4.
* * *
気がつくと、ティラミスは寝ていた。うつらうつらして、頭がゆらゆらしているな、と思っていたら、本格的に眠ってしまったようだ。
テーブルに突っ伏して、すうすうと寝息をたてている。
やれやれ、と思っていると、妙な音が響いた。聞いたこともない、きんきんとした音だ。何かの音楽のようでもある。
音は、意外と響いた。ざわめいていた店内が、一気に静かになる。
「おや……ケータイですね」
店主がやって来て、音の出所を探すようにした。ケータイ、とは、じんとの会話でも出てきたが。何かの道具か?
響いていた音は、止まった。店主が首をかしげ、ティラミスを見る。
「寝てしまいました?」
「ごらんの通りだ」
そう言うと、「たぶん、ティラミスさんのケータイだと思いますが……」と店主がつぶやいた。
また、音が響く。
「ティラミスさん? ティラミスさん……」
店主が起こそうとしたが、むにゃむにゃと何か言いながら、幸せそうに寝ている。起きる気配はない。
「電子機器の音は、昔ながらの魔力とは相性が悪いんじゃがなあ」
ランタンの光がゆらめいて点滅している。ケータイとやらの音に合わせて、ちかちかしている。
「でんし、きき?」
「からくりのようなものじゃ。その娘の世界では、それが魔法の代わりをしておるのよ」
おばばの言葉に、そうか、とうなずいた。良くわからないが、別の世界の魔法らしい。
「困りましたね……」
またもやケータイとやらが鳴り出し、店内の灯がちかちかと瞬いた。集った者たちが、ざわついている。
「出てみればどうじゃ?」
「ですが……個人情報に関わりますし……」
個人の情報がどうしたのだ。
おばばと店主の会話は良くわからなかったが、何か魔法の法則に関わることらしいので、とりあえず、店主の動向を見守った。
音が途切れ、また鳴り出す。店主はためらっていたが、ついにティラミスの持っていた小さな鞄に手を入れ、銀色に光る小さな道具を取り出した。
薄っぺらい金属で、色とりどりの小さな細工物がぶら下がっている。何に使うものか良くわからないが、精巧な細工物であることは確かだった。
あの妙な音は、それからしている。
「すみません、みなさん。少し静かにしていて下さい」
そう言うと、店主は店の隅に移動した。その場にいる者がみな、静かになる。
「もしもし?」
店主はそれを、自分の耳にあてた。そうして、そこにいない者と会話をしているかのように、話しだす。
「いえ、わたしは……『ただの茶屋』という店の者で。紅と言います。
いえ、ティラミスさんは……寝ておられまして。うちの店で今夜、貸し切りのパーティーがありまして、ティラミスさんはそれに参加して……ええ」
何をしているのかと首をひねっていると、「ありゃ、遠くにいる人間と会話ができる道具じゃよ」とおばばが言った。
「それはすごい。あんなに小さな物なのに」
「そうじゃな。わしらも水鏡で会話はできるが、あれはあれで便利じゃ」
「この娘に魔力はないと思っていたが……魔法使いの類だったのか?」
そう言うと、おばばが首を振った。
「あれは、魔力がなくとも動くのよ。そういうからくりになっておる」
わたしは、ほう、と驚きの声を漏らした。
「魔法使いでなくとも使える道具なのか」
「電気がなければ、ただの金属のカタマリじゃがな」
それから簡単な説明をされたが、良くわからなかった。何やら、この娘の世界では、雷の力を閉じ込める技術があり、それを使って色々な事をしているらしい。
魔法使いでなくとも使える魔法の道具、という発想にはしかし、驚かされる。
「それで、店主どのは、誰と話しておられるのか」
「ああ……おそらく、この娘の家族じゃろ」
「家族?」
「この娘の世界では、あの道具は、多くの者が持ち歩くものなのじゃよ。若い娘が夜道を一人で歩くと、危ないじゃろ?
じゃから、あれを持って歩く。何かあった時には、すぐ誰かに連絡ができるようにな」
わたしは、目を見開いた。それは素晴らしい。
「なるほど。そのように考えて道具を作る世界なのか……確かに、か弱い女性が生活するには、色々とむずかしい世の中であるからな」
「弱い者でも生きやすい、そういう世界を目指しているらしい。とりあえずはな。悪さをするものは変わらずおるし、誰もが賢いわけでもないが」
「それでも、そういう世界があると言うのは……、なかなかに胸を熱くするぞ」
魔法や力が、強き者のためにあるのではなく。弱き者のためにあり、使われる世界。
ミストレイク候に伝えれば、どのような顔をされるだろう。
「ええ、……はい。いえ、女の方もおられますよ。ティラミスさんと仲の良い女性もここにおいでですし」
店主が言う声が聞こえる。
「仲の良い……ってわしのことか?」
おばばが首をかしげる。
「話しているのは父親かな」
「さて。母御かもしれぬな。夜遅くなっても家に戻らんとあれば、そりゃ心配するじゃろ」
それはそうか、と思いうなずく。その辺りは、どの世界でも同じようだ。
ティラミスの方を見れば、幸せそうに眠っている。家族に心配をかけけていると言うのに。
「おい。おい、起きろ」
何となく苛立って、肩を揺する。