やだちょっとカワイイ。~ワンちゃんと炭酸。1
* * *
竪琴の音が響いた。
ほっそりとした、長い髪を垂らした女性たちが、歌声を響かせる。そのハーモニーの美しさに、ティラミスはうっとりとした。
(キレイ~。妖精みたい……)
白いローブをまとった女性たちは、どこか人間離れして見えた。美しい歌声と相まって、物語りの中の人物のように見える。
聞いたことのない旋律、聞いたことのない言葉だが、歌はひどく心をつかんだ。聞いていると、優しいそれに慰められ、癒されているような気持ちになる。
やがて歌が終わり、拍手が起こった。ティラミスも一所懸命、手を叩いた。
「次は、……バグパイプの演奏じゃのう」
おばばが言った。
「その次が、合唱じゃな。おまえさんも出るんじゃろ」
おばばに言われ、はたとなる。
「歌うのか」
ウィルフレッドに言われ、慌てる。次?
「え、え、あたし、えと?」
「合唱は、みんなで歌うためのものですから。手拍子を入れたり、繰り返し部分を歌ったりしてくだされば良いですよ」
おろおろしていると、そういう声がした。振り向くと、店主がいた。
なぜか、ピッチャーを持ったまま。ついでに首輪をつけた黒い犬を連れている。
犬は口輪をつけられており、耳も尻尾も垂れ下がった情けない状態で、しおしおとした風に歩いていた。
ウィルフレッドが能面のような顔になった。おばばが、げふっ、と変な声を出した。
「ぐ、ぐふっ、そ、それは、紅どの、ぐ、ぐっじょぶ、ぐっじょぶじゃ~!」
親指を立ててそう言うと、おばばは涙を流して笑い始めた。
ウィルフレッドは能面のような顔のまま、黙って犬を見つめていたが、なぜか深いため息をついた。そうして、言った。
「店主どの。首輪と口輪は両方必要なのか」
「協定破りをした上、うちの客に危害を加えましたからね。しばらくはこの姿でいてもらいましょう」
犬が抗議めいたまなざしで店主を仰いだが、店主の浮かべる笑みを見て、うずくまった。おばばがその様に、またもや笑い出す。
「あの、紅さん? このワンちゃん、どうしたんですか?」
ティラミスが尋ねると、「ちょっと、預かる事になりまして」という返事がかえってきた。
「ですが、飲食店ですからね。そうそう店の中には入れられないんですよ。どこかにつないでおきましょうか」
「ひーひひひひっ!」
おばばはもはや、息も絶え絶えだ。犬は恨めしげにおばばを見つめた。
「大きいワンちゃんですねえ……どうして口輪なんですか?」
「ちょっと、悪さをしましたので。反省させるために」
噛み癖があるのかなあ、とティラミスは思った。
「なでても大丈夫ですか?」
それでも口輪があるのなら、噛まれたりしないだろう。そう思いつつティラミスが尋ねると、店主は思案するような顔になった。
「ティラミスさん、犬がお好きなんですか?」
「大好きです! ちっちゃいのが好きなんですけど、大きいワンちゃんも可愛いから好き。この子は……何だか神経質そうですけど」
妙にびくついている犬に、ティラミスは目をやった。
「なでたら安心するんじゃないかなって。だめですか?」
わくわくした風に言うティラミスに、店主は優しい笑みを浮かべた。
「どうぞ」
きゃー、と喜んだティラミスは、黒い犬の頭に手をやった。のけぞって後退ろうとする犬を、わしわし、と撫で回す。
「いやー、カワイイー。悪さしそうな目つきだけど、こら、逃げないの。ワンちゃん、お利口さんでしょう?
お座り! お座りしなさい。ちゃーんとできたら、おやつあげますよ~」
「ぐはははは!」
ばったり、とテーブルに身を伏せて、おばばは笑い続けている。ウィルフレッドは、気の毒そうな顔をして犬を見た。
「ほら、お座り。あ、できたのねー。かしこいねー、ワンちゃん」
「ぎゃはははは!」
おばばはもはや、笑い過ぎで体を痙攣させている。ウィルフレッドが咳払いをすると、ティラミスに言った。
「手を放してやってはどうか」
「え? どうして? このワンちゃん、賢いじゃない。ちょっと怖がりな感じだけど」
「その、なんだ。衆目を集めているのもあるし。さすがに少々、気の毒だ」
言われてティラミスは周囲を見回した。何だか注目を浴びているようだ。どうしてだろう?
「あら、本当に目立ってる……? でも、かしこいワンちゃんをかしこいねーってほめてあげるのは、大事なことじゃない?」
「ひ、ひひひひひ~っ!」
「そうですね。かしこいワンちゃんを、ほめてあげるのは大事ですよね。躾けとして」
店主がにこやかに言い、犬がびくりとした。