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一夜の魔法亭 1 ~ただ茶屋番外編~  作者: ゆずはらしの
夏至の夜の不思議な時間。
8/25

魔法使いと、●るねるねるね。2



* * *



 店は、さらに、にぎやかになってきた。



 ふわあ、とティラミスはあくびをした。ヘビのような自称『魔法使い』との出来事以来、ウィルフレッドはティラミスの側に、ずっとついている。

 知り合いもそんなにいないので、ティラミスは仕方なく、テーブルでひたすら食事をし、飲み物を飲んでいた。

 突然、わっ、と歓声が上がる。



「あ、おばばさまだ」



 店の中、少し高くなった場所に、オレンジのスーツをまとったショートカットの女性が立っていた。胸を張って何かを取り出している。



「今から、駄菓子ショーをするぞい!」



 おばばはバケツのような器を取り出すと、中に何かをさらさらと入れ始めた。小さな袋を破いては中身を入れ、破いては中身を入れ、としている。



「駄菓子……」



 なんだか見覚えがあるような、ないような。



「おばばさまは、ああいうの好きですからねえ」



 不意に、そういう声がした。振り向くと、若い男性が立っていた。人の良さそうな顔をした、二十歳かそこらぐらいの青年だ。

 肩幅があって体格はそこそこ良く、髪は短く刈り上げられていて、スポーツやってました! と言われたら、そうかと思ってしまいそうな感じである。

 彼は白い割烹着を着て、パンを山盛りにした籠を持っていた。



「パンの追加、焼き上がりました。どうぞ」

「美味しそう!」



 思わずにっこりしたティラミスに、彼はちょっと首をかしげた。



「あ~? あれ? あなた、外の人?」

「外?」

「あ、いや、……なんでこの店に? ここってマニアックでしょう、いろいろと。良く入れましたね」



 ウィルフレッドは、最初こそ警戒するような目をしたものの、すぐに体の力を抜いた。籠からパンを取り出して、サラダや肉料理を乗せ、もくもくと食べている。



「紅さんに、招待状もらったんです」

「そうなんですか。えっと、……隣はサー・ウィルフレッドですよね。サーはどうして」

「店主に、この娘の側にいろと頼まれた」



 ぼそっと答えたウィルフレッドに、青年は、ああ、と言ってうなずいた。



「それが良いですね。ぼくも、紅さんも、厨房とここと行ったり来たりで、そんなに気を配れないから」

「あの? あなた、このお店の人?」

「臨時で手伝いに来てるんです。ぼくは、パンを焼いていて。この店にパンを卸してるんですよ」



 青年は、にっこりした。



「サー、申し訳ないのですが、彼女に紹介してもらえますか。その方が安全だと思います」



 ティラミスは、はい? と思った。なぜ安全?

 しかし、ウィルフレッドの感想は違ったらしい。眉を上げてから、ふうと息をつくと、面倒くさそうに、



「この男は、じんと言って、パン職人だ。

 この娘は、ティラミスとか言うらしい。店主の知り合いだ」



 と、棒読みのように言って、再び食事に戻ってしまった。



「えー……なんなの、それ」



 ティラミスが、怒れば良いのか、呆れれば良いのか、という顔をしていると、じんが苦笑した。



「いえ、まあ、……だれが聞き耳をたてているのか、わかりませんからね。今夜は、これだけの者が集まってるし。

 自分で名乗るのは、よっぽど自信があるか、力のあるものだけ……って、えーと、わからないか。

 うーんと……ここに集まった人たちにとっては、自分で自分の名前を言うのは、かなり、目立ちたい人だけなんですよ」

「そうなの?」

「ええ。誰かに紹介してもらうなら、問題はないんですが」

「そうなんだー……」



 いったい、どこの国の習慣なのだろう。そう思ったが、とりあえず、そういうものらしいとティラミスは思うことにした。



「まさかと思いますが、誰かに名乗ったりしました?」

「え? ううん、誰にも」

「それは良かった。今夜はサーと一緒にいて下さいね」

「???」

「子守をさせられるとは思わなかった」



 むっつりとした顔で言う男に、ティラミスは眉を釣り上げた。



「ちょっと、なによそれ。失礼な」

「そのままの意味だ。この娘、魔法使いと会話していたのだぞ、一人で」



 じんが、げっ、と奇声を上げた。



「え? なに? あの危なそうな人がどうかしたの」

「いや、危なそうって……危ないですよ! なんでこの人を一人にしたんですか、サー」

「目を離した隙にだ。それからは張りついている」

「ああ、……うわー……、良かった……あぶねー……」



 頭を抱えてぶつぶつ言う青年を、ティラミスは妙なものを見るような目で見た。なにがなんだかわからない。



「あのですね、ここにくる人、良い人ばっかりじゃないんですよ。うっかり名前を知られたら、悪さ始めるような人もいるんで。

 サー・ウィルが大丈夫と判断した人なら、まあ大丈夫だと思いますから……自分で名乗ったりしないで、紹介を待って下さいね」



 ティラミスの表情に気づいたのか、じんはまごついたような顔をした後、そう言った。



「釣りとかそんな感じ? 業者とか紛れ込んでるの?」

「えっと……まあ、……そんな感じです」

「やだ、サイテー。わかったわ、自分からは名乗ったりしないわ」



 じんは、複雑そうな顔をしてから、うーんとうなった。



「この人、妙に運が強かったりします?」



 こそっとウィルフレッドに問いかける。



「かもな。店主はとにかく、側にいろと言っていたが」

「基本的なことがわかっていないのに、危険は回避する感じですよね……」

「ある種の才能だろう」



 二人でひそひそと話している。



「ところで、魚釣りがどうかしたのか。業者というのは?」

「あ~、ええと、こちらの用語です。

 業者……ってのはまあ、たちの悪い魔法使いみたいなもので。

 釣りっていうのは、……ケータイ番号……ええっと。名前をうまく聞き出そうとする行為を、その」

「スラングか。何となくわかった」



 うなずく二人に、ティラミスはなんとなく、疎外感を味わった。なによ、もう。二人で分かり合っちゃって!


 そのときまたもや、わっと歓声が上がった。


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