1.
夏至の夜の不思議な時間、ウィルフレッド視点です。
魔法小路では、予期せぬ出来事が起きる。
小路は常に、大きさを変える。場所すらも、一定ではない。一度出会った店に、二度目も出会えるとは限らない。そうして、今までが無事であったからと言って、次も無事でいられるとは限らない。
ここは魔術や呪術のたぐいの法則が、人の世のそれよりも優先されるのだ。
何も知らぬ者が迷い込めば、ただではすまない罠が、あちこちに張られている。
幸運をつかむ者もいれば、不運に落とされる者もいる。そのすべてがどのような基準なのか、どのような法則によるのか……人の世にある者に、知る術はない。
決めるのは、小路の住人であるからだ。
来訪者は、己の出会った小路の住人の意に沿うよう、怒りを買わぬよう、慎重にふるまう他はない。
わたし、ウィルフレッド・ホークは、フォレシアの国、ミストレイクの騎士である。
ミストレイク候であるロード・アラン・ミストレイクに仕えてから何年もたつが、この地方はおおむね、平和である。候は善政を敷き、奥方であるレディ・アリシアともども民に慕われている。
しかし、候には唯一の欠点……と言うか、困った点があった。魔術のたぐいに、並々ならぬ関心を抱かれるのである。
そんなミストレイク候が魔法小路のうわさを聞いて、黙っているわけがない。わたしは候の『お願い』という名の命令により、魔法小路を探しまわり、どうにかしてその中に入り込まねばならない事態に陥った。
正直に言おう。
魔法小路の話は、眉唾ものだと思っていた。魔女や魔法使いが集う場所だと言うことは、うわさをあちこちで聞き込むことでわかった。
何やら怪しげな呪いをする男や女たちが、祭りなどで村や町をうろつくのは見かけたことがある。
おそらく、小路に集まるのもそうしたやからだろう。わたしはそう思っていた。妙な格好をして怪しげな言葉をはきちらし、しかし実際には子どもを脅かすのが精々の、何という事もない者たちが、集まっているだけなのだろうと。
その考えをひっくり返されるのに、さほど時間はかからなかったが。
わたしが初めて魔法小路に踏み込んだのは、さほど前の事ではない。
それまで何度も、慎重に探し、しかし入り口を見つけることができなかったその小路に、なぜ入ることができたのか。今でもわからない。
顔なじみになった店主からは、『そういう時だったのだろう』と言われたが、意味がわからない。だいたい、魔女や魔法使いが集まる魔法小路にありながら、魔法のまの字もない、何の変哲もないお茶と菓子を出すだけの店など、ふざけていないか?
ともかく、魔法小路である。やっとの事で入り込んだそこで、わたしは自分の入れそうな店を探した。
怪しげな呪文のかかった道具や、薬。古文書。そういったものが見られると期待していたわたしの前に現れたのは、
ただの茶屋だった。
仕方がないのでスコーンと茶をもらい、相応しいと思われる代金を支払った。
魔法小路について何か情報を持っていないかと、店主にあれこれと尋ねたが、要領を得ない返事ばかり。あきらめて、出された菓子と茶を食したところ、
美味だった。
言葉をなくし、ひたすら食べてしまうぐらい美味だった。
ただのスコーンのはずなのに。ただの茶のはずなのに。なぜこんなにうまいのだ! と思わず脳裏で叫んだ。顔にはおそらく、出ていなかっただろうが。
ある意味、店主の出す菓子と茶は、魔法である。
それからわたしはしばらく、店主と話をしてように思う。やがて、そろそろ店を出るよう、店主に言われ、その店を辞した。
しばらく歩くと、見慣れたミストレイク領の町並みに出くわした。
振り返ると、……小路は消えていた。狐につままれたような心地だった。
それからわたしはミストレイク候に、魔法小路に入れたこと、そこで茶屋に出会い、茶と菓子を食べたことを報告したが、
候からはなぜか、生ぬるい眼差しを注がれた……なぜだ。あの茶と菓子のうまさを褒めちぎってしまったからか。
それから何度か、わたしは魔法小路に足を踏み入れたが、
怪しげな武器や道具には、とんと出くわさず。ひたすらあの、ただの茶屋に通い、うまい茶と菓子を食べる日々が続いた。素晴らしい日々だった。さわやかなチェリータルト。軽やかなクリームの乗ったパイ。塩をきかせたキャラメルの……いや。
候への報告は続けていたが、なぜか土産を頼まれるようになった。奥方と喧嘩をした時、機嫌を取るのにパイを贈ったところ、好評だったらしい。
その後、その店で様々な客と出会うようにもなった。
いずれも店内で食事をしている時には、何やらしまりのない、平和そのものという顔をして食べている。……わたしもあんな顔をして食べているのだろうか。
中には、かなり凶悪な魔法使いもいるらしいのだが。いずれも店内で茶を飲み、菓子を食べている間、力を振るうことなく、武器を手にすることもなく、
ひとときの、平和な時間をそこで過ごしている。