ジャックとキャンディー
第一話
ジャックとキャンディー
みなさん、世の中って不思議なことが沢山ありますよね?
そうなんです。
わたし、いまとっても不思議なんです。
え?
話がよくわからない?
私もわからないんです。
なぜか私、男の子の前に立っていました。
「ようこそ、ジャック・オ・ランタンに」
本や小物、筆記具や紙、そのほか様々な物が置かれて雑多な机に肘を置いて、少年は私の方を見て言いました。
綺麗なオレンジ色の髪には、なぜか女の子がつけるようなピンがつけられています。
そして、真っ黒なコートを着ていました。
まあ、家の中でコートなんて、暑くないのかしら?
「あら、ここはどこなんでしょう」
どこかの部屋のようです。
少年の座った後ろの壁には、古びた本がほこりをかぶって積み上げられていました。
まあ、ずいぶん汚い事っ!
掃除していないのでしょうか?
「随分戸惑っているようですね。しかし、大丈夫ですよ。みなさん、最初は戸惑うものですから」
「そうですか?私としては、この部屋の汚さが気になって気になって……あぁっ、水で流してしまいたいっ!!」
するととつぜん、少年は不機嫌そうな顔をしました。
「あんた、だれ?てかオレ、お前に話してないから。ほら、そこじゃま」
「あら?」
後ろを向くと、私の姿に気づいていないのか、やつれたお父さんのような男の人が、少年の前に歩いて来るところでした。
思わず、少年の前をその人に譲って上げます。
まあ、私って優しい人。
「もうしわけない。私はどうしてここにいるのだろうか」
おやまあ、この人もどうしてここにいるのか分からないようです。
「大丈夫ですよ。では、最初の違和感を話してもらいましょうか?」
男の人は、驚いたようです。
「なぜそれをっ」
「ここに来る人は、大抵そうですから」
「……」
どういう事なのでしょうか?
男の人は、つらそうに言いました。
「おかしいんです。妻も、娘を、私の事を無視するんです。突然」
「そうでしょうね。それで?」
「なぜか、私の前で泣くんです。みんな、私を見て泣くのです」
「……」
「わからないんです。どうしてっ、どうしてっ……どうして、私はここにいるのですか?」
「それは、あなたの魂が道に迷ってしまったからです。あなたの目の前にある、黄泉路に至る道に気づいていないからです」
そういって、男の子は立ちあがりました。
「あなたは、もう死んでいるのです」
そう言うと、男の人は、ぼうぜんと顔を上げました。
「なにを言っているんですか?」
「あなたは、もう生きている唯人には視えない存在なのです。魂だけで、彷徨っているのです。自分が死んだことに気づかず。自分が逝くべき道も知らず」
「……」
「でも、もう見えるでしょう? あなたの前に広がる道が」
「……そう、ですね。嗚呼、私は……そうか、そうだったのか。すまない。お前たちだけを残して……」
そう言うと、男の人は消えてしまいました。
呆気なく、消えてしまいました。
本当に、呆気なく。
「あら……」
あの方は、死者?
「さてと。で、あんた誰?」
「あらあら。私は……さあ、誰でしょう?」
「ふざけてんのか?」
「いや、ふざけてないわ。あら、でも、あなたは誰ですか?」
男の子は、思いっきり嫌そうに顔を見ました。
「オレの名前は、ジャックだ」
ジャック君、ジャック君。
よし、覚えたわ!
「なるほど。ところで、スパロウ君。ここはどこなのかしら?」
「オレの問いに答える気あるのか。あと、オレの名前はジャックだ」
「そんなに眉間にしわを寄せていると、ザビエル禿げになってしまいますよ?」
あら大変。
ザビエル禿げは、一部の人に人気はあるけど、一部の人にはうざがれてしまうわ!
若いのに、なんて大変なことなんでしょう。
苦労しているのね。
「な、なんでそんな事になる!!」
「おかしいかしら?」
「おかしい!!」
この人はきっと、ザビエル禿げが嫌いな人なのね。
「ところで、先ほどの男の人は、どうして消えたのかしら?」
「……死んだことを自覚したから、行くべき所に逝ったんだよ」
「まあ」
あの人は、やっぱり死んだ人だったの。
「で、お前、名前と、なんでここにいるのか答えろ」
「名前……じゃあ、私の名前はキャンディーよ」
「じゃあ?」
「そう。あとね、間違ってもキャロットって言わないでね。私、ニンジン嫌いなのよ。あ、でも飴も嫌いだわ。どうしましょう」
「つっこみどころがありすぎて、どこに突っ込んだらいいのか分からない」
「それは、大変ね」
「……」
あら、なんで黙ってしまったのかしら。
「お前、霊だって自覚ある?」
「あら?」
何を言い出すのかしら。
「生き霊だって、自覚あるのか?」
「いき、りょう?」
なるほど。
「だから通り抜けができるのね! すごい、すごいわ、私!!」
「……えっと、あっと……なんだって言うんだ、この人っ?!」
こうして私、キャンディーと、ジャックは出逢ったのです。
登場人物
ジャック・オ・ランタン
主人公
キャンディー
語り手
ジャックとキャンディーの物語。
ちょっとした長編になりますが、よければお付き合いください。