そして、新しい朝。1
* * *
「おい。そろそろ起きろ」
そんな声がして、ティラミスは目を覚ました。
「ん? うう?」
ぼんやりしながら顔を上げる。
店の中は、静かだった。あれほどいた客が、誰もいない。
「うえ? あれ?」
ぱちぱちとまばたき、周囲を見回す。
がらんとした店内。
テーブルには、食べ残しの乗った皿や、汚れたカップやグラスが残されている。
店主とじんが、それらの皿を回収している。そのまま、店の清掃に取りかかるようだ。
「あ、れ~?」
「よく眠っておったからのう。起こさなかったのじゃが。もうそろそろ、わしらも帰るのでな」
おばばが、そう言ってティラミスの前に立った。
「そろそろ夜明けが来るしのう」
「えっ、そんな時間なの!?」
慌てふためいてティラミスは、立ち上がった。バッグをひっかきまわし、携帯を取り出す。
時刻を確認すると、朝の四時半。
「いや~~~! 外泊しちゃった~~~!?」
絶叫する。やってしまった。家族になんの連絡もなく、無断外泊。
あわあわと慌てていると、店主がやって来た。
「何度か鳴っていましたよ、携帯。でもティラミスさんは、ぐっすりお休みでしたので……」
「きゃ~~~~っ!」
かけてきたのは両親だろう。
慌てて確認すると、着信履歴がすごい事になっていた。メールも。
まだ起きているだろうかと焦りつつ、電話を入れると、数回コールをした後に、すぐに出た。
『無断外泊とは、良い度胸だね、不良娘』
怒っているらしい母親の声に、ティラミスは青ざめた。
「ひゃわわ、お、お母さん、これには事情が! 深い事情が!」
『なにが深い事情よ。酔いつぶれて眠っちゃったらしいじゃないの!』
「えうわ? なぜそれをっ!」
「あ、わたしが電話に出ましたので」
焦って叫ぶと、店主が片手を上げてそう言った。
「え、紅さん?」
「すみません。何回目かに鳴っていた時に、緊急の連絡でもあるのかと……勝手をして、悪いとは思いましたが」
『紅さんには、お礼言うのよ、ちゃんと! 事情を説明してくれたのは、紅さんなんだからね!
ほんと心配したんだから、何か事故に巻き込まれたんじゃないかって……お店で酔っぱらって寝てたなんて、思わないじゃない、ほんとにもう!』
母親が言うのに、ティラミスはうなだれた。
「あうう……ごめんなさい、お母さん……」
『話を聞いて恥ずかしかったわよ。今度から、遅くなる時は連絡を入れてちょうだい』
「うん。うっかりしてたの。もっと早くに帰るつもりだったから……」
しょぼーんとしつつ、ティラミスは母親に言った。
『この後はどうするの? 電車ないでしょ』
「あ、そうだよね。始発は六時じゃなかったっけ……えと、一度戻るつもりだけど。着替えたいし」
『じゃ、お風呂沸かしておくから。早く帰ってらっしゃい』
「うん。ごめんね。ありがとう」
電話ごしに母親に頭を下げると、『もう良いわよ、無事だったんだから』と返事があった。
電話を切って息をつくと、ウィルフレッドがこちらを見ていた。
「母上どのか」
「うん。心配かけちゃった……ん?」
なぜか彼の顎には、湿布がしてあった。怪我でもしたのだろうか。
しかしウィルフレッドはそれについては何も言わず、「そうか」と言った。
「母上どのには、案じられていたのだな。悪かった。連絡した上で来たのかと思っていたのだ。起こすべきだったな」
済まなそうに言われ、ティラミスは慌てて首を振った。
「あ、いや、サー・ウィルにはほんと、いろいろしてもらったし……あの。よくわからない風習の人の中で、でもどうにか過ごせたし。
あのね。これは、あたしが悪かったのよ。遅くなるってわかった時に、連絡入れれば良かったのに、しなかったから……。
結局、寝ちゃって。でもこれも、あたしの責任だから。サーが気にしないでも良いの」
「だが」
「だから、気にしないでってば。いつも上から目線のくせして、過保護すぎるわよ、変に」
そう言うと、「上から目線?」と言って首をかしげた。意味がわからなかったらしい。
「なんか偉そうってこと」
「そうか?」
「そうよ。偉そうにされたら腹が立つ人ってのもいるのよ。もうちょっと、親しみやすくなりなさいよ」
ちょっと八つ当たりっぽいなあと思いつつ言うと、「そうか」と真面目に返されて、逆に慌てた。
「え、いやだから、そうじゃなくて……ああー、えっと、もう!」
つかつかと歩み寄り、ティラミスは、たたんで置いてあったウィルフレッドのマントを取り上げた。
「おい、それは俺のだぞ」
「わかってるわよ! これ、借りてくわよ」
ウィルフレッドは唖然とした。
「待て。どうするのだ、それを」
「洗うの!」
ウィルフレッドは再び、唖然とした。
「あらう?」
「汚れすぎよ、これ。ついでに繕っといてあげるから」
「なぜ」
「なぜって、貸してくれたでしょう」
「貸したが……なぜ」
「だから、」
ティラミスは真っ赤になると、怒鳴った。
「ありがとうって言いたいから、洗ってやるって言ってるの! 黙ってさせておいてよ、男なら!」
理不尽だ。
ウィルフレッドはそんな顔をした。
「一つ、……尋ねたいのだが」
「なによ」
ティラミスが言うと、ウィルフレッドは真面目な顔で尋ねた。
「今のおまえの発言は、……『上から目線』とやらの実践か?」
聞いていた店主とじん、おばばが爆笑した。
「夏至じゃ! 夏至じゃのう」
「いや、おばばさま、それ意味わかりませんから」
「青春だ……ぐふっ」
三人で笑い続けている。ティラミスはきーっとなって怒った。
「ちょっと! なに笑ってるの~~~! おばばさま、なんで夏至なのよ! 紅さんも、やめてよ! じんさんまで、どうしてそんなに笑うのようっ!」
「リアルツンデレ、ごちです」
笑いながらじんが言い、ウィルフレッドがさらに不可解だという顔になった。
「つんでれ?」
「サー・ウィルフレッド! あんたはもう、何にも尋ねないで~~!」
ティラミスが絶叫した。