ハロー、コスプレイヤー。4
「ティラミスさん、サー・ウィルフレッド。楽しんでいますか」
そう声をかけてから、下半身をマントでぐるぐる巻きにされているティラミスを見て、目を丸くする。
「おや」
「あ、紅さん。ごはん、すっごく美味しいです。カクテルもジュースも!」
にこにこしてティラミスが言うと、店主は微笑んだ。
「もうじき、ナンが焼き上がります。待っていて下さいね」
「わ、楽しみ」
「サーには、そのパンを皿代わりになさって下さい」
店主はウィルフレッドにそう声をかけた。ウィルフレッドはうなずいた。
「うむ。菓子も良いが、料理もなかなかだな」
「ありがとうございます。ところで、その。マントをお貸しになったのですか」
「若い娘があのような姿、あってはならないだろう」
むっつりとした顔で言う男に、店主は軽く頭を下げた。
「気遣いを、ありがとうございます。ティラミスさん。サーの国では、女性は足を見せてはならないのですよ」
「ああ、そう言えば、そんなことも言ってたわね……でも、ちょっと動きにくいんだけど」
「しばらくそのままで。長いスカートを持ってきます。
ここに集まるお客さまには、サーの国と同じ風習のかたが多くて。短いスカートだと、トラブルになる可能性もありますから」
「トラブル?」
「そのつもりはないのに、誘っていると思われたくはないでしょう?」
「あー。いるよね、そういう勘違い男……うん、わかった」
ティラミスはうなずいた。外国人が多く、風習の違う人が多いというのなら、譲歩するのが良いだろう。
「あ、でも、おばばさまは? あの人もスーツだったけど。スカート短くない?」
店主はすると、ちょっと遠い眼差しになった。
「あの人はまあ、良く知られていますので。どのような格好をしたところで、さしてトラブルにはなりません。
では、サー。申し訳ないのですが、彼女と一緒にいていただけますか。
一応、今夜は何も仕掛けはしないという約定になってはいますが……羽目を外す者がいないとも限りません」
「あいわかった」
重々しい感じにウィルフレッドがうなずいた。ティラミスは首をかしげた。
「仕掛け? 約定って?」
「いろいろな国の人が集まるので、仲の良くない者同士が出くわしたりもするんです。
だから集まった人たちには、夏至の祝いの間、店の中ではケンカはしない、悪さはしないという約束を、あらかじめしていただいています。
ですがまあ、どこにでも、悪さをしたがる人はいますから」
そうなのか、とティラミスは思った。
「大人しくして、早めに帰るのが良いだろうよ」
ウィルフレッドが言う。その言い方がどことなく上から目線に思えて、ティラミスはちょっと、かちんときた。
「なにその、自分の方が良く知っているみたいな態度。ワゴンセールも知らなかったくせに」
「騎士が知らずとも問題はない」
「むかつく~!」
「ティラミスさん。サー・ウィルフレッドは、ここに集まる人のことは、あなたよりは良くご存じです。
海外では、何気ないことがタブーに触れたりすることもあるでしょう?
常識の違う人が、たくさん集まっているのです。どうか、できるだけ一緒にいて下さい」
言い返そうとしたティラミスだったが、店主にそう言われ、仕方なく黙った。確かに、外国の人にとって何がタブーに触れるのか、自分ではわからないことも多い。
「それにしても、ワゴンセール……?」
店主が首をかしげる。
「何やら説明された。女性の情報収集能力についても、解説されたぞ」
ウィルフレッドが言う。店主はまばたいてから、そうですか、と言った。
「確かに、家庭の主婦の情報網はすごいですからね……」
「そうなのか」
店主にまで言われ、ウィルフレッドは驚いたようだ。
「女性はものの捉え方が、男性とはかなり違いますからね。情報量は女性の方が多いと思いますよ。思考が横につながりますから」
「横?」
「横?」
ウィルフレッドは首をかしげたが、ティラミスもこの表現に同じく首をかしげた。
「女性のおしゃべりを聞いていると、話題がくるくる変わっているように聞こえるでしょう?
あれは、一つの話題から連想されるものを、同時進行で考えているんですよ。
で、結論は別に、出なくても良い。
女性の場合、話している時間が楽しければ、結論は別になくても良いんです。
もっとも、そういう人ばかりだと、何かを決める話し合いでは、ぐだぐだになってしまったりするんですが」
「話し合いで結論がないのは、どうしようもないだろう」
「男性はそうですね。目的を果たすために話し合いをしますから。
でも女性のおしゃべりの場合、お互いの感情と情報を共有することに目的があるので、結論は目的ではないんです」
「そうなのか?」
ウィルフレッドがティラミスに目をやる。ティラミスは目を白黒した。
「ええ? え? 良くわかんない」
店主の言葉が難しくて、ティラミスは、何が何だかという状態だった。
「女性であるこれは、こう言っているぞ」
「誰でも自分のことは、良くわからないものですよ、サー・ウィルフレッド」
くすりと笑ってから店主は、「おしゃべりをしていると、しゃべっているのが楽しくて、とにかくしゃべりたい、という気持ちになりませんか」とティラミスに言った。
「ああ、そう。そうです。別に、何がどうってわけじゃないんだけど……しゃべって、笑っていたら楽しいから」
「目的なくしゃべるのは、それでか……付き合わされるこちらは、神経がすり減るような気がするが」
何やらウィルフレッドは、げっそりしたような顔になった。母親と妹に、相当振り回されているのだろうか。