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でっかい俺とちいさな君  作者: 遠野 雪
第二章 合わせるのは目線
27/40

17

しんとした室内。

いつまでこんな状態だろうと内心考えながら、遥ちゃんをじっと見る。

考え込むように口元に手を当てて、どうしようかとずっと迷っているらしい。

それはそうだよね。

自分が酔ってる時に口走った事をもとに、話されちゃぁ。

その時の久坂の反応を見たわけじゃない。

勝手に話していいものか、悩んでいるんだろう。



しばらくして遥ちゃんは、ゆっくりと顔を上げた。

「……本当に久坂先輩の事、知ってるんですか?」

「知ってるよ」

俺の言葉を聞いて、深く息を吐き出した。

「そうですよね、会社で言えないから私にだけって言ってたの、鵜呑みにしてましたけど。そんな事、無かったってこと……ですよね」

ははは、と軽く笑う彼女の表情は少し寂しそうな色を帯びていて。

申し訳ない気持ちが膨れ上がる。

「まぁ、簡単にしか聞いてないし、遥ちゃんの方がよく知ってるんじゃないかな」

いや、ホントは何も知らないんだけどさ。

そんなことはおくびにも出さず、笑みだけを貼り付ける。


遥ちゃんはそうなら少しは嬉しいですけど、と手元のグラスから水を一口飲んだ。


「ずっと相談を受けていたから、久坂先輩の気持ちは……少しなら分かっているつもりです。あんな事されて、先輩も辛かったと思います」


……あんな、こと。

指示語じゃ、分からない……。

項垂れそうな気持ちを何とかとめて、そうだよね、と呟く。

「俺もそう思うよ」

無難に口にすると、遥ちゃんが頷いた。

「そうですよね。まさかお見合いを断っただけで、部署を飛ばされるなんて」

――

一瞬、動きが固まった。

お見合い?!

久坂に、お見合い?

叫びそうになる口を、おかしくない動きで片手で隠す。


「まさか、久坂にそんな話が来るとは思わなかったよな」

ダメだ、ありえない理由に挙動不審になりそうなんだけど。

遥ちゃんは俯けていた顔を上げて、じっと俺を見た。

「そうですよね。まだ若いのに」

「だね」

知ったかぶりで頷いた俺に、爆弾が投下された。



「やっぱり佐木さん、嘘ついてるんですね」



「だ……えっ!?」

少し目を細めていた俺は、思いっきりそれを見開いて彼女の目を見返す。

俺を見る、遥ちゃんの目が怖い。

「久坂先輩が異動した理由は、そんなものじゃありません。とてもくだらない理由で、先輩一人のミスにされたんです。お見合いなんかじゃありません」

「え……、ちょっ……」

焦ったように口を開くも、言葉は遮られる。

「本当なのかどうか分からなくて鎌掛けてみたんです。上手く釣り上げられてくれましたね、佐木さん」

「そんな……遥、ちゃん」

え、嘘だろ? 

何もいえず口を開いてぽかんとしている俺を見て、遥ちゃんは目を細めた。

「そこまで素直だと、思いました? ふふふ、佐木さん、私のこと鵜呑みにしすぎです」

そう笑う遥ちゃんは、悪戯が成功したような何か耐えているような複雑な表情で、微かに笑うと口を閉じた。




「……その」


しばらくそのまま黙っていたけれど、いたたまれなくなって俺は口を開いた。

けれど上げた視線の先の遥ちゃんは、寂しそうに目を伏せていて出かけた言葉を飲み込む。

騙そうとして、ダマサレタ。

簡単に言えば、そういう状況なんだろう。

けれどどちらの方に悪意が多いかといえば、確実に俺の方だ。

遥ちゃんは自己防衛したに過ぎない。

「遥、ちゃん」

何をいっていいか分からずに、名前を呼ぶ。

すると伏せていた目を上げて、俺を見た。


「それを知って、佐木さんはどうするつもりなんですか?」

「え?」

「久坂先輩のこと、聞いて佐木さんは何をするつもりなんですか?」

よどみなく問いかけてくるその声に、俺も口を開いた。

「前に久坂に話を聞こうとしたけど、あいつは答えてくれなかった。けれど、周りは面白おかしく久坂の異動理由を噂していて。でも、誰も真実を知らない――そんな時、君に言われたんだ。“なぜ、先輩を助けてあげなかったんですか?”って」

決して、疚しいことじゃない。

久坂の異動の理由を聞きだそうとしたのは、あいつに悪意を向けたわけじゃない。

それを、それだけは分かってもらいたかった。


「俺達は、同期で同僚で。入社時から久坂を知ってる。気が強くて前向きで、少しの事なら笑い飛ばす奴だ。

そんな久坂が、助けて欲しいくらい辛い事があったのかと思ったら、どうしてもそれを知りたくなった。

俺達なりに、何か出来ることがあるかもしれないから。

ただ本人が口を開かないなら、他の、事情を知っていそうな人に聞くしかないと、そう思って――」

「白羽の矢が私、ですか」

「……はい」

項垂れて、頭を下げる。

そうだよな。

どんなに言いつくろっても、騙そうとした事実は消えなくて。


今までこんなことは、結構してきた。

相手にばらす事もあるし、ばれる事だったある。

そういう時は、大体笑い飛ばされるか怒られるか、どちらかだったんだけど。

こんなに、静かに、話されることは無くて。

どうしていいのか分からない。


さっきまで子供っぽく可愛らしかった遥ちゃんが、なんだか大人びて見える。

そういえば、昨日はほとんど酔って話していたし、さっきもその事を謝るので頭の中がきっと精一杯だったのかもしれない。

だから、あんなに余裕のない態度だったんだろう。

考えてみれば、電車で初めて会った時、さっきみたいに叫んだりしてなかった。

冷静に俺を改札階の人の邪魔にならないところまで連れて行って、謝ってくれていた。

ここ二日間でイメージする遥ちゃんなら、きっとホームに降りた途端、周りも見ずに謝っていたし叫んでいただろう。



読み間違えた。

遥ちゃんの、性格。



「ごめん」



頭の中で、懸命に考えて考えて、考え抜いてでた言葉は、これしかなかった。


「久坂の事は、自分たちで調べるから。巻き込もうとして、本当に申し訳なかった」

「佐木さん?」

問い返してくる遥ちゃんの言葉を遮る。

「ごめんね」

それしか、いえない。

「佐木さん」

それでもなお、俺の名前を呼ぶ彼女に視線を向けた。

「昨日、久坂先輩と一緒にいらした時、仲いいんだなって思いました」

……仲がいい?

ふと考え込んで、それから口を開く。

「まぁ同期だし、同じ部署で机隣だし。仲がいいというか、虐げられてる気はするけど」

「久坂先輩が、好きなんですか?」


――クサカセンパイガ、スキナンデスカ?



「誰が」

「佐木さんが」

「誰を」

「久坂先輩を」



一瞬想像したものを、思いっきり頭を振って追い出す。

「ない、それはないから! 久坂は女王です」

「女王って。久坂先輩、優しいですよ?」

さっきよりはまだいつもに近づいてきたその表情に、少しほっとしながらまぁねと呟く。

「それは遥ちゃんに対してだけだよ、俺達にはそんな事ないんです」

「そうでなんですか?」

「そうなんです」

俺の言葉に遥ちゃんは少し顎に指を添えて考え込むと、ゆっくりと顔を上げた。


「久坂先輩、相手先のミスを押し付けられて秘書を解かれたそうです」

「へぇ、そうなんだ……って、え!?」

あっさりと言う遥ちゃんを、呆けた顔で見つめる。

「え? ちょっ、その……遥ちゃん?」

「細かいところまでは聞いてませんが、文句を言うことが出来ない取引先だったらしくて。ただ、その所為で担当していた上司に迷惑をかけたということで、異動が決まったそうです」

驚く俺の前で、たんたんと言葉を紡いでいく。




「異動については、久坂先輩、何も言わずに受け入れたって言ってました。私が知っているのは、これだけです」





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