ハロー、コスプレイヤー。3
「そんなに良く落とすものなのか?」
「イヤリング? まあね。だから安いのしかつけないよ~。今日のも安物」
ティラミスは自分の耳に触れた。今日つけているのは、シンプルな金色のイヤリング。くるりと輪を作り、細い金属を編み込んだようなデザインになっている。
繊細な感じが何となく気に入って買った。色も渋めに抑えてあるので、あまり安っぽい感じにはならない。
さすがに仕事中にはつけないが、仕事が終わればちょっとつける。
「安物なのか? 良い細工のように見えるが……こういうものは、俺には良くわからんしなあ」
首をかしげてから、ウィルフレッドは続けた。
「この耳飾りを渡せば、薬を渡さずとも良かったのではないか」
「ええ? これワゴンで千円だったけど、タブレットは一袋五百円ぐらいよ? コンビニのだし」
「ワゴン?」
「ワゴンセール」
「ワゴン……を、売るのか?」
「もう、なにボケてるのよ。店に売れ残った商品とかを安くして売るやつじゃない。
ワゴンにざらっと乗せて、お客さんが一目で商品を選べるようにしておくの。
あれ、考えついた人って、えらいわよね。ぱっと見て、何があるかわかるし。一つだけじゃなくて、ついつい、他のも買いたくなっちゃう」
ティラミスの言葉にウィルフレッドは首をかしげていたが、「そういうものか」とつぶやいた。
「女性(にょしょう)の買い物は、俺にはさっぱりだ」
「うわあ、実感こもった一言。彼女に付き合わされたりしたことあるの?」
ティラミスが笑うと、ウィルフレッドはむっとした顔になった。
「母上と妹にだ。あれが良いこれが良いと、あちこちひっぱりまわされた挙げ句、最初の店に戻ってきて、とんでもない金額のものを買わされた」
「お気の毒さま」
財布扱いされたのか~、とティラミスは思った。荷物持ちもさせられたんだろうなあ。力ありそうだし。
「どうしてああ計画的でないのだ、女性の買い物は」
ぼやくウィルフレッドに、ティラミスは苦笑した。
「サー・ウィルは、何を買うか決めるまで、じっくり考えるタイプなのね。それで目当てのものが決まったら、一直線でそれ買って、さっさと帰っちゃう感じじゃない?」
「それで問題はないだろう」
「うん、男の人ならね。でも、女の子は違うんですよー」
ティラミスはスムージーをすすった。
「どう違う」
「まずね。女の子……と言うか、女性の買い物っていうのは、目的が目的じゃないの。コミュニケーションの手段なのよ」
「コミュ……?」
ウィルフレッドが見かけによらず、外来語にとまどう事を知っていたので、ティラミスは言い直した。
「人間関係を円滑に……うまく形作る? 交流って言うの?」
「買い物が?」
「そうよ。お母さんと妹さん、品物を見たり選んだりしながら、いろいろしゃべってたんじゃない?」
「ああ、何やらしゃべりつづけていたな。良くわからんので聞き流していたが」
「サー・ウィルらしいわ……あのね。あれで、女性は人間関係を作ろうとしているのよ」
ウィルフレッドは眉間にしわを寄せた。
「意味がわからん」
「わからなくても、そうなの。いろんなものを見たり、聞いたりしたいのよ、女性って。
だから気の合う人同士でしゃべって、自分の気持ちを確認したり。楽しいと感じる気持ちを長くつづけようとするの。
買い物も、何かを買おうとする、動機はあるけど。選ぶのが楽しいっていうのもあるから。その気持ちを長く続けようとしてるのね。
お互いにしゃべっていると、お互いの近況もわかってくるし。
それに、女性の情報収集能力って、馬鹿にできないのよ」
「そうか?」
「そうよ。どこのお店が安いか、どこのお店が美味しいか。
誰のところに子どもが生まれたか、誰の家族が病気になって入院したか。
うちの母見てるとわかるんだけど、一番早く情報が回るのは主婦なのよ。
特に美味しいお店の情報なんて、そこらのタウン情報誌より、よっぽど詳しいわよ。
子どもが病気になったら、どこの病院が良いか、どんな薬が良いか、そういう情報もすぐ回るわ。
男の人が気がつかない所、見ているのも、普通の家庭の主婦よ。どこの会社でも、主婦を馬鹿にする所は伸びないわ。主婦からの評判が良くて、初めて業績が伸びるのよ」
ちょっと言い切りすぎかとも思ったが、ティラミスはそう言った。ウィルフレッドはなぜか、真面目な顔で聞いている。
「そういうものか」
「そうよ」
「そう言えば、母上は、近隣のことで、思いも寄らない事を良く知っていたりしたな」
「主婦だからでしょ」
ウィルフレッドは何やら考え込んでいる。
そこへ、店主がやって来た。