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一夜の魔法亭 1 ~ただ茶屋番外編~  作者: ゆずはらしの
その時のウィルフレッド。
23/25

5.

「うう~ん……、やだ、あと五分……」



 むにゃむにゃ言いつつ、起きる気配がない。



「おい。母御が心配しているぞ。おまえ、家族に連絡をするぐらいは……」

「や~だ~……、まだねむい~」



 揺さぶるが、起きない。



「おい、」



 本格的に起こそうと思い、身を屈めた瞬間。



「起こさないでっ、てばあ~!」




 ごがんっ!




 目から火花が散った。



「あ」

「あ」

「あ」



 周囲から、「あ」という声が上がった。店主も目を丸くしている。




 がたんっ!




 衝撃が腰に走り、自分が尻餅をついた事に気づく。


 目の前には、拳を振り上げたティラミス。


 そうして彼女は満足げな顔でまた、ぱったりとテーブルに突っ伏した。すうすうと寝息をたて始める。


 店内が沈黙で満たされた。呆然として座り込んでいる自分の元に、じんが慌てた様子でやって来て、手を貸してくれた。


 顎が痛い。


 フォレシア国、ミストレイクの騎士、ウィルフレッド・ホーク。


 十三、四の小娘に殴られ、倒される。


 ……不覚。




* * *




「どれだけ寝相の悪い娘なんだ……」



 ひりひりとする顎に、店主とじんが湿布をしてくれた。ティラミスの家族とは、朝になって目がさめたら連絡をさせる、ということで話がついたらしい。


 と言うか、平身低頭な様子で謝られた。わたしがティラミスが起こそうとして、寝ぼけた彼女に殴られた様子が伝わっていたらしい。


 ケータイとやらの道具から声だけが伝わってくるのは正直、不気味だったが、ティラミスの母親らしい女性の声は、気遣いに満ちていた。



『うちの娘が、本当に、本当にすみません……っ!』



 大丈夫だと言っておいた。ついでに、あまり叱ってやらないで欲しいとも言っておいた。


 妙な魔術師に絡まれたり、色々とあったのだ。疲れて眠りもするだろう。


 甘いとは思うが、ローズと同じぐらいの歳という事もあり、どうも保護者の気分になってしまう。


 やがて、集いもお開きになった。


 店主の口上と共に、土産のドロップ。魔力を込めたものらしい。


 人ならぬものたちも、人でありながら魔法に関わるものたちも、皆、それぞれに家路につく。


 魔力が走り、光が走り……、静かになる。



「サー・ウィルフレッドには、これを」



 店主が、何かを差し出した。



「なんだ?」

「ティラミスさんが持ってきた、ビタミンのタブレットです。警護役を頼みましたから、お礼に」

「薬物か。これは何の役に立つのだ」

「体の弱った者の体力を底上げします。怪我をした者の傷を、早く治す作用もあります」

「それはありがたい。いただこう」



 そう言うと、それとは別に、小さな容器も差し出された。



「怪我をさせてもしまいましたから……これも」

「これは?」

「傷薬です。破傷風はしょうふうを防ぎます」



 ありがたくもらった。傷口から悪い風が入って腐るのは、誰でも恐怖だ。一度、手足が腐り出すと、後は切り落とすしか助かる方法はない。


 腕の良い薬師くすしがいるのなら別だが……。



「店主どのは、薬師でもあるのか?」

「いいえ。わたしは、ここの店主であるだけ。様々な世界のお客さまが、ここにはつどいます。だから、多少は知識を持つ。

 ですが、それだけです。わたしはただ、それだけの者にすぎません」



 そう言う店主に、「そうか」とだけ返した。


 この店では、人も、人ならぬ者も、平和の内に集う。


 その平和を実現している店主には、敬意を表しても良いとは思うのだが、……それを言うと店主はまた、「自分はただの茶屋の店主だ」と言うのだろう。




* * *




 ティラミスが目覚め、家族と連絡を取った。


 それを見ながら、さて、わたしもそろそろ帰るか、と思う。


 顎の痛みは取れた。殴られたとはいえ、女人の力だ。さほど……まあ。多少は痛かったが。さほどの事ではない。


 わたしの顎を見て、不思議そうな顔をしていたが、話すほどの事ではないと判断した。


 そうしていると、なぜか、マントを洗うと言い出された。良くわからん。


 店主もおばばも、じんまでもが笑っていたが……、


 つんでれ、とは何なのだ?


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