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一夜の魔法亭 1 ~ただ茶屋番外編~  作者: ゆずはらしの
その時のウィルフレッド。
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3.

 店主から頼まれたこともあり、わたしはなるべく、ティラミスの側にいる事にした。見張っていなければ、何をしでかすかわからない。


 ただ、ティラミスとの会話は、面白かった。着飾ることしか頭にない貴族の令嬢や、かしこまるばかりでこちらを恐れる村娘と比べると、彼女は鋭い頭脳を持っている。そう思う。


 身分や魔法に関してあまりにも無頓着で、見ているとはらはらするが。


 魔女のおばばや、パン職人のじんと会話をしていると、おばばが怪しげな菓子をよこした。あまりに怪しかったので口にするのをためらっていると、無理やり飲み込まされた。味? そんなものわかるか。


 口直しにと酒を差し出されたが、わたしは酒は、あまり飲まない。同僚によくからかわれるが、酒よりも茶や、この店で出されたスムージーとやらの方が好きなのだ。それを知っていながら酒を差し出すおばばに、どこまで人をからかうつもりかと睨み付けた。


 すると、ティラミスが『水を持ってくる』と言って駆けだした。思いも寄らない行動だった。いや、……この娘は、心が優しい。それは知っている。妙なものを食べさせられた人間を目にしたら、水を飲ませようと考えるのは、この娘にとってある意味、当然のことなのだろう。


 しかし、今夜、ここでは。一人になるのは危な過ぎる。


 後を追おうとしたわたしだったが、そこに店主が来た。事情を聞いて、店主はわたしにグラスに入った水を寄越すと、すぐに厨房に向かった。


 しばらくして戻ってきたティラミスは、なぜか濡れていた。おばばが眉を上げ、何やらつぶやく。


 ティラミスの全身から、何かの力を感じたらしい。


 しかしティラミスは、案の定というか、何と言うか。何が起きたのかわかっていなかった。彼女の話によると、婦女子を狙う不埒ふらちなやからがいて、店主が来たので慌てて逃げていったらしい。


 おばばが眉をしかめたので、こっそりと、何か魔法に関したことかと尋ねると、たぶんそうじゃろ、と返事があった。


 この娘は妙に運が強く、毎回、危険と出くわしては、無自覚に回避する。今回もそうらしい。


 ルーザード、という名前を口にしたので、あの魔術師か、と思い当たった。一度は引き下がったものの、何やら仕掛けようとしたらしい。


 協定違反じゃな、と小さくおばばがつぶやいたので、どうにかできるのか、と尋ねようとした時。




 店主が、



 犬を連れてきた。



 どう見ても、普通の犬ではなかった。わたしは騎士だ。魔法使いではない。魔法に関したことは、さっぱりわからない。


 そのわたしでさえ、尋常ではない何かを感じた。


 だと言うのに……、おい。なにをのんきに、可愛いワンちゃんなどと言っているのだ! どう見ても怪しいだろう!


 ティラミスは、明らかに怪しい、首輪をつけられ、口輪をつけられ、鎖をつけられて引きずられてきたその黒い犬に突進すると、頭や体をなでまわし始めた。


 げらげら笑っていたおばばが、「ありゃ、ルーザードじゃ」と低く言う。協定に違反した罰として、あの姿にされたらしい。恐るべし、店主。


 そう思っていると、ティラミスがさらに、犬をなでくりまわす。いや。腹はよせ。よしてやれ。それは犬だが。確かに犬の姿をしているが。



 一応、成人した男なのだ!



 しかし、何をどう説明すればと思っていると、店主がティラミスに、お手とお座りを皆に披露してはどうかと提案してきた。


 犬の見せた絶望の表情には、さすがのわたしも気の毒になった。この場にいる者はみな、ティラミス以外は、その犬がルーザードである事に気づいている。


 闇の魔術師ルーザード。


 騒乱の魔術師ルーザード。


 そう謳われた男が、あろうことか、犬の姿にされ。


 若い娘になでくり回され、お手とお座りをさせられている。彼がルーザードであると知っている人々の、目の前で。


 ……気の毒すぎる。いろいろと。


 そう思っていると、ティラミスは、やめておく、と言った。なぜだろう。


 この娘は、魔法を知らない。


 魔法の関わる世界の法則を知らない。


 しかし、本質を見抜く目を持っているのではないか。そう思える。


 犬にされたルーザードを人前で披露すれば、それは、彼にとっては相当な打撃になり、また汚点となるだろう。


 それでもおばばが、また店主が、それを勧めるのは。ルーザードが協定を破った、罰が必要であるからだ。そうして、その罰は、彼により被害を受けた者が与える必要がある。


 だから、店主はティラミスを選んだ。


 なのに、この娘はそれを拒む。



「あたしにとって、ワンちゃんは可愛いワンちゃん」



 変質者は変質者で、この犬とは関係がないと言う。関係を切る、という一言は、ここではまた、別の魔法の法則となる。



「関係ないかの?」



 ふふ、と笑っておばばが確認を取った。おそらく、この言葉には何かある。


 ……と、思っていたら、ティラミスが犬に『ルーちゃん』という呼び名をつけた。おばばがばったり倒れて笑いだす。どうにも魔術師ルーザードが気の毒になってしまい、わたしはひたすら、犬から目を逸らした。


 後になってから、おばばが説明してくれた。ルーザードが仕掛けた術が、あの一言で、すべて無効になったらしい。店主がティラミスに浄化の術を施していたらしいが、あの一言で、さらにそれが強まった。


 おそらく、今後ルーザードが何を仕掛けようとしても、あれの術はあの娘には届くまいよ、と言っておばばは笑った。さても、運の強さは折り紙付きの娘よのう、と言って。


『ルーちゃん』という呼び名にも、何やら魔法の法則が働いたようだ。良くわからないが、今後魔術師ルーザードは、彼女の前に出る時には、常に犬の姿になってしまうらしい。



 ……それは、彼女に近づかないようにするのではないか。さすがに。



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