魔法使いと、●るねるねるね。1
* * *
店主が持ってきてくれたのは、鮮やかな色の巻きスカートだった。
ティラミスは礼を言って受け取り、その場で巻き付けようとし、ウィルフレッドに叱りつけられた。足を見せるのが、とにかくいけないらしい。
店主に手洗い所に案内され、マントを巻き付けたまま、ちょこちょこした足どりで歩く。
物陰でマントを外し、巻きスカートを巻き付けて、あたし、何やってるんだろうという気分になった。
(なんか、あたしもコスプレしてるみたい……)
それでも、外国人だらけの店内を見て、マナーが違うんだろうと自分を納得させ、ティラミスはウィルフレッドのマントをたたんだ。
マントは古びており、あちこちがほころびている。色もねずみ色と言うか、薄汚れた感じだ。
「洗濯、してないのかな。洗ったら、水がすごい色になりそう」
このマントが家にあれば、自分はぼろとして捨てるだろう。
「まあ、でも、男の人って、変なものに思い入れして、記念にしたりするしなあ」
初めて運転した車のワイパーだとか、切れたベルトだとか。がらくたにしか見えないものを、後生大事に持っていたりする。
父がよい例だ。ゴミだと思って捨てようとした母との間で、大騒ぎになったことがあった。
「うん」
けれど、ウィルフレッドが自分を気にかけてくれ、目立たないように守ってくれたらしいことは、確かだ。
俺さまな性格な男だし、自称『騎士』なコスプレイヤーだが。
それでも、お礼を言うべきところでは、言わないと。
「洗ってあげようか。それぐらいはしても良いよね」
そうつぶやいて、ティラミスは、ウィルフレッドのいる所へ戻ろうとした。そこで、声をかけられる。
「おや。おや。外の匂いがする娘さんだね」
ティラミスがそちらを見やると、背の高い男が佇んでいた。
肌の色は異様に白い。というより、青白い。黒い髪をぞろりと伸ばし、ずるずるしたローブをまとっている。
顔だちは悪くはないのだが、薄青の目は、どこか焦点が合っていない感じで、なんとなく気味が悪いと感じてしまう。
「魔法使いのコスプレイヤー……」
思わずつぶやくと、男は首をかしげた。
「わたしは魔法使いではあるが、こす、ぷれ? とは何のことだ?」
なりきり屋さんがここにも。
ウィルフレッドの対応で免疫のついていたティラミスは、「いえ、こちらの話です。別になんでもありません」と言って流した。
こういうなりきり系のコスプレイヤーに、下手に何か言おうものなら、怒り出したり、長々と妙な説明をされたりして、大変なのだ。ウィルフレッドで身に染みている。
「ふむ。外のお嬢さんは、何を代償にここに入ったのだね」
「代償って……参加費でしょう? あたしは、ビタミン剤のタブレットを……」
「なに。なんの石版だって? どのような魔術のたぐいだ」
いきなり、身を乗り出された。
「ま、魔術って、そんなのじゃないです、あの。薬です。栄養補給用の」
「ほう? 薬物か。それは良いな。どのような作用のものなのだ?」
自称『魔法使い』の目が、らんらんとしている。なんだろう。危ない気がする。
「さ、作用、……あの。ただのビタミン剤で。えっと」
ビタミンの作用ってなんだっけ?
「おまえが作った薬なのか?」
「とんでもない! あたしは買ってきただけで」
「ほう。それで、びたみん、というのは?」
「え、えー、えーと」
おろおろしていると、誰かにぐい、と肩をつかまれた。そのまま引っ張られる。
ひゃっと悲鳴を上げたが、気がつくと、ティラミスはウィルフレッドの背中を見ていた。
「このものに、何か用か」
目つきの危ない自称『魔法使い』に、自称『騎士』が問いかける。
背筋はぴんと伸びており、腹に響く低音の声に、ティラミスはうっかり、
(カッコイイ……)
と、思いかけた。思ってしまってから慌てて首を振ったが。
ダメだ。なりきりコスプレイヤーを、かっこいいなんて思ってどうするんだ。
「薬物について質問していただけだ」
男はウィルフレッドに、どこか下に見るような、嫌なまなざしを注いで言った。しかしウィルフレッドは、まるで取り合わなかった。静かに言う。
「これは店主の個人的な知り合いだ。そちらの好奇心を満たすようなものは、何も持っておらん」
「そうかね。騎士とは律儀なものだな」
嘲るような笑い声を上げてから、魔法使いの姿をした男は、ティラミスに目をやった。
「外の匂いのお嬢さん。良い守り手がいて幸いでしたね。
びたみん、とやらには心が残りますが、ここはその騎士の顔をたてて、退散しましょう」
そう言うと、するり、と身をひるがえし(本当に、するり、としか表現できない、ヘビめいた動きだった)、人込みの中にまぎれてしまった。
ウィルフレッドはしばらく、男の後ろ姿を見つめていたが、ティラミスのほうに向き直ると、むっつりした顔で言った。
「なんの話をした」
「なんの……って。別に何も」
「何か渡したか。品物や、名を交わしたりしなかったか」
「え、え? 何も……名前って?」
「あの男に名乗ったか。自分の名を」
「え? そんなことしてない……それがどうかしたの?」
ウィルフレッドは、ふー、と息をつくと、ティラミスの腕をつかんだ。
「行くぞ。おまえは危う過ぎる」
「え? えっ、ちょっと! なんなのよ、ちょっと~~~!」
ぐいぐい引っ張られて、食事の置いてあるテーブルに連れて行かれ、ティラミスは憤慨した。なんなんだ、この強引男!
かっこいいなんて、ちょっとでも思うんじゃなかった!