招待状は、突然に。1
まだ本編に出ていない人も出てきます。
2011年の夏至記念作品。
「今夜は、夏至のお祝いをするんですよ」
その日、ティラミスが店を訪れると、店主がそう言った。
「夏至? お祝いって?」
「昼が一番長く、夜が短い日。大気に魔法の力が混じる日でもあります。何かしておきたいと思う人は、わりといるんですよ」
そうだっけ? とティラミスは思った。
「クリスマスとか、ハロウィンならわかるけど……」
「この辺りの人は、夏至も祝うんです。たぶん、夜の間中、騒がしいですよ。
明日はだから、店が開けられないと思います。すみません」
「えー、それはかまいませんけど……どんな事するんですか? ちょっとのぞいてみたいなあ」
「大したことはしませんよ。アルコールの入った飲み物や、腹にたまるような食べ物を用意しておくだけですから。
あとは、やってくるお客が、歌ったり踊ったりしていますね」
「なんだか楽しそう。何時からですか?」
「七時ぐらいかな? 日が沈んだら、始まります」
よし。今日は、夜にもこの店に寄ってみよう。と、ティラミスは思った。
* * *
夜。仕事を終えてから軽く食事をし、ティラミスは『ただの茶屋』に向かった。
この店はわかりにくい場所にあるらしく、ある時は、どうしてもたどり着けないのだが、
どうかすると、なぜ気がつかなかったのだろうと思うぐらい、あっさりと見つかったりする。
地図を書いてみても、そのとおりの場所で店が見つからない。自分には方向音痴の気があるので、そのせいだろうか、とも思う。
今夜も行こうと決めたものの、たどりつけくるかどうか、不安だった。
「招待状をあげますよ」
ティラミスが夏至のお祝いを見たいと言うと、店主はそう言って、手作りらしいカードをくれた。
スタンプを周囲に押して、飾りをつけたカードには、
『夏至のお祝い 招待状 『ただの茶屋』店主 紅』
とのみ書かれていた。
「ちょっとカワイイ。せっかくこういうカードもらったんだし、たどり着かないとなあ」
カードを取り出して眺めていると、ふと、周囲が暗くなった気がした。
「あれ?」
見回すと、道がなんだか暗い。窓から漏れる灯の色が、蛍光灯の光と違っている気がする。
「あれ? れ?」
街灯の光も、何だかゆらゆらとして……。
「あ、太陽電池のランタンだ!」
街灯は、クラシカルなデザインのものだった。装飾のあるランタンが黒い柱にぶら下がり、ゆらゆらと光を放っている。
似たようなものを、見たことがあった。太陽電池のランタン。
庭に置くタイプのもので、どこかへ出かけた時、庭に置いてあった。光にはゆらゆら揺れる効果がつけてあって、ロウソクの灯のようだった。
LED灯なので、蛍光灯の灯よりちょっと暗いが、風情があった。この辺りの街灯は、それを採用しているのだろうか?
「エコだ~……」
すごいすごいと喜んでから、ティラミスは改めて、カードを眺めた。それから、ふと、前を見る。
「おばばさま?」
スタイルの良いショートカットの若い女性が、ヒールの音をかつかつと響かせて歩いている。呼びかけると、立ち止まってこちらを見た。
「おや。外のお嬢さんではないか」
「外の? 毎回言われるけど、良くわからないんですが、それ」
「外は外じゃ。どうした。こんな時刻に」
「あ、えと、お店に行こうと思って……でもあたし、迷いやすいんですよ。ちょっと自信なくて」
おばばは、ティラミスの方に歩いてきた。今夜は、オレンジ色のアンサンブルのスーツを着ている。シャーベットオレンジのワンピースに、ワンピースより一段強い色のボレロ風ジャケット。襟には大きめの花のコサージュ。華やかでいて、すっきりとしてもいる。
自分が着ている通勤用の、無難なモスグリーンのスーツがちょっと、恥ずかしくなった。
「招待状を持っておるのか。ならば、道は開いておるよ」
「えと? あの、良かったら一緒に行ってもらえませんか?」
「かまわぬよ。わしも行く予定じゃ。ついておいで」
そう言うと、おばばはにっ、と笑って先に立ち、歩き出した。
相変わらず、言い回しが古めかしい人だなあ、と思いつつ、ティラミスはあとに従った。
二人が立ち去った後、街灯の灯がゆらり、と揺れた。
ガラスで囲われたランタンの中には、電球は入っておらず、やわらかな色合いの丸い光の塊が、ただゆらゆらと揺れていた。