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でっかい俺とちいさな君  作者: 遠野 雪
第三章 目指すのは
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「あの子も、いつもは普通なんだけど。お目当ての男の子の前だと、あんなふうになっちゃうのよねぇ」

少し離れた席に移ったあと、佐倉さんは頬杖をつきながら向こうで飲む宮森さんを見た。

佐倉さんに退かされた後、ちゃっかりと他の目当ての男性社員の隣を陣取ったようだ。

さっき俺の横にいた状態と同じ模様が、繰り広げられている。


……な~む~


なんとなく宮森さんのターゲットになった男性社員を内心拝みながら、佐倉さんに顔を戻した。

隣の葛西も少し緊張しているようで、酒で枯れたのかいつもより少し掠れた声を上げる。

「佐倉さん、話ってなんですか?」

早くその話っていうのを聞いて、さっさとこっちの聞きたい事を言わないと。

佐倉さんは葛西の言葉に一度瞬きをしてから、頬杖をついたまま微かに笑う。

「久坂、元気でやってる?」

どう話題に上げようか考えていた久坂の名前に、思わず葛西と目を合わせる。

すぐに質問を口にしたい衝動に駆られたけれど、そこは何とか押さえ込んだ。

「元気すぎですよ。俺たちの間では、女王久坂と呼ばれてますが」

「なぁに、それ。女王って……、あの子頑張ってんのねぇ」

俺の言葉に、くすくすと笑い出す佐倉さん。

ていうか、頑張ってるって何だ。

「女王だと頑張ってるって、そのイコール、何か間違っちゃぁいませんか?」

なかなかに、口うるさい女王ですけど。

佐倉さんは口端をあげたまま、分かってないわねぇと息を吐いた。

「あんた達が知ってる久坂って、前からそうだったの? ずっと女王さまキャラなわけ?」

「え?」


前から……?


前、と言っても、久坂とは入社後研修で一緒になっただけで、その後あっちは秘書課で俺は商管、葛西も情報処理課と見事にばらけてたから……。

各々の部署に配置されてからは、たまにやってた同期の飲みで会うくらいしか接点がなかった。


「よく分からないのが、本音です。気は強かった記憶はあるけれど、確かにここ最近の久坂とは違う気がする。そんな感じがするっていうくらいですが……」

葛西が口元に手を当てて、言葉を選ぶようにゆっくりと話す。

それを聞きながら、思わず両腕を組んで首を傾げた。

正直、俺もよく分からない。

あまりにもここ数ヶ月の久坂のイメージが強すぎて、前はどうだったかなんて聞かれても本気で分からなかった。


「久坂もね、負けず嫌いだから。自分で希望した異動先で、落ち零れるわけにはいかないと気を張ってたんでしょうね」

「え、自分から!?」

思わず、その言葉に食いつく。

遥ちゃんから聞いていたのは、文句も言わず異動を受け入れたということ。

まさか、その異動先を自分で決めてたなんて。

佐倉さんは頷くと、手元のグラスを指先で触れた。

汗をかいているグラスの表面を、水滴が落ちていく。

「嫌な事も辛い事も、全部溜め込んで自分で消化しようとするから、ずっと気になっていたのよ。田上に聞いても、負けず嫌いな子だねとしか言わないし」

水滴が、グラスの周りに水溜りを作っていく。

それを見ながら、佐倉さんは溜息をついた。

「だから、佐木くんに聞きたかったのよ。同期だから分かるかなと思って。あの子がちゃんと元気で頑張ってるか」

葛西くんは部署が違うものね、と続ける。

「飲み会に来てくれて助かったわ。会社で聞いたら、あんた達の噂に私まで巻き込まれちゃう」

「噂?」

「やぁねぇ、久坂と付き合ってるんでしょ? しかも、なんか修羅場らしいじゃない」


――あぁぁ、ここにも噂を信じてる人が……


「それ、違いますから。お願いですから、全力で忘れてください」

がっくりと肩を落とすと、あら? と首を傾げる。

「付き合ってる方? それとも修羅場?」

「どっちもです」

「えー、つまんない。そうなの? てっきりホントだと思ったから、こうやって声掛けたのに」

「久坂を心配してって……」

言ってませんでしたか、おねーさん!

「ふふ、それはそれ。なんだぁ、ならもういいわ。まぁ、久坂も周りに噛み付く元気があるなら、まだ大丈夫。でもちゃんとフォローしてあげてね?」

そう言って立ち上がった佐倉さんの手首を、慌てて掴む。

「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ」

いい逃げはないでしょ。

勝手に納得して終わりにしないでくれっ。こっちは聞きたいこと、一つも聞いてないっ!


手首を掴まれた佐倉さんは一瞬目を見開いたけれど、すぐに余裕顔に戻る。

「何? 浮気?」

「前提として、浮気は無いです」

付き合ってる人、いないから。

ふふふ、と口元が綺麗に弧を描く。

「じゃぁ、外で話しましょうか。葛西くんも、それでいい?」

「あ、はい」

すぐに葛西が立ち上がる。

なんでそんなに反応早いの?

その行動に首を傾げたら、笑みを浮かべた佐倉さんと目が合った。


「ねぇ、佐木くん。私、噂に彩りを添える気はないんだけど?」

「いろどり?」

意味が分からず聞き返す俺を一瞥して、その視線が周りに向く。

それにつられて顔を動かすと、佐倉さんの言葉が理解できて思わず手を離した。

「こわっ」

思わず声に出てしまったことは、許して欲しい。

射るような視線を向けてくる宮森さんの顔が、めちゃくちゃ怖かったんだぁっ。

心臓が恐怖で縮むんじゃないかと言うほど、ばくばくと動き出す。

ぎしぎしと音を立てそうなくらいぎこちない動作で顔を戻すと、目の前に葛西が鞄を置いた。

その顔はとっても面白そうな表情をしていて、ご愁傷様、と声を出さずに伝えてくる。


こいつ、殴ってイイデスカ? 


葛西を睨み上げていたら、既に帰り支度を終えた佐倉さんが威圧感満載のステキな笑みを浮かべてらっしゃいました。

「さ、行きましょうか?」

言葉は普通なのに、何で底冷えするような恐ろしさを醸し出せるんですか?

それは、秘書課の必須項目なんですか?!

「……はい」

頷きながら立ち上がると、なるべくさっき見た方向に顔を向けずに外に出た。




あぁ、明日が思いやられる……


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