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よく見れば、OLがきているようなスーツを着ている。
フレッシャーズじゃなくて。
ちっちゃいけど、それなりの年齢でOLなのだろう。
しかしパンツルックなのが惜しい、女の子なら足を見せ……いやいやいや
脳内思考が違うところに行きそうになって、こほん、と咳払いをしてみる。
「いいよ、ホント。それより、君も仕事じゃないのか? 遅刻しない?」
俺の言葉に、ちらりと時計を見て困ったような顔になる。
「でも……」
う~ん、強情だ。
「あ、じゃあさ。今日の夜、お茶でも付き合ってよ。この駅で集合。どう?」
「え?」
「ほら、俺の会社の近くだから知り合いいっぱいいるし。だから変な事できないし?」
「お前、変なことってなんだよ」
葛西の突っ込みを流して、困っているその子に、にこりと笑いかける。
「はい、無理しない。別にお詫びも何もいらないから。じゃあね」
そう言って、返事を待たずにさっさと歩き出した。
葛西が一歩遅れてついてきながら、へぇ、と呟く。
「女の扱いに、慣れておいでで」
「つーか、子供の扱い。俺、年下従妹が多いんだよねー」
葛西と話しながら改札を抜けようとした時、今日何度目かの後ろからコートを引かれて立ち止まる。
驚いて振り返ると、さっきまで目の前にいた子。
俺たちに追いつくのに走ったのか肩で息をしながら、俺のコートのポケットに何か突っ込んだ。
「今日の夜、この駅で待ってますっ。都合が悪かったら、連絡くださいっ!」
「え?」
俺が驚いている間に、失礼しますっと言うと、その子はホームへと走っていってしまった。
呆気にとられながら後姿を見送ると、葛西と顔を見合わせる。
「いや、なんていうか生真面目な……」
思わず呟きながら、改札を抜けた。
「だな、別にコートくらいねぇ」
葛西が相槌を打つのを聞きながら、会社へと行く途中にあるクリーニング店に入った。
「おばちゃん、これお願い」
着ていたコートを脱いで、カウンターに置く。
会社近くにあるクリーニング店は、よく使う場所。
朝出せば夕方出来る、優れもの。
これもあって、さっきの子の申し出を断ったんだけど。
「はいはい、あらまぁキスマーク」
人のよさそうなおばちゃんは、噂話好きが玉に瑕。
ちゃんと、説明しておきましょう。
「電車で着いちゃって。取れる?」
コートに入れていた定期をスーツの内ポケットに入れながら、おばちゃんに尋ねる。
おばちゃんは大丈夫、といいながらポケットに何も入っていないか確認していた。
一度、キャラメル入れたまま出して怒られたなぁ。
おばちゃんはポケットに突っ込んでいた手を引き出すと、その指先に挟んだ紙切れを見てにやりと笑う。
「やるねぇ、はるちゃんてば」
「はるちゃん、止めて。って、何?」
俺の名前は、佐木悠斗。ちょっとカッコイイ名前に思えるが、見た目はただのごついおっさんだ。
いや、一応二十七歳でおっさんの部類にはもう少し入れないで欲しいわけなんだけど。
……じゃなくて。
おばちゃんの指に挟まれた紙切れに目を落とす。
「あ」
それは、一枚の名刺。
おばちゃんの指先から引き抜いて、見つめる。
藤村 遥
会社名と肩書きの後に、そう印刷されていた。
そういえば、さっきの子、コートのポケットに何か入れてたな……。
「んじゃ、夕方取りに来るから。よろしく」
「はいよ、はるちゃん」
「はるちゃん、やめてー」
そんなやり取りをしながら、クリーニング店を出る。
少し肌寒いけど、まぁ大丈夫。
会社へと歩きながら、手に握ったままの名刺をもう一度見た。
「お詫びしたいって気持ちは分かるけど……、警戒心、薄すぎないか?」
初めて会う人間に、名刺を渡すなんて。
驚きとともに、俺はそんなことを考えていた。




