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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

傭兵クロ

作者: ルパソ酸性

活動報告でのアンケートの結果、執筆することとなった二作品の片方です。

昔の作品ですがどうぞ。

 それはとても清々しいほど晴れたある日のこと。

 広く深い森の中を、一人の青年が歩いていた。道なき道を歩いているのではなく、踏みしめられ不恰好だが馬車がギリギリ通れるくらいに出来上がった自然の道を、鼻歌混じりに一人で歩いていた。

 袖がない黒いシャツにジャケットをはおり、腰には鞘に入った一本の黒い長剣を、背中に弓を持っていた。


「クロさーん! まだ着かないんですかー?」


 かなり背後から叫ぶような声がかかり、


「まだですよ。あなた方の馬車ではまだ日数はかかりますよ」


 クロと呼ばれた青年は淡々と言い返した。

 遅れながらクロの後から三人の男女と、一人の少女を乗せた馬車がついてきていた。馬車が遅いわけではない、クロの歩く速度が異常に速いのだ。一切息は乱れていないが。




 数日前、クロはとある国で護衛を頼まれた。

 旅をするために行く先々で傭兵や護衛の仕事をする者は珍しくなく、クロもまた心許なくなってきていた資金を都合する為に仕事を探していた。


 護衛を頼まれたのは、隣の大きな国の安全な街まで。

 彼らは遠くの国から亡命してきた者だと言っていた。珍しくもないただの護衛の仕事なのに、払える報酬は少なく、どう考えても釣り合わなくて断ろうと思ったが、そのあと出てきた少女の事情を聞いて気が変わった。


「私たちの国は、王制が敷かれていました。ですが数年前革命で倒されたのです。その際王家の人間は殺されましたが、この方は王家の隠し子。唯一の生き残りなのです。私は、姫様の執事でして、彼らは数少ない御者とメイドです」


「それ、私に言っていいんですか?」


「命がかかるかもしれないのに、嘘の身分を教えるわけにはいきません。それに、見たところあちこちに言いふらす方には見えませんでしたから」


 軽く「そうですか」と応えたクロは疑問を聞いた。


「命がかかるのは護衛の仕事上普通ですがわざわざ言うってことは……国の人間にでも追われているんですか?」


「……はい。王制を復活させようとしている兵士達にです……どこからか隠し子の情報が漏れたのでしょう。姫様には、王女などではなく、自由に生きて頂きたいのです」


 黙って話の続きを待つクロの態度をどう捉えたのか執事は必死な声になって話を続けた。


「私たちはどうなっても構いません。ですが、どうか姫様だけは、安全な街まで護って頂けませんか! 報酬は、今はこれだけですが、街に着いたらなんとしてでもお金は作ってお渡しします! どうかお願いします!」


「……わかりました。報酬が頂けるなら、何も言いません。なにがあってもその子は安全な街まで敵から護りますよ」


 その暗くうつむいた姫を横目に、クロは何度も感謝をする執事に頷いた。








 そうして街を出てから、何度目かの夜。見張りをしていたクロの元に、少女が来た。いつも束ねていた髪はほどかれて腰まで届いており、月明かりに照らされたその姿は服こそみすぼらしいが隠し子とはいえまさに王族という雰囲気だった。


「ずいぶん大きな弓ですね……矢もないですし何を撃つんですか?」


「何の用ですか?」


 さして興味のなさそうな声で反応するクロに、少女は応える。


「……自由に生きるって、楽しいですか?」


「責任はすべて自分にありますけど、人それぞれだと思いますよ。私はあちこち旅してますから、辛いときもあれば、楽しい時もありますし」


「クロさんが羨ましいです。私は……我が儘とわかっていても王女になんてなりたくないんです。責任が自分にあっても、自由に生きてみたいんです。でも、追ってくる人たちが欲しいのは私と御者さんたちではなく、私だけなんです。一緒に逃げてくれて、自由に生きて欲しいって言ってくれている皆を死なせたくないんです」


「それで?」


「どうか、味方である皆を、一人も死なせないようにお願いしたいんです!」


 クロは一度息を吐いて、少女に目を向けた。


「正直、報酬に見合ってませんが善処しますよ」


「あ、ありがとうございます! クロさんが優しい人で本当に良かった……」


 少女の言葉を、


「いいえ」


 クロは即座に否定した。

 目を丸くしている少女にクロは続ける。


「私が優しいのは仕事の味方だけです。敵に対しては、一切情けなんてかけません」


 少女は頭を振り、


「それでも……ありがとうございます」


 そう言って馬車へと戻っていった。

 クロはそれに応えず、夜が明けるまで森の闇をじっと見据えていた。








「来ましたよ」


「なっ! やはり国境周辺で待ち構えていたのですか!?」


「おそらくそうでしょう。……確認しますが、その子の顔は割れていないんですよね?」


「は、はい。隠し子でしたし……王家の血を受け継ぐ娘という以外は顔などはバレていないかと」


「それでは、とりあえず来てる人たちを皆殺しにすればそれ以降は他国で私たちの消息が途絶えれば追跡の心配はしなくてよくなりますね。私がいることは時間的にバレているか微妙なので、まとまっている今のうちに行って殺してきます。走り抜けてくださいね」


 執事が言葉を発する前にクロの姿は一瞬で消えていた。


 暫しの静寂の後──

 ガキィン。

 金属と金属がぶつかり合う音が森の中に響き始めた。


「も、もう戦闘が?」


「気をつけましょう!」


 ギィン。ガキィン。キギャン。ガキィン。

 そのやり取りの間にも金属音は鳴り続け、馬車がその場に着いたときには最後の数人がまさに止めを刺されるところだった。

 軽鎧を着けた引き締まった体躯を持つ男がまるでバターのように頭から真っ二つにされ、辺りに血と内臓と脳漿が飛び散った。

 だが、残った数人が馬車に気付き、馬車へと向かって走った。


「奪還出来ないならせめて周りの人間をって訳ですか!」


 馬車に向かった男は三人。クロは弓を外し、思い切り振った。

 弦に当たった男はそのまま体を引きちぎられ、絶命した。さらにもう一人を襟を掴んでひきたおし、喉に剣を突き立てて殺した。

 が、最後の一人を捕まえるため伸ばした手は空をつかみ、逃れた男は手に持った剣を馬車の男──

 ──執事へと突き出した。

 執事を剣が貫くのと、男の首が胴体から離れるのは同時だった。

 少女はすぐに駆け寄ってきたが、心臓を貫かれていた執事は一瞬だけ少女に微笑みかけて、それから二度と動くことは無かった。




「いやあああああぁぁ!!!」


 森に少女の悲鳴が響き、消えていった。

 失ったものの大きさを表すような、大きな悲鳴だった。








「あ、あの……姫様は……」


「執事さんの亡骸の前で泣いていますよ……力が足らず申し訳ありません」


「いえ! クロさんのせいではありませんよ……それに、私たちも悪いことばかりではありませんでしたし」


 やけににこやかに話す御者とメイドにクロは頭に疑問符を浮かべた。


「……というと?」


「執事さんが居なくなりましたから、姫様に王位に戻ってもらえるんですよ!

あ、今すぐでは無いですが」


「……は?」


「執事さんが死んでしまったのは残念ですが、契約はかわらずクロさんに安全な街まで送り届けてもらったら姫様と我々でしばらく暮らして、姫様とともに内乱が治まった頃合いで国に帰ります!」


 当然とばかりに自信満々に話す御者になかなか理解が追い付かなかったクロは事が理解できた時、首を傾げた。


「……結局王位にあの子を戻すんですか?」


「私たちも家族がいますし、姫様は国を治めてもらわねば国はまとまりませんから。執事の人は逃げながらでも姫様には王国に戻さないつもりみたいでしたけど、私たちは故郷の家族のためにもそれでは困るのです。姫様も逃げ回るよりずっといいに決まってます!」


 その言葉にクロは心底楽しそうな笑みを浮かべた。それにつられてメイドと御者にも笑みが出始める。


「なるほど、それで帰れば姫を護ったあなた方も豪華な暮らしができると」


「それを思い付いたのは最近ですが、さすが鋭いですねクロさんは! あっ、と。姫様には伝えないで下さいね? クロさんにはちゃんと報酬も出しますので! 払ってもらえれば口はださないんですもんね!」


「ま、後釜争いに興味はありませんし、私からは伝えませんよ」


 すると御者とメイドはさっきよりも明るい顔をして喜びだした。


「ああ良かった! クロさんが優しい方で良かったですよ!」


 御者の言葉を、


「いいえ」


 クロは即座に否定した。

 御者が振り向くのと、御者の首が体から切り飛ばされるのは同時だった。

 目の前の出来事があまりにも突飛すぎて理解できずに呆然としているメイドにクロは向き直った。


「私の仕事はあの子を敵から護ることです。敵って言うのは、今回はあの子を王国に連れ戻そうとしていた奴らです。あなた方も、たった今それと同じになりました。よって仕事上敵なので殺します」


 ようやく事態を理解したメイドは悲鳴をあげながらクロに背を向けて逃げ出した。

 クロは静かに弓を背中から外し、


「この弓に何をつがえるか……でしたね」


 ゆっくりと、それでいてしっかりと血に濡れた長剣を弓につがえた。

 頑丈な弓は大きくしなり、放たれた剣は走り去るメイドの後頭部を貫き、辺りに脳漿を飛び散らせた。

 深い森の中、鮮やかな血が辺りを染め上げていった……




「……話は聞こえていたと思いますが、これからどうするんですか?」


 近くの茂みの中にあった布を取ると、中では少女が膝を抱えて泣いていた。


「……私は自由になっちゃ駄目なんですか……!? 何で皆居なくなってしまうの……!?」


 味方と思っていた御者とメイドに裏切られ、たった一人の味方の執事も死に、支えがなくなった少女はタガが外れたように泣き続けた。

 大分日が傾いてきたころ、少女は目を腫らしていたものの泣き止んでいたが、代わりに虚ろな目が浮かんでいた。


「クロさん……私、もうなんだか疲れちゃいました……」


 絶望しきった口調で少女はクロに懇願した。


「私を殺して……」


 だが、相変わらずクロは心底興味無さげに少女に目を向けた。


「では失礼して……動かないで下さいね」


 目を瞑った少女の前に立ったクロは剣を少女の首筋で走らせた。







 が、いつまで経っても首が切れないことを疑問に思った少女はゆっくりと目を開け、周りを見る。

 自分の血は流れておらず、辺りには髪の毛が散らばっていた。少し経ち、少女はそれが自分の髪であると気付くと、クロに泣きそうな視線を向けた。


「なんで、どうして殺してくれないんですか!」


「あなたが死んだら私、骨折り損ですよ。私の仕事はあなたを隣の国の安全な街まで護衛することですから。報酬も渡さずにくたばらないで下さい」


 少女はもう何がなんだかわからなくなっていた。だがそれに構わずクロは話を続ける。


「ただ、どうしても死にたかったみたいですので髪を切らせてもらいました。あなたの名前も過去も髪と一緒にここで一度捨てていけばどうですか? 『あなた』はここで間違いなく死ねますよ。自由に生きたければ『別人』になったらどうですか?

 私のように……ね」


 少女は微かに光を戻した目をしてクロに話しかけた。


「どうして……そこまで……」


 それにクロは笑みを向けて答えた。


「話、聞いてました? 仕事の仲間には優しいんですよ。私は」


 そして提案を一つ。


「まずは名無しでは困りますから、新しい名前を考えますか。それから馬車の乗り方でも覚えましょう」








 * * * * *







 私の名前はシロ。

 のどかな街の普通の街娘です。

 私が生まれたのは森の中。心優しい傭兵さんに助けられたんです。クロと名乗ったその傭兵さんは名前もない私に「シロ」って名前をくれて、私をこの街まで護ってくれて、一人で生きていけるようになったときに、いつの間にか私の前から居なくなっていた、私の大恩人なんです。


 私「シロ」が生まれてからもう十年が経ち、今は結婚して子供も授かりました。

 今の私の自由と幸せは、クロさんのおかげであるんです。ですから、一度でいいからお礼を言いたいのに、クロさんの現在は全く分かりません。


 クロさんは今、どこで、何をしているんだろう。

 まだ、傭兵として戦っているんでしょうか。

 私を助けてくれたときのように、誰かを助けているんでしょうか。



 いえ、もしかしたら案外──

 ──両方だったりして。

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