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一夜の魔法亭 1 ~ただ茶屋番外編~  作者: ゆずはらしの
夏至の夜の不思議な時間。
17/25

そして、新しい朝。1



* * *



「おい。そろそろ起きろ」



 そんな声がして、ティラミスは目を覚ました。



「ん? うう?」



 ぼんやりしながら顔を上げる。

 店の中は、静かだった。あれほどいた客が、誰もいない。



「うえ? あれ?」



 ぱちぱちとまばたき、周囲を見回す。

 がらんとした店内。

 テーブルには、食べ残しの乗った皿や、汚れたカップやグラスが残されている。

 店主とじんが、それらの皿を回収している。そのまま、店の清掃に取りかかるようだ。



「あ、れ~?」

「よく眠っておったからのう。起こさなかったのじゃが。もうそろそろ、わしらも帰るのでな」



 おばばが、そう言ってティラミスの前に立った。



「そろそろ夜明けが来るしのう」

「えっ、そんな時間なの!?」



 慌てふためいてティラミスは、立ち上がった。バッグをひっかきまわし、携帯を取り出す。

 時刻を確認すると、朝の四時半。



「いや~~~! 外泊しちゃった~~~!?」



 絶叫する。やってしまった。家族になんの連絡もなく、無断外泊。

 あわあわと慌てていると、店主がやって来た。



「何度か鳴っていましたよ、携帯。でもティラミスさんは、ぐっすりお休みでしたので……」

「きゃ~~~~っ!」



 かけてきたのは両親だろう。

 慌てて確認すると、着信履歴がすごい事になっていた。メールも。

 まだ起きているだろうかと焦りつつ、電話を入れると、数回コールをした後に、すぐに出た。



『無断外泊とは、良い度胸だね、不良娘』



 怒っているらしい母親の声に、ティラミスは青ざめた。



「ひゃわわ、お、お母さん、これには事情が! 深い事情が!」

『なにが深い事情よ。酔いつぶれて眠っちゃったらしいじゃないの!』

「えうわ? なぜそれをっ!」

「あ、わたしが電話に出ましたので」



 焦って叫ぶと、店主が片手を上げてそう言った。



「え、紅さん?」

「すみません。何回目かに鳴っていた時に、緊急の連絡でもあるのかと……勝手をして、悪いとは思いましたが」

『紅さんには、お礼言うのよ、ちゃんと! 事情を説明してくれたのは、紅さんなんだからね!

 ほんと心配したんだから、何か事故に巻き込まれたんじゃないかって……お店で酔っぱらって寝てたなんて、思わないじゃない、ほんとにもう!』



 母親が言うのに、ティラミスはうなだれた。



「あうう……ごめんなさい、お母さん……」

『話を聞いて恥ずかしかったわよ。今度から、遅くなる時は連絡を入れてちょうだい』

「うん。うっかりしてたの。もっと早くに帰るつもりだったから……」



 しょぼーんとしつつ、ティラミスは母親に言った。



『この後はどうするの? 電車ないでしょ』

「あ、そうだよね。始発は六時じゃなかったっけ……えと、一度戻るつもりだけど。着替えたいし」

『じゃ、お風呂沸かしておくから。早く帰ってらっしゃい』

「うん。ごめんね。ありがとう」



 電話ごしに母親に頭を下げると、『もう良いわよ、無事だったんだから』と返事があった。


 電話を切って息をつくと、ウィルフレッドがこちらを見ていた。



「母上どのか」

「うん。心配かけちゃった……ん?」



 なぜか彼の顎には、湿布がしてあった。怪我でもしたのだろうか。

 しかしウィルフレッドはそれについては何も言わず、「そうか」と言った。



「母上どのには、案じられていたのだな。悪かった。連絡した上で来たのかと思っていたのだ。起こすべきだったな」



 済まなそうに言われ、ティラミスは慌てて首を振った。



「あ、いや、サー・ウィルにはほんと、いろいろしてもらったし……あの。よくわからない風習の人の中で、でもどうにか過ごせたし。

 あのね。これは、あたしが悪かったのよ。遅くなるってわかった時に、連絡入れれば良かったのに、しなかったから……。

 結局、寝ちゃって。でもこれも、あたしの責任だから。サーが気にしないでも良いの」

「だが」

「だから、気にしないでってば。いつも上から目線のくせして、過保護すぎるわよ、変に」



 そう言うと、「上から目線?」と言って首をかしげた。意味がわからなかったらしい。



「なんか偉そうってこと」

「そうか?」

「そうよ。偉そうにされたら腹が立つ人ってのもいるのよ。もうちょっと、親しみやすくなりなさいよ」



 ちょっと八つ当たりっぽいなあと思いつつ言うと、「そうか」と真面目に返されて、逆に慌てた。



「え、いやだから、そうじゃなくて……ああー、えっと、もう!」



 つかつかと歩み寄り、ティラミスは、たたんで置いてあったウィルフレッドのマントを取り上げた。



「おい、それは俺のだぞ」

「わかってるわよ! これ、借りてくわよ」



 ウィルフレッドは唖然とした。



「待て。どうするのだ、それを」

「洗うの!」



 ウィルフレッドは再び、唖然とした。



「あらう?」

「汚れすぎよ、これ。ついでにつくろっといてあげるから」

「なぜ」

「なぜって、貸してくれたでしょう」

「貸したが……なぜ」

「だから、」



 ティラミスは真っ赤になると、怒鳴った。



「ありがとうって言いたいから、洗ってやるって言ってるの! 黙ってさせておいてよ、男なら!」



 理不尽だ。

 ウィルフレッドはそんな顔をした。



「一つ、……尋ねたいのだが」

「なによ」



 ティラミスが言うと、ウィルフレッドは真面目な顔で尋ねた。



「今のおまえの発言は、……『上から目線』とやらの実践か?」



 聞いていた店主とじん、おばばが爆笑した。



「夏至じゃ! 夏至じゃのう」

「いや、おばばさま、それ意味わかりませんから」

「青春だ……ぐふっ」



 三人で笑い続けている。ティラミスはきーっとなって怒った。



「ちょっと! なに笑ってるの~~~! おばばさま、なんで夏至なのよ! 紅さんも、やめてよ! じんさんまで、どうしてそんなに笑うのようっ!」

「リアルツンデレ、ごちです」



 笑いながらじんが言い、ウィルフレッドがさらに不可解だという顔になった。



「つんでれ?」

「サー・ウィルフレッド! あんたはもう、何にも尋ねないで~~!」



 ティラミスが絶叫した。


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