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竜の歌

竜が歌を歌う時。

産まれた時、つがう時、そして生を終える時。

切り立ち、天に近い山脈。緑と岩が覆い空に近い所で産まれ、育つ。

自らの意思でそこから巣立ち、そして舞い戻り伴侶を選ぶ。

雌雄同体の竜は、相手に合わせて雄か雌かを自ら選択する。

雌雄同体の竜は、己と対になるを持つ相手を選択する。

つがう周期は二十年に一度だけ。

長命種でもある彼等は次代を二十年に一度その山脈で産み、三年かけて卵を温め

十年を費やして育てる。

自分を存在させ、この世界に存在させた二匹の竜が持つ知識。

先代から受け継いだそれを次代は生まれながらにして持つ。

知識は地層のように幾重にも重なり、小さい竜の中で新たな地層となる。

若い竜がその希少価値故に狩りの対象となるのを防ぐ為か。

人間が忘れ去り、文献にのみ残るそれを消去させない為なのか。

「何故」の答えを竜も知らぬ、神も知らぬ、人も知らぬ。


一人の人間が羽化寸前の竜の卵を持ち出す。

木々の陰から影へと身を潜め、魔方陣が織り込んである衣を纏い山脈を下った。

二匹の竜は人間を探した。

狂ったように世界中を飛び回り、大切な大切な卵を探した。

羽化し、盗人を親だと思い込まされたら。

それは小さい竜にとって悲劇だ。

新たな命として存在した時点で、親の知識を引き継いでいるそれは。

鎖に繋がれ、自由に翼を広げる事を赦されず、親の意思に従う。

生きる為の餓えと渇きの引き換えに、知識を切り取られる。

爪や鱗、骨さえも希少価値となる。

仮に親愛の情があっても、その希少価値ゆえに、力持つ者が奪うが定め。

多くの仲間が辿った悲劇。

知るが故に竜は狂気と共に空を飛ぶ。


----------


卵は羽化し、小さな竜が床を歩く。

人間の後を小さな爪を持つ手と足でついてゆく。

男は椅子に座り小さな竜を眺めた。

小さな翼を広げ、よたよたと飛んだ竜。

膝の上に止まり、小さな瞳で男を見つめた。

町の一角にある小さな家。

夫婦の娘は重い病にかかり、家を売り払い、家財を売り払いその代金で医者に診せた。

その医者の声は直る見込みが無いと聞こえた。

妻は嘆き、男は神を呪う。

三日三晩それが続いたある夜、一人の人物が小さな家の扉を叩く。

かの人は竜の卵が欲しいと告げた。

その代償に娘の命を助けるとも言った。

男にとってその人物が神であろうと人であろうとどうでも良かった。

娘が助かる、その一心で即決した。

竜が棲む山中への経路、卵の持ち去り方等手法を詳しく男に話す。

説明を聞きながら、男は小さな問いを口にした。

―何故、あなたがしないのか―

かの人は答える。

―竜は警戒心が強い。あなたの様な普通の人は逆に警戒されない―

作物を育て、収穫する事を生業とする男にとって、その答えは納得のゆくものだった。

テーブルの上にある支度金と折りたたんだ衣を暖炉の炎が染める。

扉を閉めながら聞こえた言葉は、頃合を見てまた伺います、と聞こえた。

フードで覆われたかの人の顔を夫婦は最後まで見ることが出来なかった。


二匹の竜が小さな町の上空に現れ、町は混乱に包まれた。

妻は我が子を抱きかかえ、男は竜を抱きかかえる。

煙と炎が町を包み、叫び声と泣き声が交錯する。

恐怖の縦糸と絶望の横糸が織り成す運命の布。

布が炎を宿し、焦げた匂いが血の匂いを隠した。

夫婦が逃げようと家から飛び出た瞬間、一匹の竜が急降下する。

我が子を憎い人間の手から奪い返す為に。

男の目に竜の姿が映し出され、どんどん大きくなってきた。

爪が炎を浴びてきらきらと輝きながら男に迫った。


小さな竜が翼を広げ、声無き威嚇の叫びを発する。

急降下してきた竜は急上昇し、上空で嘆きの翼を広げた。

男は落ちていた剣を拾う。

今度はもう一匹の竜が男めがけて降りてきた。

男の思考を、かの人の言葉が支配する。


―最悪、竜の死体だけでもいいのです―


男は自分を守ろうとする小さな竜の小さな命を奪った。

降りてきた竜は亡骸となった小さな竜を掴み、舞い上がろうと伸ばした爪が男の妻と子供を血に染めた。


絶望と慟哭は一つの村に覆い被さり、破滅の抱擁が一つの村をそっと抱いた。


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