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一夜の魔法亭 1 ~ただ茶屋番外編~  作者: ゆずはらしの
夏至の夜の不思議な時間。
14/25

やだちょっとカワイイ。~ワンちゃんと炭酸。2

「お座りの他にお手もできるんですよ、このワンちゃん」

「え、かしこい~。ホントにお利口さん!」

「向こうの舞台に連れていって、みなさんに披露しましょうか。お手とお座りのできるかしこい所を」

「あっ、ひょっとしてそれも、隠し芸になるんですか?」



 なぜか、犬は硬直していた。表情を強張らせ、全身の毛を逆立てて、尻尾と耳をぴんと立てている。

 人間で言うなら、ざーっと青ざめて顔色を悪くしているような感じである。



「何だか楽しそう!」

「いや、」



 阻止しようと言うかのように、ウィルフレッドが口をはさみかけたが、おばばがぐふぐふ笑いながら顔をあげ、「そりゃ良い考えじゃ」と言ったので言葉を止めた。



「躾けは大切じゃしな。芸をするそれをみれば、みなも喜ぶであろうよ。バグバイプの演奏が終わったら、やればよかろ」



 おばばの言葉に、犬は、それはそれは衝撃を受けたような顔をし、すがるような眼差しで店主を、ティラミスを、そしてウィルフレッドを見つめ、

 どうにもならぬと悟ったのだろうか。尻尾をだらりとさせ、耳をぺたりと伏せて、うなだれた。いわゆるorzの姿勢である。

 やっているのは、犬だが。

 涙がはらはらと、目から落ちていた。



「あら? ワンちゃん泣いてる……どうしたの?」



 前にいたティラミスが、まずそれに気がついた。店主はちら、とそれを見てから、持っていたピッチャーをテーブルに置いた。



「名前はルーザードですよ」

「あの変質者と同じ?」



 ティラミスはちょっと顔をしかめた。

 犬はぷるぷる震えながら、orzの姿勢を保っている。



「ええ、まあ。どうします? 同じ名前だと、可愛がる気もなくなりますか?」

「え、どうして? 変質者は変質者。ワンちゃんには関係ないじゃない」



 ティラミスは答えた。おばばが、ふふ、と笑った。



「関係ないかの?」

「関係ないですよ。あたしにとって、ワンちゃんは可愛いワンちゃん」



 ふふふ、とおばばが笑った。



「でも可哀相ね、あんな変質者と同じ名前つけられたなんて。ルーちゃん?」

「ルーちゃん……」



 ばたっ、とおばばがまたテーブルに身を伏せた。ぐふぐふ笑っている。

 ウィルフレッドはひたすら、犬から目を逸らしている。



「一緒に舞台に出ますか?」

「ううん。やめておく」



 店主の言葉に、ティラミスはしかし首を振った。犬が顔を上げる。ティラミスはそっ、と頭をなでてやった。



「この子ちょっとびくびくしてるし……人前に出すの可哀相みたい。静かな所で休ませた方が良いんじゃない?」

「披露しなくても良いのですか? それをやるなら、歌に出なくても良いのですよ」

「あれ、そういう話だったの? んん、でも良いや。

 ほら、ルーちゃん。怖がらなくて大丈夫。お利口ね……ちょっと人が多くて、怖いのよね。

 紅さんがすぐ、静かなところでおねんねできるようにしてくれるからね?」



 おばばがまたもや、げらげら笑いだした。

 犬は、なぜかティラミスから目を逸らした。



「あなたがそう言うのなら、まあ。それで良いですけどね」



 店主が言い、グラスにピッチャーの中身を注いだ。泡が立っている。



「あ、さっきの炭酸水?」



 ティラミスは首をかしげた。さっきより、泡のたちが悪い。



「気が抜けちゃった?」

「そうですねー……」

「炭酸水?」



 おばばはグラスに注がれた液体を眺め、眉をしかめた。



「紅どの。なんじゃ、これは」

「重曹とレモン汁を水に入れました。簡単なスポーツドリンクみたいなものです」

「なんだってそんなものを」



 おばばが言いかけ、ティラミスを見て口をつぐんだ。



「スポーツドリンクじゃな」

「ええ」



 ウィルフレッドがうさん臭そうな顔で、グラスを眺めている。



「飲めるのか、これ?」

「ほとんどが水です」



 そう言うと、店主は自ら飲んで見せた。



「ふむ」



 おばばがつぶやき、自分もグラスに注いで飲んでみる。



「お?」



 目を丸くしてから、呆れたような顔になった。



「紅どの。貴重なしずくをこんな風に使うとは……」

「そのつもりはなかったのですが、……役には立ちました」



 そう言うと、店主は犬をちらりと見た。おばばは、ああ、という顔をした。



「サー。こりゃ、貴重な飲み物じゃ。飲んでおけ」



 そう言って、ウィルフレッドにすすめる。男は不審げな顔をしていたが、グラスに注いで一気にあおった。その顔が、驚きに彩られる。


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