カレーライスを作ろう!
「カレーライスのレシピ?」
私はそう言って古い紙をじっと見つめた。
昨日は母と大掃除を頑張ったので、今日はゴロゴロしちゃおう!
どうせならクローゼットにしまい込んだ漫画でも読もうかな、と漫画を探していたら見つけたのは……。
宝箱という名の錆びだらけのクッキーの缶。
小学生に上がる直前に、当時の宝物を全部ここに入れてしまい込んだのだ。
懐かしいなあと思いつつ缶を開けると……。
おもちゃに紛れて、一枚の古びた紙があった。
紙に書かれてあったのは、カレーライスのレシピ。
しかも、紙にはこうも書かれてある。
『恋が叶う』
「……お母さんの字じゃない。もちろん私は書いた覚えはないし、お父さんはそもそも料理できないし」
私はそう言いながらレシピの文字をじっと観察する。
綺麗な字だなあ。
ざっとレシピを見たところ、特に変わったところはない。多分。
だって私、カレー作ったことないし。
ただ、最後に『好きな人と一緒に食べれば恋が成就する』と小さく書かれてある。
宝箱に入っていた謎のレシピ。
気になる!
「これはきっとカレーライスを作れ、という天の声!」
……というわけで、暇つぶしにカレーライスを作ることにした。
青山君に食べさせたら、もしかしてもしかすると両想いになれるかも!
クラスメイトの青山君に入学式で一目惚れをして八か月。
未だにまともに話したことはないし、ライバルも多い。
男は胃袋を掴め、という言葉を聞いたことがある。
ライバルを蹴落として彼を振り向かせるには、料理は良い武器になりそうだ。
だけど問題が一つ。
私は料理ができない。
誰かに教わりたいけど、母はパートだしなあ。
頼れるのはあと一人。
「もしもし。麗良?」
私が電話をかけた相手はクラスメイトであり、友人の麗良だ。
彼女は料理が得意なのだ。ちなみに彼女は学年でも一、二を争う美人である。
『琴里、どうしたの?』
「いきなりだけど、今日、予定ある?」
『え? あ、うん……これから出かけるの。何か用だった?』
「そっかー。それならいいや」
『何か話があるからかけてきたんじゃないの?』
「うん。ちょっと教えてほしいことがあったんだけどねー……まあ、いいや。気にしないで」
私はそう言うと電話を切った。
「年末はみんな忙しいか」
私が呟いたその数秒後。
ピーンポーン、とインターホンの音が家中に鳴り響いた。
「誰だろう」
そう言いながら玄関へ向かう。
ドアを開けると、そこに立っていたのは翼だった。
彼はお隣の家に住んでいて私と同じ歳である。いわゆる幼馴染。
翼は、パジャマではないものの、部屋着の上にウィンドブレーカを羽織っただけで、とても出かけるようには見えない。
「外、寒っ」
そう言った翼の口から白い息がもれた。
「なに?」
「とりあえず入れてくれよ」
「ダメ! 家、隣なんだから帰ればいいでしょ。徒歩三秒で戻れるわよ」
私がそう言ってドアを閉めようとすると、翼がそれを制した。
「ちょっとくらい話を聞いてくれてもいいだろ」
強引なセールスのようだ。
翼の体が小刻みに震えていたので、私は仕方なく彼を招きいれる。
「私、忙しいから手短にね」
「追われてる」
「嘘つけ」
「いや、本当に追われてる。今日、家、大掃除だからサボってたらお袋に怒鳴られて」
「大掃除くらい手伝いなよ」
「掃除、嫌い。姉貴は書道サークルで旅行とか言って逃げやがって……」
「お姉さんいないなら尚更、手伝いなよ」
私はそう言うと再びドアを開けて彼を帰らせようとした。
すると翼がドアの前に立ち、それを阻んだ。
そして彼は言う。
「今度『魔法少女まぐろ☆カジキ』のDVD買うんだけどさ、それ貸してやるよ」
「え?! 本当に?」
「夕方まで俺をかくまってくれたらな」
翼の言葉に私は考え込むフリをした。
即答してしまうのはなんとなく悔しかったからだ。
「いいよ、約束ね」
私がそう言い終えるが早いか、翼は「お邪魔しまーす」と家に上がり込む。
マグカップを二つ持ち、リビングに戻る。
翼は椅子に座って辺りをキョロキョロと見回していた。
私が彼にマグカップを渡すと、それを受け取りながら翼は言う。
「琴里の家にくるの、何年ぶりだろ」
「うーん。小学校三年生の時以来じゃない?」
「いや、二年生だな。だから八年ぶりかー」
翼はそう言うとマグカップに入ったココアを啜る。
私もカップに口をつけた。
ミルクたっぷりのあたたかいココアにマシュマロを浮かべた『スペシャル琴里ココア』は幼い頃から翼のお気に入りだ。
彼が家に入ってきたのを見たら、昔よくココアを作っていたことを思い出して、飲みたくなってしまった。
「やっぱ琴里はココアだけは作るのが上手いな」
翼はそう言って笑う。
私はなんとなく彼を観察してみた。
短い黒髪に、くりっとした目が印象的でよく吠える小型犬みたいな顔をしている。日に焼けた肌は夏休み明けの小学生のようだ。
昔は女の子によく間違われていたけど、髪をもっと伸ばしてしまえば今も間違われそうだ。
昔とちっとも変っていない幼馴染の姿に少しホッとした。
「そういや、さっき『忙しい』って言ってたけどいいのか?」
翼の言葉に、昔のことを思い出していた私は急に現実に引き戻される。
「忙しい、ってゆーか……」
私はそれだけ言って黙り込んだ。
あのレシピを翼に見せたら何だか笑われそうな気がする。
占いだのおまじないだの、そういう類を昔から信じてないからなあ。
私も完全に信じてるわけじゃないけど、でも、もしかしたらっていう気持ちがある。
それに、胃袋を掴んで青山君を振り向かせる作戦も実行したい。
もしかしたら、翼も何か役に立つかもしれないし。荷物持ちとか。
……というわけで。
私は翼に事情を説明した。レシピの事は秘密で。
「琴里、お前、料理できないだろ?」
開口一番、翼がそう言った。
「翼は中学までの私しか知らないでしょ。高校は別々なんだから」
「へぇ。高校生になって料理するようになったんだ」
「……してないけど」
「どっちだよ!」
「カレーライスくらいなら私でも作れそうだもん」
「おいおい。カップラーメンしか作れない奴が『カレーライスくらい』とはまた大きく出たな」
翼の言葉に私は反論する。
「袋ラーメンだって作れますー」
翼は私を一瞥してから、ココアを一口飲んでから言う。
「お前、それ言ってて恥ずかしくないか?」
「……ちょっとね。でも事実だし」
「十六歳にもなって料理できないとかありえねー」
翼はからかうような口調で言った。
「あんただってカップラーメンしか作れないくせに!」
「レトルトカレーくらいは作れますー」
「真似すんな!」
私はそう言うとココアを一気に飲み干した。
結局、私は翼と材料の買い出しに行くことにした。
彼いわく「琴里が料理作るなんて面白そうだし、それから火事にでもなったら俺の家まで危ないから見張る」だそうだ。
失礼な奴だ。
「カレーは玉ねぎと人参は絶対に入れるよね」
スーパーの野菜売り場で、私はそう言いながらカゴに野菜を入れる。
「へぇ。アスパラ入れるんだ」
隣で見ていた翼が感心したように言った。
「やっぱり色鮮やかにしたいじゃない」
私は得意げに答える。
「琴里セレクトかよ……」
「なにそのガッカリしたような顔は」
私の言葉に翼は「別に」と言って肩をすくめる。
その後も私は、パプリカやズッキーニをカゴに入れていく。
「なあ」
翼が口を開く。
「ん?」
「お前さ、なんとなくオシャレっぽい食材を片っ端から入れてないか?」
「料理は見た目も大事でしょ」
私はそう言いいながら買い物を続ける。
「琴里ってさあ」
精肉コーナーに移動している最中に、翼が思い出したように言う。
彼は私を見ながら続ける。
「黙っていれば、それなりに可愛いのにもったいねーな」
「どういう意味?」
「口開くとバカだから残念って意味だ」
翼はそう言いながら笑う。
「さっきからうるさいなあ」
「褒めてやってるのに」
「バカって言われたけど」
「まあ、それは置いといてさ。中学の時もお前に片思いしてる男子は多かったらしいよ」
「そりゃ初耳だ」
私はそう言うと肉を手に取る。
「お前、可哀想なくらい鈍感だもんな」
「さっきから言い方に棘があるのが気になる」
私はそう言って翼を睨みつける。
「本音を言ってるだけだ」
「そんな性格だと女の子にモテないよー」
「べっつにー……。モテるよりも好きな子から好かれるのがいい」
「へぇ。翼、好きな子いるんだ?」
私はそう言って翼の顔を見る。
彼は黙ったまま、視線を落とす。
「ラム肉?」
翼の言葉に私は頷く。
「うん。そうだよ」
私はラム肉をカゴに入れる。
「さすがに何の肉か分かってるよな?」
翼の問いに私は笑いながら答える。
「分かってるよー」
「なんだよ」
「ワニでしょ」
「……あーあ」
翼はそう言ったまま黙り込んだ。
「ずっと監視してるつもり?」
家に帰って、キッチンに立った私は、ダイニングでくつろいでいる翼にそう尋ねた。
「火事にならないように監視する役は必要だろ。そもそも火を使う料理は大人と一緒にやらなきゃいけないんだぞ」
「私は十六歳! 高校一年生! 成人してないけど子供じゃない」
「精神年齢のことだ」
「もういい! 翼の分はないからね!」
「いらん」
きっぱりと断ってきやがった。
でも、恋が叶うかもしれないから全部、青山君に食べてもらうけどね!
「さあ、美味しいカレーを作るぞー!」
涙を流しながら玉ねぎを切り、じゃがいもの皮をピーラーで向いていたら指の皮まで剥きそうになる。
「料理はサバイバルね!」
そう言いながら、ポケットに忍ばせたレシピをこっそり確認する。
次は玉ねぎを飴色になるまで炒める、と書いてあった。
「飴色?」
私はそう呟いて首を傾げる。
飴と言えば……苺味とかレモン味とか色々あるけど、どの色のことなんだろう。
炒めると玉ねぎってカラフルな色になるのかなあ。
そんなことを考えつつ、玉ねぎを炒める。
「うーん。飴色にならないなー」
そう言って十秒ほど考えて、冷蔵庫を開けた。
レモンティーを発見。
「これだ!」
私はそう言うと鍋にレモンティーを注ぐ。
良い香りがしたので、どばどばと多めに入れてみた。
「なんかカレーらしくない匂いがするんだけど……」
翼がそう言って鼻をくんくんさせる。
「だーいじょうぶ! 間違ってないから!」
「いや、色々と間違ってるよ。買い物の時から」
「え?」
「独り言」
翼はそれだけ言うとスマートフォンに視線を落とした。
こいつ、何しに来たんだ……。
レシピを確認すると、野菜を炒めたあとは『火が通るまで食材を中火で煮込む』としか書かれていない。
水で煮るんだよね。
でも、レモンティーを入れたら良い香りがしたから、水じゃなくてレモンティーで煮てみよう!
なんだかオシャレだし、美味しくなりそう。
レモンティーを入れ、ついでに冷蔵庫にあった苺カルピスも入れてみた。
「変な色だけどルウ入れちゃえば大丈夫」
私は頷いて火を弱める。
「変な匂いがする」
翼が眉間に皺を寄せる。
「だーいじょうぶだって! これで少し煮込むからちょっと休憩」
「琴里の『大丈夫』ほど怖いものはないな。もし、お前が執刀医で俺が患者だったら手術前に死を覚悟するレベル」
「私の将来の夢は警察官だからその心配はないよ」
「治安が悪化して日本崩壊するからやめてくれ」
「そんなことばっかり言ってると、翼の分のココア作らないからね!」
私がそう言って振り返ると、翼はバツが悪そうに視線をそらす。
「青山って奴のどこに惹かれたの?」
翼が唐突にそう尋ねてきた。
「んー。やっぱイケメンなところかな」
「顔だけ?!」
「あとはねー……うーん……」
その後の言葉が続かなくて、私は笑ってお茶を濁した。
あれ? 青山君のどこを好きなんだろう? 顔なのか?
「高校生と言えば青春、青春と言えば恋愛だから別にいいんだけどさ」
翼はそう言うとココアを一口飲む。
「そうなんだよね。中学の頃はバカ騒ぎしてるだけで楽しいのに、高校になった途端、恋愛の話ばっかりなんだよね」
「ふーん。女子はそうなのか。男子は中学と変わってないぞ」
翼はそう言って苦笑いをする。
「楽しかったよね、昔は」
私の言葉に翼は目を丸くして言う。
「今は楽しくないみたいな言い方だな」
「そうじゃないけどさー。中学で仲良しだった翔子ちゃんや千奈や恵梨香とか、みーんな離れ離れになっちゃったから」
「みんなで同じ高校受けたのに、お前だけ落ちたんだろ」
「それは言わないでよ。鉛筆ころがして答えを書く方法はやっぱ間違ってたかなー」
「試験なめてんなあ」
翼はそう言って笑った。
「そろそろ野菜に火、通ったかなあ」
私がそう言って腰を上げると、翼が思い出したように言う。
「その青山君とやらの携帯番号とかメルアドは知ってんの?」
「なんで?」
「呼び出す方法、どーすんだよ」
「ああ『ウィッター』で相互フォローしてもらってるから、ダイレクトメッセージ飛ばせばいいよ」
私はそれだけ言うと、カレー作りに戻った。
野菜が煮えたのでラム肉も投入。
レシピを見ると『※隠し味にインスタントコーヒーの粉を入れると美味しいよ』と書かれてあった。
私はインスタントコーヒーを探した。
見当たらなかったので、冷蔵庫にあったカフェオレ(加糖)を入れることにした。
「液体か粉かの違いだけで味は似てるよね」
私はそう言いながらカフェオレをどぼどぼどぼと入れた。
少し煮込んだところで翼が口を開く。
「ねぇ。変な匂いがパワーアップしてるんだけど何入れたの?」
「隠し味」
「匂いが隠れてないけど、味は隠れるの?」
「今は……ちょっと隠し味の匂いが強いけど、カレールウ入れれば大丈夫よ。味がなじむのよ」
「カレールウに絶大な信頼を置いてるんだな」
「自分の腕を信用してるのよ」
私はそう言うと、鍋に視線を落とす。
これでもうルウを入れてしまえば完成だ。
なんだかつまんないな……。
レシピ通りに作るって退屈だなあ。
「あ、そうだ!」
私は両手をぱん、と叩いて棚を漁った。
「琴里の『あ、そうだ!』って言葉は嫌な予感しかしないな」
翼の言葉を無視して、私が発掘したのは……。
チョコレートである。
大袋の一口チョコレートを片っ端から鍋に入れていく。
「なんか楽しくなってきた!」
気付けば袋は空になっていた。
「ちょっと入れすぎちゃった」
私はそう言いながら塩に手を伸ばす。
お玉にこんもり塩を乗せ、それを鍋に入れる。
「これでよし」
「良くない! 異臭に変わった!」
そう言う翼に私は笑顔で答える。
「逆に色は良くなった」
「むしろ今までどんな色だったんだ……」
「さーて。これでカレールウを入れて完成!」
私はそう言うと鼻歌混じりにカレールウを鍋に投入。
カレーの良い香りがしてきた。
火を止め、ようやく私はホッと一息ついた。
するとインターホンが鳴り響いた。
玄関のドアを開けると、そこには麗良が立っていた。
髪型もメイクも服装も随分と気合いが入っている。美人が本気を出すと鬼に金棒だな。
そんなことを考えていたら、麗良は遠慮がちに口を開く。
「……あの、話があるの」
「どうしたの?」
私が首を傾げると、麗良が後ろを振り返る。
こちらに歩いてくる人がいた。
それは……。
「え?! 青山君?!」
私は驚いて彼を見上げる。
青山君は麗良の隣に立つ。
麗良は何かを決意したように一つ大きく頷いてから口を開く。
「あのね、私と青山君、付き合ってるの」
「え?」
そう驚きつつも、内心では(やっぱり)と思った。
鈍感な私でもこの二人の雰囲気でなんとなく察することはできる。
麗良は目を伏せ、続ける。
「今年のクリスマスから付き合い始めたの。琴里の気持ち知っててごめんね……」
「麗良は悪くないんだ! 俺が告白したから、それで……だから彼女を責めないでくれ!」
青山君が口を挟んだ。
すると。
「別に琴里は気にしてねーよ」
その声に振り返ると翼が立っていた。
「なに言っ――」
私の言葉を遮るようにして翼は続ける。
「実は俺と琴里、今日から付き合い始めたから」
「え?! そうなの?!」
麗良が驚いたような顔をする。
私はちらりと翼を見てからこう答える。
「う、うん。そうなんだー! だから私の事は気にしないで!」
「そっか……」
麗良はそう言うと安堵の表情を見せた。
私は付け加える。
「今日は青山君とデートだったんじゃない?」
「うん。まあ……」
麗良は苦笑いをしながら答える。
「わざわざデート中断してまで本当のこと言いに来てくれて嬉しいよ」
私の言葉に麗良はようやく笑顔になって、こう言う。
「ありがとう」
麗良と青山君が帰った後、私はリビングのソファに座ってボーッとしていた。
長い沈黙を破ったのは翼だった。
「俺、余計なこと言った?」
「ううん。私が虚しい思いしないように、あんな嘘言ったんでしょ? だから丸く収まったんだからいいよ、それは」
「そうか……」
私は溜息をついてから、言う。
「麗良と青山君が付き合ってたことはショックだった」
「そりゃあそうだよな」
「でも、それよりも、思った以上に落ちこまなかった自分にショックを受けてるの」
「こうなることは予想してたってこと?」
翼の問いに私は首を大きく横に振ってから答える。
「違う。青山君に対する想いはそれほど大きいものじゃなかった。それどころか恋に恋してたんだって気づいた」
「じゃあ、失恋の傷も浅くていいんじゃないか」
「それもそうか……」
私はそう言って少しだけ笑った。
そして、私は大きく伸びをする。なんだかドッと疲れがきたなあ。
「ポケットからなんか落ちたぞ」
翼がそう言って床に落ちていた紙を拾う。
「ん?」
私は一瞬、その紙が何であるのか分からなかった。
翼が手にしているその二枚に折られた古い紙を見て、ようやく思い出した。
レシピをポケットに入れっぱなしにしていたことに。
私が翼からレシピを取り返そうとした時には、彼は紙を開いていた。
「懐かしいなあ。まだ持ってたんだ、これ」
翼の言葉に私は首を傾げる。
「え? 『まだ持ってたんだ』ってどういう意味?」
「……覚えてないのか」
「翼はそれが何か知ってるの?」
私の問いに翼は頷き、答える。
「これ、姉貴が書いたレシピだよ」
そうだ。思い出した。
幼稚園の頃、翼を無理やり、おままごとに付き合わせてたっけ。
翼の家でおままごとをした時に、彼のお姉さんである加奈さんがこのレシピをくれたんだ。
『いつか翼に作ってあげて』って言って。
私はそのレシピをあの宝箱にしまったんだ。
大人になったら、翼にカレーライスを作ろうって思いながら。
「そういうことかあ」
私はそれだけ言うとソファーに倒れ込んだ。
「俺、琴里の作ったカレー、やっぱ食べる」
翼が意外な発言をした。
「なんで?」
「俺の恋が叶うかもしれないし」
そう言った翼は、耳まで真っ赤だった。
あの時、二人で食べたカレーライスは、この世のものとは思えないほどマズかった。
「懐かしいな」
私はそう呟いてから鍋にルウを入れた。
待ちきれない様子の翼が、キッチンにやってくる。
結婚記念日はいつもカレーライス。
<おわり>