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一夜の魔法亭 1 ~ただ茶屋番外編~  作者: ゆずはらしの
夏至の夜の不思議な時間。
18/25

そして、新しい朝。2

* * *



 始発が動き出すまで、ティラミスは店でもうひと眠りした。

 店主に起こされた時にはもう、ウィルフレッドもおばばもおらず、じんもいなくなっていた。



(あれ?)



 明るくなってきた夜明けの光の中、いつも通りの『ただの茶屋』の店の中。



(あれれ?)



 ティラミスは首をかしげた。店が……小さくなっていないか?

 壁を見る。テーブルを見る。天井を見る。

 いつも通りだ。

 いつも通りの『ただの茶屋』だ。


 なぜ?



「どうしました?」



 きょろきょろと、あちこちを見回すティラミスに、店主が声をかけた。



「あの、紅さん。昨夜なんですが、……天井に窓があったりしませんでした?」

「そうだったかもしれませんね」

「えと、それに、……テーブルの数ももっと、多かった、ような?」

「そうだったかもしれませんね」

「か、壁も、もっと向こう側にあった……気がするんですが」

「まあ、……そうだったかもしれませんね」



 店主はそう言ってから、にっこりして付け加えた。



「夏至でしたから」



 それ、なんの説明にもなってなんですけど! とティラミスは思った。

 しかし、くるる、と鳴り出したお腹に、朝食代わりにと、店主にスープやサンドイッチを差し出され、それ以上追求することができなくなった……お腹がすいていたのだ。

 昨夜、あれだけ食べたのに。



「健康な体が恨めしい……」



 はぐはぐとサンドイッチを食べながらティラミスが言うと、



「健康なのが一番じゃないですか」



 と、店主に苦笑された。


 食べながら、自分の横を見る。ウィルフレッドのマントがそこに、置いてあった。ちゃんと洗って、繕って返さないとな、とティラミスは思った。

 家族に間違って捨てられないよう、「大事なものだ」と言っておかないと。

 そこでスープがはねて、スーツの胸元にしみを作った。ティラミスは慌てて、ハンカチを探した。バッグを開けると、招待状が目に入った。

 何気なく取り出して、文面を見る。カードには、



『夏至の祝いにおいでいただき、ありがとうございました。みなさまに、光と祝福がありますように。  『ただの茶屋』店主 紅』



 と、書かれていた。



「……あれ?」



 こんな文面だったか? このカード。



「あれ? あれえ?」



 なんだか記憶が混乱してきて、首をひねっていると、スープのしみに気づいた店主が、おしぼりを持ってきてくれた。そこで、店主に「お茶をいれましょうか」と言われる。

 考えるのが面倒になって、「お願いします」と頼んだ。

 やがて出されたのは、ケニアのミルクティー。ほんのり甘くてキャラメルのような香りのする、紅茶だった。



「ああ、もう、何でも良いや」

「なにがです?」

「うん、美味しいから。お茶が。もう何でも良い……幸せすぎる」



 ううう、とうなってお茶を飲み、ティラミスは朝食を平らげた。そうとも。

 体重計が、なんだ!



* * *



 大急ぎで店を出るティラミスを見送り、店主はうん、と伸びをした。



「やれやれ。夜が終わった」



 あくびをしながらそう言うと、じょうろに水を汲んで、植木鉢に水をやり、

 それが終わると店にもどり、扉を閉めた。



 店の中に、光を放つ、何かのかけらが落ちている。



「一夜の魔法の名残ですね……」



 拾い上げて、店主は微笑んだ。

 それは、小さなしずく。

 中に歌声が閉じ込められた、魔法の力の結晶。


 光をなくしたランタンが、床やテーブルにまだ置いてある。その内の一つにはまだ、ぼうっと光がともっていた。

 そのランタンに向けてかけらをかざすと、光が強く、明るくなった。



 しゅんっ。



 小さな音を立て、飛び出して来たランタンの光は、店主の持つかけらにぶつかると、より強い輝きになって弾けた。

 歌声が響く。

 店中に歌声と、光のかけらが飛び散った。それらは大気に溶け、広がり、さらに広がり、壁に、天井に、柱に、窓に、店の内外に置いてある植物の鉢植えに降り注ぐ。


 緑が鮮やかになり、花がより美しく生き生きとした。

 木造の建物の梁や柱が、古びてはいるものの、しっかりとした存在感をかもしだすものとなる。

 壁やテーブル、椅子の色が、明るさを増した。

 そして、かまどが。


 厨房にある竈が、きらきらと輝いて力強さを増し、どっしりと安定した姿になる。この竈で作るケーキやクッキーは、さぞかし美味しいものになるだろうという風に。


 そうして光は店中を走り、輝き、

 やがて消えた。歌声と共に。


 店は、改装したばかりであるかのような、力強さをまとって静まり返った。古びてはいるのだが、ていねいに扱われて時を重ねた、品の良さとぬくもり、そして優しさが、しっかりとした存在感と共にそこにある。

 店主はふう、と息をついた。



「夏至の集いは終わり。さて。

 また、太陽や月のしずくを集めないと。次に集まったお客さまたちに、渡せるだけ……。

 ああ、でも、今日はもう、寝よう。さすがに疲れた」



 そうつぶやくと、店主は、『本日休業』の札を扉にかけた。




* * *




 一夜の魔法は消えました。魔法小路の『ただの茶屋』。

 本日は、お休みをしております。


 どうかみなさまに小さな魔法が届き、その輝きが内側から、みなさまを支え、温めますよう。





『夏至の夜の不思議な時間』 Fin.



2011年、夏至記念作品でした。


この話を書いた時にはまだ、本編に、おばばさまも、ウィルフレッドも出ていませんでしたが、


本編に登場するのは決定済だったので、フライング気味に出てもらいました。


次の章は、この時のウィルフレッド視点です。


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