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でっかい俺とちいさな君  作者: 遠野 雪
第二章 合わせるのは目線
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16

性格がばれる前に他人にばらされるって、結構痛い事だと思いました。

せめて、気付かれるまでは男っぽく思って欲しかったよ。

思考は乙女、それを受け入れられてしまったこの状況。

……お願い、少しは否定してくれ。


「いけませんね、身長で判断される事を嫌がっているのに」

「……いるのに、何?」

とりあえず、聞き返してみる。

なんか、言われる事想像つくんだけどさ。一応ね……。

遥ちゃんは申し訳なさそうに眉尻を下げると、じっと俺を見た。

「その……男らしい方かと思ってましたが、考え方はじょせ……えと……夢見が……じゃなくて、えーと……」

懸命に俺に気を遣って当たり障りのない言葉を捜そうとしているのが、もろ分かりで。

思わず苦笑する。


ていうか、普通に乙女思考って言われた方がまだいいや。

女性らしいと夢見がちとか、初めて言われる言葉なんですけどね、遥ちゃんよ。


なんとか言葉を探そうとする遥ちゃんを、片手を振る事で止めた。

「あぁ、もういいから。こんなガタイのいいおっさんが、乙女思考って笑えるだろ? 認めるよ、あー認めるさ」

ははん、と続きそうになった言葉は何とか飲み込んだ。

そこまでしたら、自分が切ない。

「言い訳だけどさ。中高って部活に明け暮れたから、まともな青春してこなかったんだよ。汗臭い男共に囲まれて、体力勝負の体育会系部活には潤いの一つも無かったわけだ!」

「えっ……はい?」

つい拳を握って、自分の思いを主張してみる。

「大学に入ればっ、とか思ってみたけどやっぱり部活に明け暮れた俺に、そんな爽やかなものはやってこなかった! それを今取り戻そうとして、何が悪い! いや悪くないはずだ! 文句がある奴出て来いっ……」


「――」


思わず握った拳を天井に向けて振り上げようとして、なんとか止めた。

呆気にとられたように口を開いて俺を見る遥ちゃんと、ばっちり目が合ったから。

ゆっくりと拳を解いて、場の空気を誤魔化すようにグラスに口をつける。

俺、久坂の事を聞きに来たはずなのに、何がどーなってこんな話してるんだ……?

空いている手で頭をガシガシとかくと、深く息を吐いた。


「あのね、遥ちゃ……」

「ぶふっ!」


――ぶ・ふ?


顔を上げた俺の視線の先には、口を押さえて苦しそうに笑いを堪える遥ちゃんの姿。

俺と目が合うと、懸命に口元を手で押さえて笑いを止めようとしたけれど、反対に顔を合わせた事によって笑いが増幅されたらしい。

押さえている手の意味がまったくなくなるほどの、大笑いを披露されました。

「ちょっ、佐木、さ……もう、ダメ……、んっ……」

なんか笑い声が無ければ意味深な言葉に聞こえるとか思った俺は、乙女の上にエロですか? 

妄想癖ですか? 

あぁ、そうですか。



酔った時とは違う楽しそうに笑う遥ちゃんを見ていたら、なんだか俺まで笑えてきた。

「いいよ、どーぞ笑って。葛西や久坂にとことん笑われてるから。俺、めげないし」

「ごっ、ごめんなさっ……。でも、可笑しくて……っ」

「……あははははは!」

わざと笑ってみると、つられたのか遥ちゃんの笑い声が大きくなる。


すると控えめに襖をノックされて、俺たちは笑いをぴたりと止めた。


「すみませんお客様、少しお声を抑えていただけますでしょうか」


――調子に乗りました。


襖を開けて店員さんに謝ると、二人で目を見合わせる。

なんとなく連帯感のようなものが生まれた気がするけど、気のせいじゃなかったらいいなぁ。

なぜなら俺の今日の目標は、これから達成しなきゃいけないわけなんで。

しかも、ちょっと卑怯な手を使うつもりであって。


襖を閉めて、再び席に座りなおす。

遥ちゃんは恥ずかしそうに俯きながら、グラスに口をつけていた。




さて。頑張りますか。




「遥ちゃん」

気を取り直して、とそんな雰囲気を漂わせながら彼女を見る。

涙目になったままの瞳が、少し不安な色を浮かべた。

「なんです、か?」


……遥ちゃんの癖なのだろうか。

語尾を一度溜めて、疑問の音をのせる。

自信がなさそうに聞こえるから、あまりやらないほうがいい。




でないと――



「久坂の事で相談。やっぱりあいつ、あのこと忘れるって無理かな?」



――俺みたいな男に、騙されちゃうよ?






話して気付いた、彼女の性格。

押しに弱い。

自分に、あまり自信がない。

……さて。



一度目を瞑って、表情を作り変える。


満面のものではなく、柔らかい笑み。

何でも許容するよ? と声音にのせる。

押し付けではなく威圧でもなく、ぬるま湯のような優しい雰囲気。


てっきり俺に何か言われると思っていただろう遥ちゃんは、


「え……?」


きょとんと目が丸くなる。


「俺達も知ってはいるんだ。どうにかしてやりたいけど、あいつ、あの性格だろ? 素直に弱音吐く奴じゃないからさ」

「えと……」

久坂の名前に明らかに狼狽する遥ちゃんの表情に、内心両手を合わせてごめんなさいと謝り倒す。


まぁ、多分普通に聞いたら言わないだろうしね。


目に見えて表情が硬くなっていく遥ちゃんに、もう一度問う。

「久坂、もう大丈夫って言ってた? そんな風に、見えないんだよね」


顔に笑みを貼り付けながら、内心溜息をつく。


あぁ、嫌われちゃうかな……。

いやだなぁ……。


けれど。

昨日の帰り際、俺達を窺うように振り返った久坂と、それを見送った後の葛西の表情が脳裏にちらついて心を決める。


――知りたい。

久坂に、何が起こったのか。

同期としてそこまでする理由があるのか分からないけど、久坂が嫌がるかもしれないけど。

それでも。

真剣な表情で、俺に訴えてきた葛西。


俺も、頷いた。

けれど、知るためにどう動くか、そこで考えた。


正義漢……そこまではいかないかもしれないけれど、奴は真面目だ。

もし社内の人間に聞きに行かれたら厄介。

余計、噂が回る。


そうすると――


目の前の遥ちゃんに、焦点を合わせる。


ごめんね、君しかいないんだ。



遥ちゃんは俯きながら、視線だけをこちらに向けた。


「聞いてるんですか……? 久坂先輩に……」

「うん、だからさ」

遥ちゃんの言葉に、頷き返す。

そのまま両肘をテーブルにつくと手を組んで、そこに顎をのせた。

「昨日そんなことを遥ちゃんが口走ってたから、もしかして久坂の今の気持ち、知ってるんじゃないかと思って」

「私、そんな事を……っ」

見る間に顔色を失っていく。

口元を押さえるその手は、微かに震えていて。

俺はなんだか可哀想になって組んでいた手を伸ばして、頭をゆっくりと撫でた。

「大丈夫、内容は一つも言って無かったよ。ただ、俺達に“どうして久坂先輩を、助けてあげなかったんですか”って言っただけ」

「……すみ、ませっ」

「いや? 俺達にとっては、突破口が出来て嬉しかったし」

「……突破口?」


まだ少し震えている手を取って、テーブルに置く。

その上に自分の手を重ねて、ぽんぽんと軽く叩くと手を戻した。

「何かしてやりたくても、久坂の気持ちが分からないんじゃどうしようもないでしょ?」

じっと彼女を見つめる。


遥ちゃんは俯いたまま、テーブルに置いた自分の手を見つめていて。

どうしようって、悩んでいるのが手に取るように分かる。


でもごめんね、昨日と同じく助け舟は出せない。


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