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でっかい俺とちいさな君  作者: 遠野 雪
第三章 目指すのは
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こそっと更新


秘書の仕事は、多岐に渡る。

スケジュール管理や出張の際のチケット手配、取引先との懇談があれば場所・食事の手配等々、上げればきりがない。

勿論、全てを専任秘書がこなすわけではない。

それぞれ秘書課内にサブがついて、フォローしてくれる。


けれど、専任秘書が必ずこなさなければならない仕事がある。

それは対外的な場所には、必ず御伴しなければならないという事。

久坂も例に漏れず、担当する有田次席専務の傍で秘書業務をこなしていた。




有田次席専務の担当している部署は、本店商品部。

取引先である会社に挨拶に回っていた有田次席専務と久坂は、とある企業で驚かされることになる。


「初めまして、この度貴社の担当となりました高橋です」


応接室で自分たちを迎えた二十代後半の男が、部長、という役を持っていたから。

しかもその高橋部長を紹介するために、高橋部長の秘書だけではなく社長自ら一緒にいたのだから。

けれど流石と言うかなんと言うか、元々社長とは面識があったからということもあるだろうけれど、有田次席専務はすぐに笑みを浮かべて差し出された手を握った。

「そうですか、こんなにお若いのに部長とは。素晴らしい人材を、よく今まで隠してこられたものですな」

にこにこと社長に笑いかければ、恥ずかしそうにけれど嬉しそうな表情で高橋部長の背中を軽く叩いた。

「いや、私の一人息子でね。勉強させる為に他社に就職させていたんだが、そろそろいいかと呼び戻したんだよ」

「なるほど」

ははははは、と笑いあう姿は一見穏やかで平和だ。

腹の中で何を考えているかは、別だけれど。


久坂は後ろに控えて持参している書類ケースを胸の前で握り締めながら、何か空恐ろしい気がしてならなかった。


蛇に睨まれているというか。

見えない糸が、絡み付いているような不快感。


「久坂君」


表情を保ったまま原因の分からない不快感をやり過ごそうとしていた久坂は、名を呼ばれて顔を上げた。

有田次席専務が横に身体をずらして、久坂を見ている。

「秘書の久坂です。これから世話を掛ける事も多いでしょうが、どうぞ面倒見てやってください」

その言葉に名刺交換という言葉が頭に浮かんで、久坂は胸のポケットから名刺入れを取り出し高橋部長の前に立った。


「久坂と申します。どうぞよろしくお願いいたします」

いつもならもう少しスマートな所作で相対するのだけれど、なぜかそれが出来なかった。

笑顔は作れていたし声も何とか出したと思っていたが、高橋部長にくすりと吐息で笑われて一気に緊張が高まってしまった。

少し震える指先で、高橋部長から名刺を頂く。

「よろしく、ね? 久坂さん」

そう掛けられた声にぞくりと背中が震えて、さっきから感じる不快感の原因はこの男かと悟ったのだ。





それから数日後。

会社から支給されている携帯電話のサブディスプレイに表示された受付の内戦番号を見て、久坂は自分のデスクで溜息をついた。

少し離れた場所に座る佐倉先輩が、怪訝そうに自分を見ているのが分かる。

でたくない、そう心で呟きながら通話ボタンを押した。

「秘書課の久坂です」

{受付です。高橋様からお電話が入っています}

「回してください」

会社名を続けた受付の人に短くお願いして、指示された短縮番号を押した。

「お待たせいたしました。秘書課、久坂です」

淡々と名前を告げれば、聞きたくも無い声が携帯から頭の中へと流れ込んでくる。

{高橋です}

相手は、少し前に有田次席専務と挨拶に行った時に会った、高橋部長。

あの翌日から、態々作ったとしか思えないほど些細な用事で電話をかけてくるのだ。


有田次席専務ならまだしも、久坂はただの秘書。

どんなにくだらない用事だろうが、相手をぞんざいに扱う事はしてはいけないし出来ない。


「いつも大変お世話になっております。申し訳ございません、有田はただいま席を外しておりますが」

ここ数日繰り返した言葉を、うんざりしながら口にした。

携帯の向こうでは、鼻で笑うような微かな音が聞こえてくる。

{ねぇ、同じ事毎日言ってて飽きない?}

砕けた言葉遣いに、眉間に皺が寄る。

視界の端に映る佐倉さんが、またか……と零すのが見えた。

久坂も同じ言葉を吐き出したかったが目を細めてイラツキを抑えることに専念しつつ、聞えないように息を吐き出した。


「大変失礼致しました。ご用件を承ります」

{あぁ、そうだね}

鷹揚に答えるその口調に、ペンを持つ手が怒りで震える。

大体において、例えば仮に有田次席専務に用があったとしても、直接高橋部長が秘書である久坂に電話をしてくること自体がおかしいのだ。

部長というだけあって、高橋にも秘書はついている。

長い髪をアップにした、綺麗な女性だった。

要するに、その秘書から久坂に連絡が来る事が、普通なのだ。

高橋部長から来るのであれば、それは有田次席専務に直接話をする、そう思うのが普通なのだ。


久坂は脳内で高橋の非常識さと偉ぶった態度に文句を言いながら、片手でスケジュール帳を開いた。


{貴社に卸している雑貨のメーカーが、同業者を募って今度大掛かりな展示会をやることになってね。うちに招待状が来たんだけど、是非有田専務もどうかと思って}

続けて伝えてきた日時を確認して、久坂は了承の意を伝えた。

「さようでございますか。お声掛け頂きありがとうございます。是非出席をさせて頂ますので、よろしくお願いいたします」

そのまま話を終えようとしていた久坂は、高橋部長が続けた言葉に口を噤んだ。

{久坂さんも、勿論来るんでしょ?}

ねっとりとした、声音。

さっきまでのかろうじてまだビジネスライクだったものとは、まったく違う、雰囲気。

久坂は素早く切ってしまえばよかったと後悔しながらも、そんな事をしても結果は変わらないと苛立ちまぎれにスケジュール帳を閉じた。

「有田の秘書ですから、私も御伺いする事になると思います。その際は、どうぞよろしくお願いいたします」

何もお願いしないけど。

脳内で毒を吐きながらも普通の声を出せた自分を、思いっきり褒めてあげたい。

{そう。よろしくお願いされるね?}

それだけ言うと、通話がぷつりと切れた。



頑張りたいと、そう思う今日この頃。

本当にすみません。

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