魔法使いと、●るねるねるね。2
* * *
店は、さらに、にぎやかになってきた。
ふわあ、とティラミスはあくびをした。ヘビのような自称『魔法使い』との出来事以来、ウィルフレッドはティラミスの側に、ずっとついている。
知り合いもそんなにいないので、ティラミスは仕方なく、テーブルでひたすら食事をし、飲み物を飲んでいた。
突然、わっ、と歓声が上がる。
「あ、おばばさまだ」
店の中、少し高くなった場所に、オレンジのスーツをまとったショートカットの女性が立っていた。胸を張って何かを取り出している。
「今から、駄菓子ショーをするぞい!」
おばばはバケツのような器を取り出すと、中に何かをさらさらと入れ始めた。小さな袋を破いては中身を入れ、破いては中身を入れ、としている。
「駄菓子……」
なんだか見覚えがあるような、ないような。
「おばばさまは、ああいうの好きですからねえ」
不意に、そういう声がした。振り向くと、若い男性が立っていた。人の良さそうな顔をした、二十歳かそこらぐらいの青年だ。
肩幅があって体格はそこそこ良く、髪は短く刈り上げられていて、スポーツやってました! と言われたら、そうかと思ってしまいそうな感じである。
彼は白い割烹着を着て、パンを山盛りにした籠を持っていた。
「パンの追加、焼き上がりました。どうぞ」
「美味しそう!」
思わずにっこりしたティラミスに、彼はちょっと首をかしげた。
「あ~? あれ? あなた、外の人?」
「外?」
「あ、いや、……なんでこの店に? ここってマニアックでしょう、いろいろと。良く入れましたね」
ウィルフレッドは、最初こそ警戒するような目をしたものの、すぐに体の力を抜いた。籠からパンを取り出して、サラダや肉料理を乗せ、もくもくと食べている。
「紅さんに、招待状もらったんです」
「そうなんですか。えっと、……隣はサー・ウィルフレッドですよね。サーはどうして」
「店主に、この娘の側にいろと頼まれた」
ぼそっと答えたウィルフレッドに、青年は、ああ、と言ってうなずいた。
「それが良いですね。ぼくも、紅さんも、厨房とここと行ったり来たりで、そんなに気を配れないから」
「あの? あなた、このお店の人?」
「臨時で手伝いに来てるんです。ぼくは、パンを焼いていて。この店にパンを卸してるんですよ」
青年は、にっこりした。
「サー、申し訳ないのですが、彼女に紹介してもらえますか。その方が安全だと思います」
ティラミスは、はい? と思った。なぜ安全?
しかし、ウィルフレッドの感想は違ったらしい。眉を上げてから、ふうと息をつくと、面倒くさそうに、
「この男は、じんと言って、パン職人だ。
この娘は、ティラミスとか言うらしい。店主の知り合いだ」
と、棒読みのように言って、再び食事に戻ってしまった。
「えー……なんなの、それ」
ティラミスが、怒れば良いのか、呆れれば良いのか、という顔をしていると、じんが苦笑した。
「いえ、まあ、……だれが聞き耳をたてているのか、わかりませんからね。今夜は、これだけの者が集まってるし。
自分で名乗るのは、よっぽど自信があるか、力のあるものだけ……って、えーと、わからないか。
うーんと……ここに集まった人たちにとっては、自分で自分の名前を言うのは、かなり、目立ちたい人だけなんですよ」
「そうなの?」
「ええ。誰かに紹介してもらうなら、問題はないんですが」
「そうなんだー……」
いったい、どこの国の習慣なのだろう。そう思ったが、とりあえず、そういうものらしいとティラミスは思うことにした。
「まさかと思いますが、誰かに名乗ったりしました?」
「え? ううん、誰にも」
「それは良かった。今夜はサーと一緒にいて下さいね」
「???」
「子守をさせられるとは思わなかった」
むっつりとした顔で言う男に、ティラミスは眉を釣り上げた。
「ちょっと、なによそれ。失礼な」
「そのままの意味だ。この娘、魔法使いと会話していたのだぞ、一人で」
じんが、げっ、と奇声を上げた。
「え? なに? あの危なそうな人がどうかしたの」
「いや、危なそうって……危ないですよ! なんでこの人を一人にしたんですか、サー」
「目を離した隙にだ。それからは張りついている」
「ああ、……うわー……、良かった……あぶねー……」
頭を抱えてぶつぶつ言う青年を、ティラミスは妙なものを見るような目で見た。なにがなんだかわからない。
「あのですね、ここにくる人、良い人ばっかりじゃないんですよ。うっかり名前を知られたら、悪さ始めるような人もいるんで。
サー・ウィルが大丈夫と判断した人なら、まあ大丈夫だと思いますから……自分で名乗ったりしないで、紹介を待って下さいね」
ティラミスの表情に気づいたのか、じんはまごついたような顔をした後、そう言った。
「釣りとかそんな感じ? 業者とか紛れ込んでるの?」
「えっと……まあ、……そんな感じです」
「やだ、サイテー。わかったわ、自分からは名乗ったりしないわ」
じんは、複雑そうな顔をしてから、うーんとうなった。
「この人、妙に運が強かったりします?」
こそっとウィルフレッドに問いかける。
「かもな。店主はとにかく、側にいろと言っていたが」
「基本的なことがわかっていないのに、危険は回避する感じですよね……」
「ある種の才能だろう」
二人でひそひそと話している。
「ところで、魚釣りがどうかしたのか。業者というのは?」
「あ~、ええと、こちらの用語です。
業者……ってのはまあ、たちの悪い魔法使いみたいなもので。
釣りっていうのは、……ケータイ番号……ええっと。名前をうまく聞き出そうとする行為を、その」
「スラングか。何となくわかった」
うなずく二人に、ティラミスはなんとなく、疎外感を味わった。なによ、もう。二人で分かり合っちゃって!
そのときまたもや、わっと歓声が上がった。