第106話
そんなこんなで私とジュリアは王女殿下と少しずつ交流を増やしながら、剣舞の練習に忙殺されていた。
あっという間に日にちは過ぎ、サン・リリエール祭まであと一月半となった。
剣舞の方も中々順調で型は覚えたし、音に合わせるのもだいぶん慣れてきた。
学園の方でもイベントが近づいてきたなという気配がする。
フォンセとグレンも忙しそうだし学園主催のダンスのレッスンと衣装レンタルの予約受付も始まった。
私とジュリアは休日にエアルさんと静奈さんによるレッスンが続いているため参加してない。というかぶっちゃけ剣舞だけで手一杯でダンスに割ける時間がない。
私もダンパで踊れるようなドレス持ってないのでレンタルかなと思って申込用紙を眺めていたらフォンセが必要ないと言ったので何とかしてくれるんだと思う。エアルさんに借りるのかなぁ。ああ、そう言えばまだフォンセにダンパの申し込みされてない。……まぁ、面倒見てくれるってグレンが言ってたし、フォンセが私を忘れてることはない、と思うので心配はそんなにしてないけれど。
そんなこんなで隼人先生が授業でお父さんが不在な今もマジメに練習している私とジュリアはえらいと思うのです。
「瑠璃、休憩しましょ」
汗を拭うジュリアに頷いてペットボトルを傾ける。
「あ、なくなった。
飲み物買ってくる」
「一緒に行きましょうか?」
「平気!行ってくるね」
自販機でスポーツドリンクを購入してジュリアが待つ練習場へと急ぐ。
近道に中庭を横切ったのがいけなかった。
「フォンセと王女殿下……?」
フォンセは相変わらず無表情だ。微苦笑して通り過ぎようとした瞬間、二人の影が重なった。ように見えた。
実際には大勢を崩した王女殿下をフォンセが支えただけなのかもしれない。でも私はそう認識しなかった。できなかった。
ズキッと胸に痛みが走る。息の仕方を忘れたみたいに苦しかった。
その場から逃げ出したいのに足が動かない。ぽたぽた零れる涙は自分ではもう制御できなかった。気がつけばもう二人の姿はなくて。その場に座り込んでいた私を見つけたのは隼人先生だった。
「うわっ、瑠璃、どうしたんだ?
とりあえず泣き止め、こんなところ見られたら俺の生存率がぐっと下がる」
「ぐすっ、せんせぇ」
「わ、わかった。フォンセ呼ぶからとりあえずここから離れるぞ」
「やっ!! 呼ばないで! だいじょうぶです」
「……はぁ。とりあえず来い。ココア淹れてやる」
「う゛ぅーぐすっ」
先生に手を引かれて連れていかれたのは先生が私物化している和語準備室だった。
この学校は外国語科目に和語もある。専攻する生徒は多くはないけれどそれでも根強い人気がある科目だ。
机の上にはそこかしこに資料が散らかっているけれど、それ以外は比較的綺麗なその部屋の椅子に座らされて先生が淹れてくれたココアを啜る。
「落ち着いたか? とりあえずジュリアは呼ぶぞ?」
コクリと私が頷いたのと同時に勢いよく扉が開いた。
「瑠璃ッ!!」
泣いている私が隼人先生に連れていかれたという情報をキャッチしたらしく飛んできたらしいフォンセとグレン、ジュリア。特にフォンセの姿に私はビクリと肩を揺らす。
伸ばされた手をするりとよけてジュリアに抱き着く。
ジュリアは驚いた顔をしたけれど何も言わずに抱きしめ返してくれた。
チラリと見たフォンセは一瞬固まって眉を寄せたけれどすぐに標的を先生に変えてグレンと一緒に詰問していた。
「瑠璃、」
「ごめん、なんでもないの」
心配そうに声をかけたグレンにぎこちない笑みを浮かべてそう答える。無意識にジュリアに抱き着く腕に力がこもって、ジュリアがさらに心配そうな顔をしたことに私は気づかなかった。
「瑠璃! 今日はうちに泊まりにきなさい! 女子会よ!」
「ジュリア?」
見上げたジュリアはパチンと片目を閉じて笑う。
その笑顔に安心して私は迷惑も考えずに頷いていた。
「じゃあ決まり! フォンセ様もよろしいですよね?」
「……あぁ。頼む」
私はフォンセと目を合わすことなくジュリアの家に帰った。