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でっかい俺とちいさな君  作者: 遠野 雪
第一章 ちいさな人と遭遇
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「おい、久坂の事放っておいて大丈夫なのか?」

「いい、周りが甘やかしすぎなんだよ」


待たせていた葛西と一緒に、エレベーターを待つ。

俺達がいるのは、七階建てビルの五階。

階段で降りてもいいけど、疲れるしね。


……おっさんとか言うな


定時を過ぎて、三十分近く。

商品部と情報管理課のあるこの階は、定時で帰る社員の方が珍しい事もあってエレベーターホールには誰もいない。

すぐに上がってきたエレベーターに乗り込んで、既に何度目かになる溜息をついた。

「確かに期間外の異動で来たことに関しては、大変だとは思う。秘書課からバイヤーってのもな」

「なら……」

「でも新人だって上から教えてもらえるのなんて、三ヶ月くらいだぜ? 俺もそれ以降は、一人で全部やった。これが例えば交渉ごととか相手先会社のこととかなら相談に乗るけど、せめて報告書だけは一人でやる気概が無いと」


一階についてエレベーターを降りる。

エントランスには帰社する人間が結構いて、俺は口を閉じた。

葛西にもそれは伝わったらしく、話題を変えて駅へと歩いていく。




葛西の話に適当に相槌を打ちながら、途中寄ったクリーニング店で朝出したコートを受け取った。

すっかり綺麗になった俺のコートを、にやにやしながら渡してくるおばちゃん。

「彼女によろしく~、はるちゃん」

「違うし、はるちゃん止めて」

頼むから、言いふらさないでくれよ……


笑いを堪えてる葛西を足で蹴りながら、駅の改札横、角になっている場所に立つ。

壁に右肩をつけて寄りかかると、周りに知り合いがいないのを確認して口を開いた。



「久坂って悪い奴じゃないけど、性格きついし言葉もきついからまわりとあまり打解けてないんだよね。報告書の事も、本来なら指導担当の先輩に聞くべきだけどそれもしない」

うちの事業部には十人バイヤーが所属していて、その内の一人、五期上の先輩が久坂の指導担当として付けられている。

「交渉に関しては一緒に行って勉強してるみたいだけど、プライドが高いというかなんというか。報告書は一度教えてもらったからって、聞けないみたい」

その気持ちは分かるけど、俺に聞いてたら意味が無い。

「久坂の異動って、いろんな憶測が飛び交ってるだろ? だからこそ、自分の力でやっていかないと。いつまでも俺に頼ってたら、余計噂が酷くなる」


期間外に異動した理由について、まことしやかに語られている噂。

仕事上の大きなミス。

取引先と喧嘩した。

担当取締役の不興を買った。

その他もろもろ……


あくまで、噂、だ。


人事や上司は知ってるだろうけど、俺ら一般社員は誰も本当の事は知らない。


だからこそ、面白おかしく噂をでかくしていく。

そんな中、異動先で甘やかされていたら余計悪い噂が助長する。



そう葛西に伝えると、意外だったらしく細い目を微かに見開いた。


「冷たいのかと思ったら、そういうこと」

葛西が感心したように頷く。

それを見て、苦笑した。

「あー、ちょっと面倒ってのもあるけどな」

「まぁな、久坂の場合、会話自体がけんか腰だしなぁ」

ははは……と乾いた笑いを上げた時、葛西が何かに気付いて“あ”と声を上げた。

「佐木、後ろ」

「ん?」

後ろ?

くるっと顔だけ後ろの方に向ける。

……改札が見える。

顔を葛西に向けて、首を傾げた。

「なんだよ」

葛西は苦笑しながら、俺の後ろを指差した。

「悪かった。後ろ向いて、下を向け」

「は?」


後ろ向いて……?

とりあえず言われたとおり、顔を後ろに向けて。

下を向け?

そのまま顔を俯けて、視線を下に向けた。



――


「……っ」

思わず無言で後ずさる。




「ごめんなさい、遅くなって」


いつの間にかそこには、朝のちいさい人が立っていた。





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