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一夜の魔法亭 1 ~ただ茶屋番外編~  作者: ゆずはらしの
夏至の夜の不思議な時間。
16/25

一夜の魔法が過ぎてゆく。



* * *



 歌は、思いのほかうまく行った。


 ティラミスは焦りながら舞台に上がったが、同じように舞台に上がる人たちを見て、ちょっと安心した。一人で目立つわけではないらしい。

 やがて始まった歌は、聞いたことのないものだったが、にぎやかで、テンポが良かった。ティラミスは周囲の者に合わせ、手拍子を入れ、繰り返しの部分で声をそろえてコーラスを入れた。

 聞いている者たちも喜んで手拍子を入れている。歌が終わった時には、盛大な拍手をもらった。



「終わった~」



 ほっとしながらウィルフレッドの所に戻ると、おばばが拍手をしてくれた。



「良い出来であったぞ」

「ありがと。緊張したわー」



 差し出された飲み物は、先ほどのスポーツドリンクだった。



「これ、割と美味しい……作り方教えてもらおうかなあ」

「この場で飲むから美味しいのかもしれぬぞ。にぎやかに、みなが騒いでおるからのう」

「ああ、そうかも」



 ティラミスはちょっと笑った。



「影も何もない。正常じゃな」



 おばばがちらり、とティラミスを見てつぶやく。ウィルフレッドが目をやると、軽くうなずいた。



「外側も内側も、正常化しておる。紅どのには、念の入ったことじゃ」



 なんの話だろう、と思った時、どよめきが上がり、ティラミスの注意は逸れた。見ると、舞台の上で手品が始まっている。



「わ、すごい! どうなってるの、あれ?」

「ほう。見事だな」



 ウィルフレッドも感心したように言う。舞台上のマジシャンは、袖口から虹を生み出し、星をきらめかせ、花と緑を舞台に生み出し、幻想的なショーを展開していた。

 それを見て、笑い、あるいは手を叩いている、様々なコスプレをする外国人。

 楽しいなあ、とティラミスは思った。

 ここって、変わってる。でも、何だか素敵。

 みんな一人一人が少しずつ変で、

 でも、筋が通っていて、……かっこいい。


 そう思っていると、なんだか眠くなってきた。頭がふわふわする。



「あれえ? そんなにアルコールは飲んでないはずなの、に?」



 しばらくがんばっていたが、どうにも眠くて、ティラミスは座っていた椅子にもたれかかった。うとうとする。

 すると、と周囲の様子が変わった気がした。


 羽のある人や、角のある人。中世ヨーロッパ風の衣装の人々。

 彼らの姿が、現実味のないものとなり。

 横にいるはずのウィルフレッドもまた、幻めいたものとなる。

 笑い声とおしゃべりの声が、音楽のように聞こえ、

 店の中で、噴水のように噴き出す光。




 あれは、なに。




「今宵集まった方々には、様々なものをいただきました。感謝いたします」



 店主の声が遠く聞こえる。



「次の集まりは、秋分の時に。お土産をどうぞ。太陽のしずくを入れて練った、白樺の樹液のドロップです」



 おお、とか、ああ、とかいう声がした。



「良い集いであった」

「楽しかったぞ」



 そんな声がして、風が吹き。翼を広げた人々が、店の中を舞い上がり、天窓から出て行った。



「素敵な集い」

「次もまた寄せていただくわ」



 そう言った、美しい歌声を披露した女性たちは、きらきらと輝きながら店の中央で噴き上がっている光に飛び込み、消えた。



「秋分の時に」

「次の秋分の時に」



 そんな声が、合い言葉のように響き合う。風と光が、店中を駆けめぐる。


 ふと、何かが近づいてきたのを、ティラミスは感じた。黒く、大きな何かの影。



(ルーちゃん?)



 先ほどの犬を思い出す。あれぐらいの大きさの犬を、わしゃわしゃ丸洗いしてみたいなあ、とも思う。なで回すのは、楽しいだろう。

 そう思っていると、低い声がした。



「腹は立つが……恩義は恩義だ。俺の名を覚えておけ。ルーザードだ」


(ルーちゃん、しゃべれたの?)



 そんな風に思う。



「一度だけ、力を貸してやる。何かあれば呼べ」


(犬なのに、偉そうなのね……ああ、丸洗いしたいなあ)



 洗ってブラッシングしてあげれば、きっともっと、可愛くなる。

 そう思っていると、「やめてくれ」と、どこか沈痛な響きの声がした。

 おばばがまた笑いだしている。おばばさまったら、笑い上戸なんだなあ、とティラミスは思った。



 力と熱。光。

 手と手を取り合う、不思議のうず

 歌と魔法に満ちる店の中。



 うとうとしながらティラミスは、それを感じていた。目覚めれば、自分はこれを、忘れてしまうのだろうなと思いながら。


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