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一夜の魔法亭 1 ~ただ茶屋番外編~  作者: ゆずはらしの
夏至の夜の不思議な時間。
11/25

あれ? 不穏? ~夏至の夜と炭酸。1



*  * *



 めまいがした。そう思った。



「あれ?」



 気がつくと、ティラミスは厨房ではなく、店の外に出ていた。

 暗い通りにはぼんやりと街灯の光がさしており、人気がなく、どこかぞっとするような気配が、静かにたゆたっていた。



「なんで、外……?」



 慌てて店内に戻ろうと、きびすを返した時。腕を誰かにつかまれた。



「ひっ、」



 驚いて立ち止まると、ふーっ、ふーっ、と荒い息が聞こえた。つかまれた腕に、ぎりぎりと力がかかる。


 痛い。



「ちょ、放して! なんなの!?」



 これは、あれだ。

 暗い道で背後からいきなり現れて、

 逃げようとしたものを捕まえる……



 女性の敵。変質者!



 つかまれた腕を振りほどこうとしたが、強い力がかかっていて外れない。痛くて涙が出てきた。



「だれか、たす、」



 助けて、と言おうとしたが、そこで言葉が途切れた。声が出ない。どうして?


 ばたばた暴れて逃げようとするが、背後にいる誰かはのしかかるようにして、ふーっ、ふーっ、と息を吹きかけてきた。

 生臭い息に、吐き気がしそうになる。

 げっ、げっ、という声がして、背後の男が何か言った。



『ナノレ』



 えっ、なに? とティラミスは思った。



『ナヲ、ナノレ』



 名前?


 どうして、と思い、店主やウィルフレッド、じんの助言を思い出す。この変質者、


 釣りをする業者なのね!


 冗談じゃない。


 ティラミスの脳裏に、ワイドショーなどで伝えられる、業者の釣りメールにひっかかった人たちの末路が浮かんだ。

 変なメール攻撃やいらない商品の案内が山ほど送りつけられて、ノイローゼのようになったり、ストーカーまがいの売り込みで、貯蓄をむしりとられた人々。


 冗談じゃない。


 ほんとに、冗談じゃないっ!!!



「地道に稼いで貯蓄を大切にする、一般庶民の幸福を踏みにじるとは、

 恥ずかしくないのか変質者~~~!」



 怒りのあまり、声が出た。



「本当ですね。このような暗い夜道で女性に手を出すとは、まさに変質者」



 そう言う声がして、ティラミスは顔を上げた。目の前に、店主が立っていた。

 なぜか、水の入ったピッチャーを持って。



「紅さん!」

「彼女を放しなさい。協定違反で訴えられたいのですか、ルーザード」



 店主の言葉に、背後の男が笑う気配がした。



「協定には違反していない。この女は自分から外に出た。店の外に出たなら、協定からは外れる」

「そのように解釈したのですか。ですがそれは、間違いです」



 店主は手にしたピッチャーを構えるようにした。背後の男がなぜか、慌てる気配がした。



「なんだと?」

「彼女は、わたしの招待客。もう一つ、彼女にはまだ役割があって、それを果たしていないのです。

 ですから彼女はまだ十分に、店の客なのですよ。たとえ、店の外に出たとしてもね。

 手を放しなさい、ルーザード。この店の客に手を出すことは、誰であろうと許しません」



 動物のような、唸り声が聞こえた。

 次の瞬間、びしゃっ! と水がかかり。ティラミスがびっくりしていると、背後から、ぎゃんっ! と、犬の悲鳴のような叫びが上がった。

 えっ? と思った時には、腕が自由になっていた。


 ティラミスが振り向くと、そこには黒い、大きな犬がうずくまっていた。

 なぜか、ぶすぶすと煙を上げながら。



「え? ええ? ワンちゃん、どうして煙……、あ、あの変質者は!?」



 ティラミスは周囲を見回した。



「力づくで名前聞き出そうなんて、なんなの、ヤクザ? やばすぎるんじゃないの、あの業者!」

「業者と言えば業者なんでしょうねえ……」



 そう言うと、店主は持っていたピッチャーを揺らした。ちゃぷ、と水の音がした。



「ティラミスさん、店の中へ。濡れてしまいましたから、じんさんにタオルをもらって下さい。

 そろそろ、歌が始まりますよ。コーラスをお願いしますね」

「へ? え? あ、はい」



 店主が少し、立っている位置をずらすと、背後に扉が見えた。



「あの、ここって?」

「裏口です。すぐ厨房に入りますから。怪我はありませんでしたか?」

「えと、腕が」



 ティラミスが腕をさすると、店主の眉が上がった。なぜか、煙を上げている犬がびくりとした。



「怪我を?」

「えーと、……あざになったぐらい、です。ちょっとまだ痛い……」



 店主は無言で、ティラミスの腕を取った。強く握られて赤くなっているそこを見ると、黙ってピッチャーの中身の水を注いだ。



 しゅわー。



 煙が出た。水の当たった所から。

 しゅわー、と言いながら泡を出すそれを見つめ、ティラミスは首をかしげた。そうして、言った。



「炭酸?」

「そのようなものですね」



 店主がうなずく。



「え、でもなぜ炭酸を、腕に?」

「炭酸水は、肌に良いんですよ。化粧品にありませんか?」

「え、そうだっけ?」

「傷口にはしみるから、使わない方が良いですけどね」



 しゅわしゅわー。



 店主は炭酸水らしいそれを、次々とティラミスの腕、肩、などにかけた。泡と煙が出る。



「中に入ったら、おばばさまに事情を話して、一度見てもらって下さい」

「え、おばばさまって、怪我の手当てとか得意なの?」

「ええ、まあ。どうぞ、中に」



 店主にうながされ、ティラミスは疑問ももたず、裏口から店の中に戻った。背後からなぜか再び、『ぎゃんっ!』という犬の悲鳴が聞こえてきたが、



「紅さん? 何かあったの?」



 と、声をかけると、



「なんでもありませんよ」



 という返事があったので、深く追求しない事にした。



「そう言えば、変質者は逃げたのかしら?」



 うやむやになってしまったが、どうなのだろう。どうも店主の顔見知りのようだが。

 あんな変質者を店に入れて、大丈夫なのだろうか。


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