5.
「うう~ん……、やだ、あと五分……」
むにゃむにゃ言いつつ、起きる気配がない。
「おい。母御が心配しているぞ。おまえ、家族に連絡をするぐらいは……」
「や~だ~……、まだねむい~」
揺さぶるが、起きない。
「おい、」
本格的に起こそうと思い、身を屈めた瞬間。
「起こさないでっ、てばあ~!」
ごがんっ!
目から火花が散った。
「あ」
「あ」
「あ」
周囲から、「あ」という声が上がった。店主も目を丸くしている。
がたんっ!
衝撃が腰に走り、自分が尻餅をついた事に気づく。
目の前には、拳を振り上げたティラミス。
そうして彼女は満足げな顔でまた、ぱったりとテーブルに突っ伏した。すうすうと寝息をたて始める。
店内が沈黙で満たされた。呆然として座り込んでいる自分の元に、じんが慌てた様子でやって来て、手を貸してくれた。
顎が痛い。
フォレシア国、ミストレイクの騎士、ウィルフレッド・ホーク。
十三、四の小娘に殴られ、倒される。
……不覚。
* * *
「どれだけ寝相の悪い娘なんだ……」
ひりひりとする顎に、店主とじんが湿布をしてくれた。ティラミスの家族とは、朝になって目がさめたら連絡をさせる、ということで話がついたらしい。
と言うか、平身低頭な様子で謝られた。わたしがティラミスが起こそうとして、寝ぼけた彼女に殴られた様子が伝わっていたらしい。
ケータイとやらの道具から声だけが伝わってくるのは正直、不気味だったが、ティラミスの母親らしい女性の声は、気遣いに満ちていた。
『うちの娘が、本当に、本当にすみません……っ!』
大丈夫だと言っておいた。ついでに、あまり叱ってやらないで欲しいとも言っておいた。
妙な魔術師に絡まれたり、色々とあったのだ。疲れて眠りもするだろう。
甘いとは思うが、ローズと同じぐらいの歳という事もあり、どうも保護者の気分になってしまう。
やがて、集いもお開きになった。
店主の口上と共に、土産のドロップ。魔力を込めたものらしい。
人ならぬものたちも、人でありながら魔法に関わるものたちも、皆、それぞれに家路につく。
魔力が走り、光が走り……、静かになる。
「サー・ウィルフレッドには、これを」
店主が、何かを差し出した。
「なんだ?」
「ティラミスさんが持ってきた、ビタミンのタブレットです。警護役を頼みましたから、お礼に」
「薬物か。これは何の役に立つのだ」
「体の弱った者の体力を底上げします。怪我をした者の傷を、早く治す作用もあります」
「それはありがたい。いただこう」
そう言うと、それとは別に、小さな容器も差し出された。
「怪我をさせてもしまいましたから……これも」
「これは?」
「傷薬です。破傷風を防ぎます」
ありがたくもらった。傷口から悪い風が入って腐るのは、誰でも恐怖だ。一度、手足が腐り出すと、後は切り落とすしか助かる方法はない。
腕の良い薬師がいるのなら別だが……。
「店主どのは、薬師でもあるのか?」
「いいえ。わたしは、ここの店主であるだけ。様々な世界のお客さまが、ここには集います。だから、多少は知識を持つ。
ですが、それだけです。わたしはただ、それだけの者にすぎません」
そう言う店主に、「そうか」とだけ返した。
この店では、人も、人ならぬ者も、平和の内に集う。
その平和を実現している店主には、敬意を表しても良いとは思うのだが、……それを言うと店主はまた、「自分はただの茶屋の店主だ」と言うのだろう。
* * *
ティラミスが目覚め、家族と連絡を取った。
それを見ながら、さて、わたしもそろそろ帰るか、と思う。
顎の痛みは取れた。殴られたとはいえ、女人の力だ。さほど……まあ。多少は痛かったが。さほどの事ではない。
わたしの顎を見て、不思議そうな顔をしていたが、話すほどの事ではないと判断した。
そうしていると、なぜか、マントを洗うと言い出された。良くわからん。
店主もおばばも、じんまでもが笑っていたが……、
つんでれ、とは何なのだ?