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一夜の魔法亭 1 ~ただ茶屋番外編~  作者: ゆずはらしの
夏至の夜の不思議な時間。
6/25

ハロー、コスプレイヤー。4

「ティラミスさん、サー・ウィルフレッド。楽しんでいますか」



 そう声をかけてから、下半身をマントでぐるぐる巻きにされているティラミスを見て、目を丸くする。



「おや」

「あ、紅さん。ごはん、すっごく美味しいです。カクテルもジュースも!」



 にこにこしてティラミスが言うと、店主は微笑んだ。



「もうじき、ナンが焼き上がります。待っていて下さいね」

「わ、楽しみ」

「サーには、そのパンを皿代わりになさって下さい」



 店主はウィルフレッドにそう声をかけた。ウィルフレッドはうなずいた。



「うむ。菓子も良いが、料理もなかなかだな」

「ありがとうございます。ところで、その。マントをお貸しになったのですか」

「若い娘があのような姿、あってはならないだろう」



 むっつりとした顔で言う男に、店主は軽く頭を下げた。



「気遣いを、ありがとうございます。ティラミスさん。サーの国では、女性は足を見せてはならないのですよ」

「ああ、そう言えば、そんなことも言ってたわね……でも、ちょっと動きにくいんだけど」

「しばらくそのままで。長いスカートを持ってきます。

 ここに集まるお客さまには、サーの国と同じ風習のかたが多くて。短いスカートだと、トラブルになる可能性もありますから」

「トラブル?」

「そのつもりはないのに、誘っていると思われたくはないでしょう?」

「あー。いるよね、そういう勘違い男……うん、わかった」



 ティラミスはうなずいた。外国人が多く、風習の違う人が多いというのなら、譲歩するのが良いだろう。



「あ、でも、おばばさまは? あの人もスーツだったけど。スカート短くない?」



 店主はすると、ちょっと遠い眼差しになった。



「あの人はまあ、良く知られていますので。どのような格好をしたところで、さしてトラブルにはなりません。

 では、サー。申し訳ないのですが、彼女と一緒にいていただけますか。

 一応、今夜は何も仕掛けはしないという約定になってはいますが……羽目を外す者がいないとも限りません」

「あいわかった」



 重々しい感じにウィルフレッドがうなずいた。ティラミスは首をかしげた。



「仕掛け? 約定って?」

「いろいろな国の人が集まるので、仲の良くない者同士が出くわしたりもするんです。

 だから集まった人たちには、夏至の祝いの間、店の中ではケンカはしない、悪さはしないという約束を、あらかじめしていただいています。

 ですがまあ、どこにでも、悪さをしたがる人はいますから」



 そうなのか、とティラミスは思った。



「大人しくして、早めに帰るのが良いだろうよ」



 ウィルフレッドが言う。その言い方がどことなく上から目線に思えて、ティラミスはちょっと、かちんときた。



「なにその、自分の方が良く知っているみたいな態度。ワゴンセールも知らなかったくせに」

「騎士が知らずとも問題はない」

「むかつく~!」

「ティラミスさん。サー・ウィルフレッドは、ここに集まる人のことは、あなたよりは良くご存じです。

 海外では、何気ないことがタブーに触れたりすることもあるでしょう?

 常識の違う人が、たくさん集まっているのです。どうか、できるだけ一緒にいて下さい」



 言い返そうとしたティラミスだったが、店主にそう言われ、仕方なく黙った。確かに、外国の人にとって何がタブーに触れるのか、自分ではわからないことも多い。



「それにしても、ワゴンセール……?」



 店主が首をかしげる。



「何やら説明された。女性の情報収集能力についても、解説されたぞ」



 ウィルフレッドが言う。店主はまばたいてから、そうですか、と言った。



「確かに、家庭の主婦の情報網はすごいですからね……」

「そうなのか」



 店主にまで言われ、ウィルフレッドは驚いたようだ。



「女性はものの捉え方が、男性とはかなり違いますからね。情報量は女性の方が多いと思いますよ。思考が横につながりますから」

「横?」

「横?」



 ウィルフレッドは首をかしげたが、ティラミスもこの表現に同じく首をかしげた。



「女性のおしゃべりを聞いていると、話題がくるくる変わっているように聞こえるでしょう?

 あれは、一つの話題から連想されるものを、同時進行で考えているんですよ。

 で、結論は別に、出なくても良い。

 女性の場合、話している時間が楽しければ、結論は別になくても良いんです。

 もっとも、そういう人ばかりだと、何かを決める話し合いでは、ぐだぐだになってしまったりするんですが」

「話し合いで結論がないのは、どうしようもないだろう」

「男性はそうですね。目的を果たすために話し合いをしますから。

 でも女性のおしゃべりの場合、お互いの感情と情報を共有することに目的があるので、結論は目的ではないんです」

「そうなのか?」



 ウィルフレッドがティラミスに目をやる。ティラミスは目を白黒した。



「ええ? え? 良くわかんない」



 店主の言葉が難しくて、ティラミスは、何が何だかという状態だった。



「女性であるこれは、こう言っているぞ」

「誰でも自分のことは、良くわからないものですよ、サー・ウィルフレッド」



 くすりと笑ってから店主は、「おしゃべりをしていると、しゃべっているのが楽しくて、とにかくしゃべりたい、という気持ちになりませんか」とティラミスに言った。



「ああ、そう。そうです。別に、何がどうってわけじゃないんだけど……しゃべって、笑っていたら楽しいから」

「目的なくしゃべるのは、それでか……付き合わされるこちらは、神経がすり減るような気がするが」



 何やらウィルフレッドは、げっそりしたような顔になった。母親と妹に、相当振り回されているのだろうか。


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