ハロー、コスプレイヤー。2
* * *
料理は美味しかった。
「このカクテルも美味しい~」
いつもはお茶とお菓子の店なのに、今夜は大盤振る舞いだ。たれをつけて焼かれたチキンやビーフの、ハーブの香りがたまらない。
口当たりの良いカクテルに、つい、二杯、三杯とお代わりをしていると、
「そろそろやめておけ」
と、声をかけられた。
「あら、サー・ウィルフレッド」
むっ、と眉間にしわを寄せている男性は、以前、この店で出会った『騎士』を自称しているコスプレイヤー。
金髪に灰色の目、がっしりとした体格の渋いハンサム。
けれど、自分を騎士だと言い張り、ファンタジーな衣装をまとってうろつく辺り、台無しだとティラミスは思っている。
ちなみに、呼びかける時には、『サー』をつけないと怒られる。どこまでこだわっているのだか。
彼は手に、ジュースの入ったマグカップを持っていた。
「あら? ジュース? そんなのもあったの?」
「スムージーとか言うらしい。向こうにある」
「スムージー? 果物とかをミキサーでがーっと回して作るやつよね。飲みたい~」
楽しくなってきてけらけら笑うと、「もう酔ってるのか」と呆れた顔をされた。
「酔ってません~。ね、良かったねえ、サー・ウィル」
「なにがだ」
「だって、今夜はコスプレイヤー大集合じゃない。サーも浮いてないよ~、そのカッコ」
ウィルフレッドはいつも通り、騎士の服装をしている。中世風ファンタジーな衣装は、布地のくたびれ加減や裾のほつれ具合などが、妙にリアリティを出している。
「その、こす、何とかは良くわからんが。これだけ色々なものが集まると、おまえの姿も目立たんな」
「え~? あたしはフツーですよう」
「そんなに足を丸出しにした服装のどこが普通だ。はしたない」
「足ぃ?」
ひょい、と座ったままで足を振り上げると、ウィルフレッドが慌てた顔になった。
「ばか、足を下ろせ! 見える!」
「やだ、えっち」
「何が……ああ、もう。この酔っぱらいが!」
がしがし、と頭を掻くと、ウィルフレッドはマントを外した。それでティラミスの下半身をぐるぐる巻きにしてしまう。
「え? へ? なにこれ?」
「そうしておけ! 若い娘が足を見せるな!」
何が何だかわからずマントを引っ張ると、怒鳴られた。びっくりして目を丸くしていると、マグカップを突き出された。
「飲め」
「あ、はい」
スムージーは冷たくて、すっきりする味だった。ぼんやりしていた頭もはっきりする。
「あ~、これ美味しい……」
「酔いは醒めたのか」
「最初から酔ってません~。なんか、お客増えて来たね」
店の中が、混雑してきた。誰もが変わった衣装をまとっている。
「今夜は仮装OKだったの?」
「かもな。そう言えばおまえ、なにを代償に支払ったんだ?」
ウィルフレッドに尋ねられ、ティラミスはまばたいた。
「代償? ああ、参加費? ビタミンのタブレットだけど」
「びたみん、のタブレット? 何かの呪文の石版か?」
「なんで石版なの。栄養剤よ。コンビニで良く売ってるたぐいのやつ。
あんなので、本当に良かったのかしら」
「栄養剤……ああ。薬物のたぐいか。それは喜ばれるだろうな」
「薬物って、そういう言い方するとヤバイものみたいに聞こえるんだけど……喜ばれるの?」
「薬はどこでも貴重だろう」
「そうなの? 良くわからないけど。サー・ウィルは何を渡したの?」
ウィルフレッドは、苦虫をかみつぶしたような顔をした。
「新しい短剣を一つ、持って行かれた」
「短剣? 高いものなの?」
「さほど高くはない。だがな。騎士から武器を取り上げるなど……」
ああ、そっちで嫌だったのね。とティラミスは思った。いつも思うのだが、彼のなりきりぶりは見事だ。徹底している。
「んー、まあ、良いじゃない。今日は楽しく過ごす日でしょう。
美味しいもの食べて、楽しく騒げば良いのよ。短剣も、換え時だったのかもよ?」
「換え時?」
「うん。あたし、イヤリング良く落とすんだけど。片方だけね。二つそろっていないと、使えないじゃない、イヤリングって。
で、がっくりくるんだけど。そういう時、こう思うことにしているの。
換え時だったんだ! 新しい、かわいいのを買うぞ! って」
「騎士の短剣と、女の身を飾るものとを一緒にするな。しかし……まあ、わかった。そうだな。新しく、良い一品をあつらえれば良いか」
ウィルフレッドはそう言ってから、ティラミスの耳を見た。