2.
その店に出入りするようになってから、それなりに、魔法を扱う者の知り合いが増えた。
増やしたくはなかったのだが、そうなった。
そうして知った事は、魔法小路は、この世に半分だけしか属していない場所である、という事である。
詳しいことはわからない。わたしはあくまでも騎士であり、学者ではないのだ。
ただ、店主や、魔法を扱う者たちが言うには、魔法小路は半分だけ、この世に存在し、
残る半分は、さまざまな世界につながっているのだと言う。
さまざまな世界? 世界は一つではないか。そうではないのか?
首をひねったが、そういうものだと言われてしまった。良くわからん。
とにかく、魔法小路では常識が通用しない。それだけは確かである。
そうして、さまざまな世界とやらから、さまざまな客もやって来る。中には人間ではないものもいるらしい。与太話だろうと思っていたら、本当に人間ではないものと出くわしてしまった。
羽や角や尻尾のある者が、ごく普通に歩いていた。驚いた。
人間ではあるが、常識が全く通用しない者もいる。
ティラミスとかいう娘と知り合った時には、足を丸出しにしたはしたない姿に驚き、騎士を敬わない態度にまた驚いた。
どう見ても十三、四。その若さで働いているらしい。おそらく、親御を楽にさせるため、日中は奉公に出、夜に帰るという暮らしなのだろう。
それは感心なことだが、年上の人間、それも騎士に対し、礼儀がなっていないのはどうなのだ。
そう思っていたら店主に、ティラミスの世界では王や領主、騎士がおらず、魔法も表向きは存在しない事になっているのだ、と説明された。なんだそれは。どんな無法な世界だ。
魔法も騎士も知らずに育っているので、ちょっとした礼儀や、目に見えないものへの注意もできないらしい。わたしでさえ、出入り口での妖精への挨拶、何かあった時の為の決まり文句を知っていると言うのに。
妹のローズは十四歳になったばかりだ。同じぐらいの年ごろということもあり、この魔法小路ではあまりにも無力であるらしいティラミスを、わたしは気にかけるようになった。
* * *
夏至の夜に、茶屋で集まりがあると聞いた時には、参加するつもりはなかった。
しかしミストレイク候に期待の眼差しを注がれ、奥方と妹のローズに『是非行くべき!』と叫ばれた。
特に奥方とローズが熱心だった。ティラミスと会うのか、何か贈り物をすれば、とか、やたら言われた。会ったらどうだと言うのだ。母上に至っては、指輪がどうとか言っていた。なぜ指輪?
そうして夏至の夜。いつも通りにやって来たはずの茶屋は、明らかに大きくなり、立派になっていた……なぜだ。
疑問を抱いたが、ここは魔法小路なのだと自分を納得させ、店主に挨拶をすると、入場料として短剣を取られた。新調したばかりだったのに。
中に入ると、ティラミスが、相変わらず足を出したはしたない姿で座っていた。ご機嫌だった。手にしたグラスを見て、どれぐらい飲んだのだと思った。
同時に、今夜はいつもより、多くの者が集うことを思い出した。中には危険なものもいるだろう。そんな者たちの前で、こんな無防備な娘を一人、放り出すのはどうであろうか。
わたしは自分のマントを外し、ティラミスの下半身をとりあえず隠した。ティラミスは、何やら文句を言っていたが、やって来た店主に説得され、長いスカートをはく事に同意した。
……と、思っていたら、さっそく怪しげな魔術師につかまっていた。
その男を見れば、ルーザードである。おばばから聞いたことがある。闇の力を借りて騒乱を起こす、かなりたちの悪い魔術師だ。
下手をすれば傀儡にされ、あるいは魔術の素材にされかねない。なのにティラミスは、のんきに会話をしていたようだ。危うすぎる。
彼女を背にかばい、睨みをきかすと、魔術師は退散していった。今夜、この店では騒ぎを起こさないとの協定が結ばれている。人目もある。そのゆえだろう。
そうでなければ、どんな危害を加えられたかわからない。相手は魔術師だ。
だと言うのにティラミスは、何やら文句を言っている。危険を危険と知らないと言うのは、なかなかに面倒なものだ。説明しようにも、彼女の常識はわたしのそれとは違いすぎている。どう説明すれば良いのかわからない。
結果、黙殺する事になった。それでティラミスは、また腹を立てたようだが……。
その後は、しばらく食事に専念した。文句を言っていたティラミスも、食事には文句はなかったらしい。結構な食欲を見せていた。