないよ」
「瑠璃……。
どうしてフォンセ様がレティシア様とキスしていたら悲しいのかしら?」
ジュリアの問にどうしてと考える。
それでも嫌なものは嫌で、悲しくて苦しい感情がぐるぐるして答えなんて見つかりそうになかった。
嗚咽を漏らしながら考えるのを放棄しそうになった時、ジュリアが優しく囁く。
「他の人の同じシーンを見たら瑠璃はどう思うかしら?
グレン様だったら?」
ジュリアが優しく囁く。だけど混乱しきった私は上手くそのシーンを想像できなかった。
だけど、グレンだったらきっと泣いたりしない。
こんなに悲しくなったりしない。
きっとムカムカはすると思うけど、フォンセが話を聞いてくれて、グレンの弁明を聞いて、ジュリアに宥めて貰って、それできっと仲直りするんだ。
「ムカつくけど、泣いたりしない」
「ふふふ、きっとそうね。
じゃあどうしてフォンセ様だったらそんなに悲しいのかしら?」
どうして?
わかんない。
だって、フォンセはいつだって優しかった。
私に甘くて時々意地悪で、でもいつだって私を守ろうとしてくれて、なのに、他の女の子と ――――レティシア様とキスしてた。
それは私以外の特別がフォンセにいるってことだ。
だってフォンセは遊びでそんなことしたりしないもん。
なんで。いつから。私のこといらなくなったの?
ずっとそばにいるって言ったくせに。
どうしてフォンセの特別は私じゃないの?
そこまで考えてハッとした。
「私ヤなやつだ」
「どうしてそうなったの!?」
黙り込んでグルグル考えた挙句、また泣き出しそうな私にジュリアがぎょっとする。
「だって、フォンセの特別が自分じゃないのが嫌なんて自分勝手だよ」
「好きな人の特別になりたいってそんなに悪いことかしら?」
「好きな、人……? 私、フォンセがすき、なの……?」
目を見開いて固まる私にジュリアは困ったように眉を下げた。
「ねぇ瑠璃。龍哉さん以外の特別が出来るのって悪いことじゃないと思うわ。
瑠璃が誰かに恋をしても龍哉さんが瑠璃のお父様だってことは変わらないでしょう?」
見透かされた気がした。
それと同時にストンと胸の中に答えが落ちてきた。
「でも、だって、気づいた瞬間失恋なんて」
「ふふふ、フォンセ様からレティシア様とは何でもないから誤解を解いておいて欲しいって連絡が来たわ。転びそうになったところを支えただけだそうよ。
あのフォンセ様がレティシア様とキスするわけないわよねー」
「……」
思わずじとりとジュリアを睨んだ私は悪くない。