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でっかい俺とちいさな君  作者: 遠野 雪
第三章 目指すのは
30/40

ここの事業部に来るまで、本店の商品管理部……取扱商品の品質管理……に入社後二年間在籍していた。

久坂が異動前、最後に担当したその会社は本店の中でも最大手の取引先。

卸会社を通さずにメーカー直で取引することが増えているけれど、雑貨を取り扱うにはメーカー直のやり方は結構大変。

細かい商品を大量のメーカーが別個に物流センターに納品してしまうと、物流が混乱するだけじゃなく店舗への納品が大変な量になってしまう。

まぁ、服とか大きいものならそれでもいいけど、例えばシャーペンや消しゴム、マスク等々を個別にメーカーが納品するんじゃ物流センターに行列が出来ちまう。


それを解消してくれるのが、卸会社なわけで。

特にこの会社は本店商品の三割強を、たった一社で品質管理も含めて取り扱ってくれているから本当にありがたい会社なのだ。

商管にいる時、この会社から提出されてくる品質管理報告書をよく受け取っていたから覚えてる。

たまに、視察とか行ったしね。


「でもあそこの担当もそこまで横柄じゃなかったけどなぁ、何があったんだかねぇ」

スケジュールには相手先社名とイベント名、次席専務の当日の役(主賓挨拶)がシンプルに書いてある。

こんなたった一行にも満たないもので、久坂は飛ばされたってか……。

「なんでかなー、つーか二週間待ったのにこれしか分かんねーのかよー」

後ろに放っておいた椅子に、腰を降ろす。

葛西は身体を戻しながら、仕方ないだろと苦笑した。

「社内秘じゃないとはいえ、半年近くも前のスケジュールなんか見てたら疑問に思われる。つーか、窪田主任なら大いに勘繰る」

「そりゃ、な」

そう言って辺りを見渡した。


無人です。

俺ら以外、誰もいない。


遥ちゃんから話を聞いた後、とりあえず当たりを付けるために久坂のスケジュールを調べようとしたけれどまったくもって分からなかった。

久坂や上司が秘密にしている事を調べるのに、社員のいる昼間に堂々とするわけにも行かず。

その上秘書課に知り合いがいるわけでもなく、久坂に聞いても当たり前だけど言うわけがない。

そこで気付いた。

四月決算のうちの社は、棚卸に合わせて葛西のいる情報管理課もPC上の書類整理等々をするのだ。

その時に調べることにして、二週間我慢してたのに。

そして今日、夜勤の葛西が一人になるタイミングを見計らって、調べていたんだけど。


「あぁ、遥ちゃんが遠のいていくー」

溜息をつきながらぼやくと、葛西は開いていた画面閉じる。

「遥ちゃん的にはいいんじゃない? 変態の毒牙に掛からなくて」

「お前、何気に酷いな」

「で?」

ひねた顔を向けたら、葛西に聞き返されました。

なによ。

「でっ、て?」

鸚鵡返しのように問い返すと、葛西は眼鏡を外して机に置いた。

裸眼で俺を見るその目は、なぜかとても強く。


「この後どうする?」

あぁ、そういうこと。

つーか、何気にその目、怖いですよ葛西君。

「そーさなー、とりあえずこのイベントの時に何があったか調べる。あと、相手先の担当者な」

「先が長いな」

「まぁね。でもバレないように行動しないと、迷惑掛かるからな。会社にも次席にも久坂にも」

俺の言葉に、葛西は目を瞑って息を吐き出した。



眉間に皺を寄せて目を瞑る葛西を盗み見ながら、頭に浮かんでいる“一つだけある方法”を口にしようかどうか考えてみる。

効率よく情報を得られる&口を滑らせる確率の高い場。

そこまでいえば、皆分かるよね?

しかも男女比でいうなら、後者の方が多い方が何かと都合がいい。

社内のことは、絶対男より女の方が知ってるわけですよ。


でもねぇ、葛西ってそういう集まり、俺以上に出席しないんだよね。


どうしようか考えつつも、脳裏にちらつく遥ちゃんの姿。

うん、ごめんな葛西。

俺は友情より愛情を取る。




「葛西、一つだけ調べようのある場があんだけど……、お前、行く?」








「やだぁ、佐木さんってばぁ」

「あははははは」

「……」

最後の無言は、葛西です。

やぁ、こんばんは。あ、こんにちはかな? おはようかな?

あ、大丈夫。

前と話は繋がっているからね? 確認しに上にスクロールしなくても大丈夫だから!


「宮森さんて、受付長いんでしょ? 話し上手だね」

「えー、そんな事無いですぅ」

「……」

ごめん、しつこいけど最後の無言は葛西だから。


隣にいるのは、受付嬢の宮森さん。

あれだよね? 前に葛西と久坂が食堂でしゃべってた、あの受付のっていう……。

口調が、そっくりだもんな。

二十四歳、彼氏募集中。……らしいよ、さっき言われたけど。

反対側の隣にいるのは、ものすっごく機嫌の悪い葛西。

まぁな、うん、分かるよ。

俺もきっと、目的なかったら逃げるし?


隣からの無言のプレッシャーを感じながら、宮森さんにビールを注ぐ。

「宮森さん、カクテルとかサワーじゃなくていいの? ビール、飲むねぇ」

さっきから何杯目だ、これ。

彼女の手に握られているのは、実はさっきまで俺が飲んでいたグラス。

いつの間にか両手で握られていたので、取り戻すのは諦めた。

今更返されても、それで飲む気しないし……。

だって、凄いよ。真っ赤な口紅の跡が。

今って、グラスに残らない口紅ってあるんじゃないの?

わざと? これ、わざとか?



宮森さんはその真っ赤に口紅のついたグラスを両手で握って、注がれたビールを口に流し込む。

すげー

飲むんじゃなくて流してるよ、これ、喉に流し込んでるよ。

いくら女の子好きでも、無理。俺、全力で拒否るからっ。


そんな俺の内心も知らず、宮森さんは半分以上のみ干したグラスを持ったまま、俺の腕にしな垂れかかる。

うわぁお、俺に何か期待してますか?

俺の期待とは違う期待をしてますか!?

「でもぉ、佐木さんがぁ来てくれるなんてぇ。凄く嬉しいですぅ」

「ははは、たまにはね」

俺はぁ、嬉しくないですぅ。今すぐ逃げ出したいですぅ。

愛想笑いを浮かべながら、新しくもらったグラスでビールを飲んだ。




あの後、葛西に提案したのは“社内の飲み会”への参加。

そうすればいろんな人来るし、酒の席だから口が滑るかなーとか思ったんだけど。

いくつか誘われてはいたんだけど、面倒だから断ってたんだよね。

葛西は物凄く渋っていたけど、他に手がないと悟ったのか頷いた。

で、うちの田上さん……彼女なし独身二十九歳、と、後輩に自虐してた先輩の田上さん……に、それとな~く聞いてみたわけですよ。

だって、合コン好き。

口調とか雰囲気から見えないけど、合コン好き。

てーか、飲み会が好きなんだけどね。


そしたらまぁ、早い。

さっさと希望者募って、飲み会開催。

すげぇよ、バイヤーの手腕だけじゃないよ、コノヒト。

ただいつも来ない、俺とか葛西が来たから人が増えたみたいだけど。

あはははー、皆、俺が変態とか呼ばれているの知ってるかい?

知るわけないか。


その後もいくつか飲み会に参加して、実は今日で三回目。

ほとんど情報を手に入れられなかったから、今日こそはと思ってきたんだけど――




思わず息を吐き出しながら、俺にもたれる女性に目を向けた。



「佐木さんはぁ、やっぱり久坂さんと付き合ってるんですかぁ?」


その口調ぉ、つかれなぁい?

なんだか頭の中に蓑虫でも這い出しそうな気持ちになりながら、やんわりと宮森さんから離れる。

「付き合ってないよ。久坂は同期で同僚。頼もしいけどね」

つっか、俺、もー限界。

頼む、誰か隣変わってくれ。

引き攣った笑いを浮かべながら葛西を見ても、あっさり無視。


その時、俺と宮森さんの間にビールジョッキがドンッと置かれた。

びくつきながら顔を上げると、見たことのない女性が一人。

はいごめんねー、と間に入り込んできた。

「ちょっ、佐倉さん。なんなんですかぁ」

怒るときもそれかい、という言葉遣いで、宮森さんが非難の声を上げる。

けれど佐倉さんと呼ばれたその人は、にっこりと笑うと冷たく言い放った。


「ちょっと向こうに行ってなさい」


うわぁ、カッコイイよコノヒト!



内心拍手喝采を送っていたら、宮森さんを追い払った佐倉さんがくるりと俺に振り返った。

「佐木君に話があるのよね、葛西君も。二人とも、ちょっといいかしら」

綺麗に弧を描いた目は、笑っているのに笑ってない。


「えっと……」

どちら様でしたっけ? と、なんとか笑みを貼り付けながら葛西に視線を向ける。

けれど葛西も怪訝そうな顔をしているのを見ると、やっぱり知らないらしい。

視線を佐倉さんに戻すと、目のあった彼女は笑みを深くした。


「佐倉 美奈子、秘書課勤務。あなたたちより二期上よ」

「秘書……課」




……目的の人が、向こうからやってきた!



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