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でっかい俺とちいさな君  作者: 遠野 雪
第三章 目指すのは
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「で? ありがたくもなく私を噂に巻き込んでくれて、何を聞きたかったわけ?」

「いたいいたいいたいっ」

痛い視線から逃れるように出た居酒屋から、少し離れたコーヒーショップに入った。

その一番奥のテーブルを陣取る。

出入り口からは観葉植物に遮られ、壁際のため外から見えない。

そこまでしたいほど、さっきの宮森さんの目は怖かった。


顔は笑ってるけど思いっきり青筋立ってるだろう佐倉さんは、俺の両耳をぎゅーっと反対方向に引っ張る。

「耳ちぎれるっ」

「あら、そうしたらもっと男前かもよ?」

そんな俺たちの会話を聞きながらも目の前で冷静に珈琲を飲む葛西、お前、ホントに俺の友達か?

「それちぎってもいいんで、うかがってもいいですか?」

「葛西っ」

見捨てるなっ。

佐倉さんは引っ張っていた俺の耳から指を外すと、くすくす笑いながら浮かしていた腰を椅子に落ち着けた。

「葛西くんて、見た目通りに真面目な感じね」


なんでそこで和むっ!

耳引っ張られてた俺の立場は!?


葛西は目を細めると、持っていた珈琲カップをソーサーに戻した。

「相方がこれなんで、役回りです」

「これってなんだっ」

「お前、少し黙れ。話が出来ない」

……目が、怖いです。葛西君。

一応、俺、主人公なんですが。


葛西は俺を一瞥すると、すぐに佐倉さんに向き直った。

「端的に聞きます。久坂の異動理由ってなんですか?」

「……本当に直球ね。答えられないって言ったら?」

「質問に質問で返すのって、ルール違反ですよね」

「あら、私に答えなきゃいけない義務でもあるのかしら」

二人が言葉を交わすのを、交互に顔を向けながら見守ってみる。

怖すぎて、声、出せない。

無表情VS嘘くさい笑顔。

どっちが勝つのか……


表情を崩さずににらみ合っていた? 二人だったけれど、佐倉さんが息を吐き出すことでこの状態は終わりを告げた。

「こんなことしてても仕方ないわね」

呆れたような苦笑を零しながら、もう一度溜息をついた。

「知らないかもしれないけど、秘書には守秘義務って言うものがあるの。例え些細なことでも、うちの役員に関わることは何も言えないわ」

「担当じゃないのに?」

「確かに私の担当は、上席専務。だけど、次席のだって社長のだって、調整をする上である程度の情報は耳に入るわ。でも、それを他人に言うことは禁じられているの」

「でも」

「葛西」

なおも食い下がろうとする葛西を、呼び止める。

「声、でかい」

「……」

指摘すると葛西は少し辺りを見渡してから、小さく“悪い”と呟いた。


真面目だからか他に理由があるのか、この話になると異様に冷静さを欠く気がする。

葛西を制してから、佐倉さんに目を向けた。

「すみません、佐倉さん。それを聞き出そうとすれば、あなたに迷惑が掛かるってこと、気付きませんでした」

守秘義務がある彼女に理由を聞くということは、もし何かばれた時に迷惑を掛けてしまうってこと。

佐倉さんは眉を少し上げて、俺を見た。


「物分りがよくていいけど、それじゃ何も聞き出せないんじゃないの?」

「まぁ、仕方ないっすよ」

もし何かあったら、きっと久坂が気にするだろうから。

カップに残った珈琲を飲み干して、トレーにのせる。

セルフサービスのこの店は、返却口にカップを戻さなきゃならない。

葛西にもトレーにのせるよう促して、椅子から腰を上げた。

「今日はすみませんでした。それじゃ」

頭を下げると、かちゃりとカップをソーサーに戻す音が鳴った。



「……そうやって、交渉してるわけ? バイヤーって」

それはため息交じりの、少し不機嫌さを含んだ声で。

下げていた頭を、ゆっくりと戻す。

「そんなまさか。俺は正直に話してるだけですよ?」

やはり目の前に見えた顔は、不機嫌そうに眉を顰めている。

「ふぅん? 私には、なんだか二重に言葉が聞こえたけど?」

「そんなそんな」

「久坂を心配してるなんて口先だけだろって、聞こえたけど?」

「そんなそんな」

腕を組んで俺を見上げる佐倉さんは、少し口をつぐんだ後、目を逸らして息を吐いた。



「それでも私には、守るべきものなの。だから差し障り無い程度だけ」

「構いません」

にっこり笑ってもう一度、椅子に腰を降ろした。

葛西は最初から立ち上がっていなかったから、座ったままじっとこっちを見ている。

「先に聞くけど、どこまで知ってるわけ?」

「相手先のミスを押し付けられて、秘書を解かれたとだけ。あとは推測で、相手先会社がここだってことくらいです」

相手先外社名を伝えると、ふぅん、と呟く。

俺の言葉に是も否も言わず、そう言えば……と続けた。

「どうして、それを知りたいの?」

「気になるから」

即答したのは、葛西。

ずっと黙っていた葛西の声に、佐倉さんが少し驚いたように顔を向けた。

「なんだか、さっきより機嫌が悪そう」

「とんでもない」

無表情でそれ言っても、まったく説得力無いからな、葛西。



「ねぇ、佐木くん。あなた、本店の商管にいたのよね」

「え? はぁ、まぁ」

いきなり変わった話に、とりあえず頷く。

すると佐倉さんはカップに残った珈琲を飲み干して、それをトレーに置いた。

「なら、相手先会社の息子。知ってるでしょ」

「息子?」

脳裏に浮かんだ趣味の悪い服を纏う姿に、思わず無表情になりかける。

「まぁ、知っているといえば知ってますが」

決して友達とかじゃない。

「あの男が、今、担当部署の直属上司なんだけど」

その言葉に、首を傾げる。

「え、でもあいつって他の会社に就職してませんでしたっけ。確か武者修行とかふざけたこと抜かして」

「あら? 噂程度以上に、息子の事知ってるの? その言い方だと」

あ。

思わず口を手で押さえると、ふぅん……と佐倉さんが意味深に呟く。

「“それ”が会社に戻ってきて、役付きになったのよ。知らなかった?」

「え、マジですか?」


まったく使えない男。

そう揶揄されていたのを知っている俺としては、まったく関係ないけど会社の行く末を案じちゃうよ。

あんなのを役付きにするなんて、すげぇチャレンジャーな会社だ!

いくら息子とはいえ、考えようぜ。社長さん。


「あの男が、原因。分かる? それで」

「マジか……」

思わず敬語も忘れて、がっくりと肩を落とす。

「マジですよ」

面白がって真似る佐倉さんを、目線だけ上げてみる。

「どうにもならないでしょう? 久坂も諦めたんだから、蒸し返すんじゃないの」

分かった? と念を押すように言うと、佐倉さんは立ち上がった。

「それじゃ、そろそろ帰ってもいいかしら」

そう言われて手元の時計に目を落とすと、結構な時間で。

俺たちも続くようにして、その店を出た。



一緒に駅に歩きだした俺の目に、少し騒がしい女性の集団が映った。

目立つなぁと思いながら何気なく見ていたら、その顔がはっきりと目に映って目を見開く。

「げ」

思わず呟いた声に話していた二人も顔を上げて、俺の視線の先のものを捉えたようだ。

無言で、くるりと後ろを向く。

「……ここからだと、隣の駅も近いから……。そっちを使って帰りましょうか」

「そうですね」


背中に嫌な汗が流れるのを感じながら、佐倉さんの言葉に頷いて幾分早足で歩き出す。

「……気づかれてないですよね、俺達」

緊張気味の声は、佐倉さんを挟んで向こうを歩く葛西のもの。

同じ様に歩く佐倉さんも、多分、と幾分硬い声で返答をする。

「とりあえず、気付かれていないと断定してさっさと逃げよう」



視線の先にいた、宮森さん&飲み会の集団から!


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