表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一夜の魔法亭 1 ~ただ茶屋番外編~  作者: ゆずはらしの
夏至の夜の不思議な時間。
13/25

やだちょっとカワイイ。~ワンちゃんと炭酸。1



* * *



 竪琴たてごとが響いた。


 ほっそりとした、長い髪を垂らした女性たちが、歌声を響かせる。そのハーモニーの美しさに、ティラミスはうっとりとした。



(キレイ~。妖精みたい……)



 白いローブをまとった女性たちは、どこか人間離れして見えた。美しい歌声と相まって、物語りの中の人物のように見える。

 聞いたことのない旋律、聞いたことのない言葉だが、歌はひどく心をつかんだ。聞いていると、優しいそれに慰められ、癒されているような気持ちになる。

 やがて歌が終わり、拍手が起こった。ティラミスも一所懸命、手を叩いた。



「次は、……バグパイプの演奏じゃのう」



 おばばが言った。



「その次が、合唱じゃな。おまえさんも出るんじゃろ」



 おばばに言われ、はたとなる。



「歌うのか」



 ウィルフレッドに言われ、慌てる。次?



「え、え、あたし、えと?」

「合唱は、みんなで歌うためのものですから。手拍子を入れたり、繰り返し部分を歌ったりしてくだされば良いですよ」



 おろおろしていると、そういう声がした。振り向くと、店主がいた。

 なぜか、ピッチャーを持ったまま。ついでに首輪をつけた黒い犬を連れている。

 犬は口輪をつけられており、耳も尻尾も垂れ下がった情けない状態で、しおしおとした風に歩いていた。

 ウィルフレッドが能面のような顔になった。おばばが、げふっ、と変な声を出した。



「ぐ、ぐふっ、そ、それは、紅どの、ぐ、ぐっじょぶ、ぐっじょぶじゃ~!」



 親指を立ててそう言うと、おばばは涙を流して笑い始めた。

 ウィルフレッドは能面のような顔のまま、黙って犬を見つめていたが、なぜか深いため息をついた。そうして、言った。



「店主どの。首輪と口輪は両方必要なのか」

「協定破りをした上、うちの客に危害を加えましたからね。しばらくはこの姿でいてもらいましょう」



 犬が抗議めいたまなざしで店主を仰いだが、店主の浮かべる笑みを見て、うずくまった。おばばがその様に、またもや笑い出す。



「あの、紅さん? このワンちゃん、どうしたんですか?」



 ティラミスが尋ねると、「ちょっと、預かる事になりまして」という返事がかえってきた。



「ですが、飲食店ですからね。そうそう店の中には入れられないんですよ。どこかにつないでおきましょうか」

「ひーひひひひっ!」



 おばばはもはや、息も絶え絶えだ。犬は恨めしげにおばばを見つめた。



「大きいワンちゃんですねえ……どうして口輪なんですか?」

「ちょっと、悪さをしましたので。反省させるために」



 噛み癖があるのかなあ、とティラミスは思った。



「なでても大丈夫ですか?」



 それでも口輪があるのなら、噛まれたりしないだろう。そう思いつつティラミスが尋ねると、店主は思案するような顔になった。



「ティラミスさん、犬がお好きなんですか?」

「大好きです! ちっちゃいのが好きなんですけど、大きいワンちゃんも可愛いから好き。この子は……何だか神経質そうですけど」



 妙にびくついている犬に、ティラミスは目をやった。



「なでたら安心するんじゃないかなって。だめですか?」



 わくわくした風に言うティラミスに、店主は優しい笑みを浮かべた。



「どうぞ」



 きゃー、と喜んだティラミスは、黒い犬の頭に手をやった。のけぞって後退ろうとする犬を、わしわし、と撫で回す。



「いやー、カワイイー。悪さしそうな目つきだけど、こら、逃げないの。ワンちゃん、お利口さんでしょう? 

 お座り! お座りしなさい。ちゃーんとできたら、おやつあげますよ~」

「ぐはははは!」



 ばったり、とテーブルに身を伏せて、おばばは笑い続けている。ウィルフレッドは、気の毒そうな顔をして犬を見た。



「ほら、お座り。あ、できたのねー。かしこいねー、ワンちゃん」

「ぎゃはははは!」



 おばばはもはや、笑い過ぎで体を痙攣させている。ウィルフレッドが咳払いをすると、ティラミスに言った。



「手を放してやってはどうか」

「え? どうして? このワンちゃん、賢いじゃない。ちょっと怖がりな感じだけど」

「その、なんだ。衆目を集めているのもあるし。さすがに少々、気の毒だ」



 言われてティラミスは周囲を見回した。何だか注目を浴びているようだ。どうしてだろう?



「あら、本当に目立ってる……? でも、かしこいワンちゃんをかしこいねーってほめてあげるのは、大事なことじゃない?」

「ひ、ひひひひひ~っ!」

「そうですね。かしこいワンちゃんを、ほめてあげるのは大事ですよね。躾けとして」



 店主がにこやかに言い、犬がびくりとした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ