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でっかい俺とちいさな君  作者: 遠野 雪
第三章 目指すのは
39/40

10

「よろしくお願いされる……?」


今までの人生で返されたことの無い言葉を携帯を怪訝そうに見ながら呟くと、トンと机に缶珈琲が置かれた。

その手をたどるように、顔を上げる。

「久坂お疲れ。また?」

綺麗で華やかな、二つ上の秘書課の先輩。佐倉先輩。

見た目に反して男前な性格は、女だらけの秘書課でとても頼りにされている。

それはもう、秘書課長や主任を勤める三人の男性社員よりも。

久坂は缶珈琲を手に、疲れたような笑みを浮かべた。

「ありがとうございます」

その缶の冷たさに、張り詰めていた緊張が解れる。

ひんやりと冷えた両手を、頬に当てて溜息をついた。


「また、です。どうしたらいいんでしょうね。ヘタに文句も言えないし」


ただの社員ならいい。

それ以上に、部長だとしても。

ただ高橋部長は、社長の一人息子。

部長を紹介された時を考えれば、親ばか振りがよく分かる。


佐倉さんは、ふぅ、と息をついた。

「今の会社から何の噂も流れてこないところを見ると、本当はいい奴か、権力が幅を利かせてるか。とりあえず探りは入れてみるけど、無理なら言ってよ?」

心配そうな表情を浮かべる佐倉さんに、口端を上げて笑みを向ける。

「馬鹿な会話を流すのも、表情を貼り付けるのも、秘書の必要スキルですから。大丈夫ですよ」

「だからって、セクハラ我慢することないからね」

分かった? と、まだ不安げな表情で自分を見る佐倉に、久坂は嬉しそうに笑み返した。





「なるほど、大掛かりな展示会だなぁ」

車が駐車場に入ると、溜息をつきながら有田専務が呟いた。

それを耳に入れながら、鞄から出した招待状に目を落とす。

七・八社のメーカーが共同で開催した、雑貨の展示会。

それは通常で言えば、専務が来るほどの規模じゃない。

「申し訳ございません、有田専務」

久坂は自分の失態だというように、深く頭を下げた。

有田専務は苦笑しつつ、軽く片手を振ってくれる。

「久坂君のせいじゃないさ。直接打診されれば、私だって断れまい」

そう笑う有田専務は、しかし……と溜息をつく。

「少し、やりにくいのは確かだな。彼、は」

「そうですね」

運転席に座っている商品部雑貨部門の増岡課長が、シートベルトを外しながら顔をこちらに向けた。

「まさか今回、専務が出席されるとは思いませんでしたよ」

本来、担当部門のバイヤーが回るはずだったのだが、専務が来るということで流石に課長クラスが行くべきだという事になったらしい。


「ご迷惑をお掛けして、本当に申し訳ございません」

ほいほいと高橋部長の誘いを受けてしまった、久坂のミス。

確かに直接の誘いなわけだから、断りづらい。

けれどそれならば折り返し連絡をするなり、返答を延ばすことだって出来たはずだ。

展示会の規模や出展メーカー、それ以上に専務が出向くべきかどうか。

たくさんの取引先を抱えている商品部の担当専務が偏った付き合いをする事は、他の取引先に対して失礼に当たるからだ。

「あぁ、いいよ久坂さん。なんだか、随分と高橋部長からプレッシャー掛けられてるみたいだから」

「プレッシャー?」

増岡課長の言葉に、怪訝そうな声を有田専務が上げた。

そのまま、久坂を見つめる。

「どういうことだ、久坂君」

「いえ……、あの」

口ごもった久坂に、増岡課長が宥めるように声を掛ける。

「専務に言ってないんだってね。佐倉が心配していたよ」

「増岡課長……」

久坂は肩を落として、項垂れた。


そうだ、増岡課長は佐倉先輩と同期だったんだ。


視線だけ増岡課長に向ければ、少しだけ申し訳なさそうな色を見せていたけれど、それでもはっきりとした口調で言い切った。

「どうも高橋部長から、しつこく電話を掛けられているみたいなんですよ。私の同期が秘書課にいるもので、ずっと心配しているものですから」

「……久坂君」

有田専務は私の名前を呼んだまま、口を噤む。

それを受けるように、増岡課長が言葉を継いだ。

「君が嘘をついたり大げさに言うような人ではない事は佐倉から聞いているし、仕事ぶりを見れば大体分かる。大げさにしたくないだろう事も理解できるが、さすがに伝えておいた方がいいと思うよ?」

その言葉に、上げていた視線を再び伏せた。


どこまで上司に伝えていいのだろう。

ある意味、自分にしか被害がない。しかも、セクハラ・パワハラは被害を受けている本人しか計る事が出来ないのだから。

今回は有田専務にご迷惑をかけてしまったけれど、これだって自分がもう少し気をつけていれば回避できたはずだ。


「久坂君。君が何を言おうと、私は彼に対する態度は変えない。彼とは対人ではなく、対会社の関係だからね。きっと久坂君のイライラを解消してあげることはできないかもしれない」

「有田専務……」

「ただ、私達は腹芸が得意なんだよ」

くすりと悪戯っ子の様に笑う有田専務に、久坂の感情が少し凪いだ。


建前でいけば、高橋部長との間がどうなるのか心配だった。

自分が余計なことを言って、ぎこちなくなったら嫌だなと。

いい大人がそんな事になるわけがないと分かっていても、やっぱり心苦しかった。

そして本音でいけば、悔しかったのだ。

そんな事も対処できないと、思われたくなかった。



けれど有田専務の言葉は、そんな久坂の建前も本音も全て救い上げてくれるものだった。

久坂は一度目を瞑って気持ちを整えると、顔を上げる。

その姿を見て、有田専務は小さく頷いた。


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