あれ? 不穏? ~夏至の夜と炭酸。2
* * *
「なんともまあ」
おばばは先ほどから動かず、同じ場所にいた。
ウィルフレッドはもう妙な顔はしていなかったが、戻ってきたティラミスが濡れているのを見て、眉をしかめた。
「なにがあった」
事情を話すと、二人して、何ともいえない表情になった。
「変質者は逃げたみたいだけど、紅さんが、おばばさまに怪我を見てもらえって」
「ああ、まあ、変質者ね。その犬はそれで、どうなったと?」
「さあ? ぎゃんって悲鳴が聞こえたけど……」
「自業自得じゃな」
ぼそりと言うと、おばばは、ティラミスの全身に目をやった。ウィルフレッドはおばばに問いかけた。
「何かつけられているか?」
「いや、大丈夫じゃ。紅どのの対応が良かったのじゃろ。しかし、何を投げつけたんじゃ、あの御仁は」
おばばは眉を寄せてティラミスの髪をひとふさ、指にからめた。濡れているそれを見つめ、ふーむ、とうなる。
「わしの渡した魔よけとは違うぞい」
「店主どのの独自の呪文か?」
「いや、これは……」
二人でぼそぼそと話し合う。内容がよくわからない。
「あの変質者、業者なの? ルーザードって紅さんは呼んでたけど」
「ルーザード……ああ。あれか」
ウィルフレッドが得心したという顔をした。
「知ってるの?」
「知ってるもなにも……さっき、おまえに話しかけていただろう。魔法使いの男だ」
ティラミスの脳裏に、ヘビのような動きをする、やたらと青白い顔の男の姿が浮かんだ。
「やだ、あれってやっぱり業者なの? 魔法使い気取りで痴漢するなんて、サイテー。
オタクのコスプレイヤーでしかも業者って、どうしようもなくない? 痴漢撃退法とか習っておけば良かった!」
憤慨するティラミスに、おばばとウィルフレッドは顔を見合せた。
それからなぜか、ウィルフレッドはため息をつき、おばばは生ぬるい笑みを浮かべた。
「なんですか?」
「いや、面白いのう、おまえさん。これほど見当がずれておるのに、本質はしっかり掴んでいる人間など、滅多におらんわ」
「はあ?」
「まあ、痴漢撃退については、相手が逆上することもあるでな。しっかり学んでおるならともかく、付け焼き刃は危ないぞ。
そういう時には、ここにいる男のような、叩いても蹴飛ばしても、壊れそうにない男を利用するが良い」
「俺に子守をさせ続けるつもりか」
「騎士なんじゃろ、おまえさん。か弱い女性を守るのもつとめじゃろうが」
けけけ、と笑っておばばはウィルフレッドの肩をぱしん、と叩いた。
ウィルフレッドはいやそうな顔をしたが、ティラミスの目線に気づいて息をついた。
「店主どのから頼まれているからな。ここにいる間は、面倒を見てやる」
「その言い方って……」
むっとしてティラミスが言うと、ウィルフレッドは続けた。
「ルーザードのような輩は、いくらでもいる。おまえでは区別がつかんだろう。良いから、俺の側にいろ」
「ひゅーひゅー」
おばばがなぜか、にやにやしながらそう言った。口笛ではない。思い切り言葉で言う「ひゅーひゅー」である。
「若いものは、良いのう」
「そういう話ではないだろう」
「ひひひ。そういう話じゃわな。今夜は夏至じゃしな」
だからなぜそうも、要所要所で『夏至』の一言を持ち出すんだ。と、ティラミスは思った。