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でっかい俺とちいさな君  作者: 遠野 雪
第二章 合わせるのは目線
9/40

あぁ、もう――


とにかく面倒くせぇ……



疲れた時、人は、癒しを求めるといいます



第二章 合わせるのは目線



1




「あ、おはよう」

「おはようございます、佐木さん」


翌日も偶然藤村さんと電車で会った俺は、余計な事かなと思いつつドア横のスペースに彼女を誘導して潰れない様に腕で囲って守ってあげたわけですよ。

なんていうの? 若い頃に憧れたシチュエーションって言うの?

あるじゃん、小説とか漫画とかでそんな場面。

中・高生の頃ちょっと憧れたけど、俺、自転車通学だったし?

部活の朝練・夕練あったしで、仮に電車通学だとしてもラッシュとか巻き込まれてなかったし。


まかせろ、腕力と脚力には自身あるんだ!

なんたって、元バレー部だからね?


なんてことを心の中で思いながら、柄にもなくちょっとドキドキしたりしてね。


まーた、藤村さんの反応が可愛いったら。

最初戸惑っていたんだけど潰されない事自体が嬉しいのか、ちょっと顔赤くして“ありがとうございます。私ももっと背が欲しかったな”って。

流石に屈めないから声聞こえづらかったけど、上目遣いの頬染めてって破壊力最上級でした。

ちょっと、おっさん的幸せ。


やってみたくても出来なかった事を、二十七歳にして初体験してちょっと浮かれてたわけよ。



ちょっと浮き浮きしながら会社について、今日は商談日だー頑張るぞーとか、無駄に張り切っていた俺。



そんな俺に、上目遣いされてもまったく破壊力のない隣の同僚社員から、破壊力抜群の言葉を投げ掛けられた。

「佐木、あんた彼女の為に私を置いてけぼりにしたんだって? いいご身分ねぇ」

「は?」

浮かれてた俺は、思考がまったく固まった。

いや、だっていきなり想像してない事言われたら、機能停止しない? 人間だけど。

「……なんだって?」

聞き返すと、隣の席の同僚久坂は普段見せもしないような綺麗な笑みをその口元にのせた。

「私を捨てて、彼女をとったんでしょ?」

「はぁ?」

彼女? そんな素敵なもん、ここ数年お目にかかってねーけど?


久坂を呆けた目で見下ろしていたら、珈琲カップを机に戻した久坂がポイントカードみたいなものをぴらぴらと指先で揺らした。

「聞いたわよ、キスマークの彼女」

「――!」

おばちゃん!!

久坂の指先に挟まれていたのは、クリーニング店の会員カード。

それはあの、キスマークを消してもらったクリーニング店=噂好きなおばちゃんのいる場所。

一瞬頭から引いた血が、おばちゃんへの怒りで一気に顔に集まってきた。

今、顔赤い。マジで赤い。

よもや当日中に人にばらすとは!

違うって言ったのに、おばちゃん!

「やっぱり本当なんだぁ~」

くすくす笑う声に、現実に引き戻される。

そこには、ニヤニヤ笑う久坂の顔。

あ、しまった……っ。


「違う、そのキスマークは電車で付けられただけでっ」

「ふぅん? なんかぁ、昨日ぉ、可愛い子とぉ、お茶してたの見たんだけどぉ」

げ、あれ見られてたのか。

ここで、一瞬でも黙ってしまったのがいけなかった。

藤村さんを俺の彼女と確定してしまったのか、にんまりと満面の笑みを浮かべた。

「でこぼこなカップルだこと」

「だから違うって……」


まだ座っていなかった俺の横に、椅子から腰を上げた久坂が立つ。

女にしては高い方だろう久坂は、手のひらを横にして自分の頭が俺の身体のどこら辺に来るか確認する。

「私が百六十七センチでここら辺だから、キスマークの場所からすると……」

おばちゃん、そんなことまで教えたのか!

マジで、怒りが湧き上がってくるんすけど……っ。

久坂はふつふつと怒りが込み上げている俺にはお構いなしに、ふむ、と首を傾げる。

「百四十センチ後半かな? そうすると、あんたとは四十センチ近く身長差があるってことか。あらあら、ホントにちっちゃい子ねぇ」

おちょくるようなその声に、思わず声が低くなった。


「黙れよ、久坂」


「……っ」


久坂の動きが、止まった。



俺の言葉に驚いたか、怒ったのか、とりあえず固まったままの久坂を視線だけ向けてすぐに戻す。

思わず、ため息が出ちゃったけど許せ。


「なによ……」


そんな俺の態度に余計久坂の表情が固まった気がしたけど、おばちゃんへの怒りと久坂への面倒くささがフォローしようということさえ忘れさせた。

普段の俺なら、久坂を怒らせた方が面倒だから適当に流すんだけど。


身長をネタにおちょくられるむかつきは、高い俺にだって覚えがある。

小学生で百六十センチを越えていた俺は、ランドセルを背負ってるだけで笑われたもんだ。

“私ももっと背が欲しかった”、朝、藤村さんはそう言ってた。

てことは、身長が低い事で嫌な目に会った事だってあるはずで。

何よりも、何の落ち度も無いのに、久坂に八つ当たられてるのがかわいそうに思えて。

いや、本人、ここにいないんだけどさ。

俺が、嫌だった。



口を噤んだ久坂を見ずに、コートを脱いで椅子に腰を降ろす。

ぎしりと音を立てたそれに、久坂が小さく身じろぎしたのが見えた。

いつも俺が適当に流すと思ったら、大間違いだっての。


「確かにキスマークは付けられたし、お詫びで珈琲を飲みに行ったのは事実。でも別に彼女じゃないし、何より久坂にそこまで言われる理由が無い。大体お前を捨てたって、どこからそんな表現が出てくる」



淡々と言い放った言葉に久坂は机に置いた珈琲カップを掴むと、何も言わずフロアから出て行った。

ヒールの音が廊下に消えてから、ふぅっと息を吐き出す。

ったく、朝からいい事あったのになんだってこんな面倒な事にならなきゃいけないんだよ。

PCに向けていた目を上げて、背もたれに体重をかけた。



「……あれ?」


いつもよりしんと静まり返っているフロアに、やっと気付いた。

しかも、方々から向けられる大量の視線。

あ、そういえば皆さんいらっしゃいましたね。

はたと気づいて視線をぐるりとあたりに向ければ、気まずそうに目を逸らす人、にやりと笑う人、なぜか親指を立てて羨望の眼差しを送ってくる人、様々だった。



「お前でも怒る事あるんだなぁ、佐木」

やっちゃった? と内心苦笑していたら、通路を挟んで正面に座る井上さんが感心したような声を上げた。

背もたれから重心を前に戻して、机に両腕をつく。

井上さんは頬杖をつきながら、マグカップを片手に俺を見ていた。

「そりゃあ、ありますよ。俺だって人間だもの」

某詩人のまねをして苦笑いしながら言うと、井上さんはマグカップに口をつけて一口飲み込むとそれを机に置いた。

「俺、お前と同じ事業部になって三年だけど、初めて見たよ。お前が怒るところなんて」

な? と、隣に座る田上さんに同意を求める。


ちなみに、この井上さんが五期上の先輩で久坂の指導担当。田上さんは二期上の先輩。

同じ事業部の同じバイヤー。

この他に、俺と久坂、先輩が二人と後輩が三人、部長が一人。

全部で十人。

同じフロアに店舗業務担当の部署もあるけど、ほとんどが俺達十人で動かしているから結束力は高い。

本来流通業だと短期間で異動していくけれど、まだ立ち上がって五年も経っていない事業部だから比較的長い期間ここにいる人が多い。

基本を作っていく段階で人が変わったら、しっかりした土台が作れないからね。


井上さんから話を振られた田上さんは、キーボードを叩いていた手を止めて俺を見た。

「だなぁ、俺も初めて。てっきり、へらへらと能天気と適当以外の感情はないものだと思ってた」

「つーかそれって、言葉違うだけで同じ意味にしか聞こえないんですけど」

「ま、久坂にとっては衝撃だったんじゃないの? お前に反抗されるなんて。そんなに、キスマークの彼女の事大切なわけ?」

井上さんの言葉に、はぁぁっと深くため息をついた。

「あー、聞こえてましたか。ていうか昨日会ったばっかりの子、いきなり彼女は無いですって。大体、俺に反抗されて衝撃って、久坂は俺のかーちゃんか」


片手を振って否定したあと、昨日のことを大まかに話す。

夜は、葛西も一緒だったってこともちゃんと付け加えて。



井上さんと田上さんは、納得したように頷いた。

「あぁ、そういうこと。でもずいぶん真面目な子だね。俺だったら有無を言わさず二千円くらい押し付けて、謝り倒すかな。そしてさっさと逃亡する。その後会うなんて、面倒だし」

「ですよねー。俺もいいって言ったんだけど……」

はぁ、とため息をつく。

それを見て、田上さんが笑い声を上げた。

「今思えば、クリーニング任せちゃったほうがよかったかもなー」

「っすね。あのおばちゃん、どうしてくれよう……」

久坂だけに言ってるならいいけど、この会社の人間であのクリーニング店を使う奴は多い。




面倒くせぇなぁとぼやきながら、商談日だった俺は朝一来た営業と挨拶を交わして仕事を始めた。


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