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でっかい俺とちいさな君  作者: 遠野 雪
第二章 合わせるのは目線
24/40

15

葛西は、真面目だ。

適当に流す俺と違って、クソ真面目だ。

俺の方が突っ走るように見えるかもしれないが、実は反対。

ただ、そこまでになる事が少ないだけ。

多分、今回の事はその感情に触れてしまいそうだから、とにかく何も言わずに突っ走った事はするなとそれだけは約束させた。

状況が、分かるまで。



そんな俺が、とりあえずすることといえば……





メーカー回りの帰り、自社のある駅の二つ先で降りた。

俺のアパートまであと一駅。

直帰だから会社に戻らなくていいわけで。

手には大量の輸入菓子。

最後に寄った卸し会社で、新規開拓メーカーの菓子サンプルを紙袋一杯に持たされたのだ。

菓子だけに重くないからまぁいいけど、嵩張るから俺宛に会社に送ってくれないっすかねぇ? と一応主張してみたけど、いやーごめんねー、と一言だけで終わらせられた。

まぁ、近いからいいけどさぁ。ケチッただろ、配送費。


とりあえずそれをビジネスバッグと一緒に左手に纏めて、降りたホームの壁際に立つ。

腕時計で時間を確認してから、壁に背をつけて息を吐き出した。

先週、大体この時間だったから……


そう思いながらホームに入ってきた電車に目をやる。

ラッシュになる少し前の時間だからか、空いてはいないけどぎゅうぎゅうでもない。


こんな感じで二・三本見送ったあと。



……あ、みっけ


ホームに滑り込んできた電車が止まる間に、彼女の姿を見つけて思わず口元が緩む。

彼女――遥ちゃんは、出入り口ドア横できょろきょろと辺りを見渡していた。

まったく、なんだろう。

何か見つけた、鳥?

エサを食べている途中に、不穏な物音に気付いたハムスター?

ダメだ、苛めてぇ……


噴出しそうになるのを空いている右手を口元に当てて押さえつつ、ドアが開いて彼女がホームに降り立つのを待つ。


彼女は最後まで車内を気にしながら、ゆっくりとホームに足を下ろす。

そのまま白線の内側まで後ろ向きに一・二歩下がって、じっと通り過ぎる電車を見ていた。

俺はそんな彼女のそばに歩いていきながら、どう声を掛けようか考える。


驚かしてみるのも面白い。

けど、なんか可哀想な気もしてくる。

けど、苛めたい気分になるのはなぜだろう。


――結論

それは、彼女が彼女だから。



考える意味があったのかなかったのか、よく分からない結論を頭の中に導き出しながら電車を見送って歩き出した遥ちゃんに声を掛ける。


「遥ちゃん」


「……」


一瞬、遥ちゃんが足を止めようとしたけれど、少し首を傾げてそのまま歩いていく。


「あ、あれ?」


振り返るものだと思って足を止めていた俺は、慌てて足を動かした。

もう一度呼んでみたけど、同じ反応。

仕方なく手を伸ばしてみたけれど、遥ちゃんはすいすいと人波を縫って改札へと進んでいく。

彼女の頭はよく見えるけれど、俺はそこまでコンパクトな身体してないんで追いつけません!

つーか、すげぇな。

なんだ、あの動き。


とりあえず彼女の頭を見失わないように、人波に沿って歩いていく。

なんだかストーカーちっくな気がするが、この場合仕方ないだろう。

携帯番号、今日教えてもらえないかね。

だんだん、目が痛くなってきたんですけど。



改札をでると人波は各々の進む方に散っていき、遥ちゃんとの間にいた集団は消えた。

今日も変わらずパンツスーツを着こなして、重そうなバッグを肩にかけた彼女はまっすぐ前を向いて歩いていく。

背筋の伸びたその姿に、なんとなく今まで抱いていたイメージと少なからず違う事に気付く。

可愛くて小さい彼女は、おどおどとしているような印象を持っていた。

実際おどおどしているところなんて、最初葛西と潰してしまった日以来見ていないのに。

あぁこういうところが、彼女曰く、身長だけで可愛いとか言われたくない、に繋がるわけか。

少し離れて見ると、変わるもんだなぁ。


「さて、と」

誰に伝えるわけでもない言葉を呟いて、俺は歩く速度を速めた。

数歩で、遥ちゃんのもとに辿り着く。

「遥ちゃん」

さっきよりも少し大きな声を出して呼ぶと、やっと振り返った。

でも案の定と言うかなんというか、くるりと振り向いた彼女は俺の腹の辺りに視線が向いていて。

そこから順繰りに上げていきながら、視線を俺の顔に向けた。

小さく、あっ、と叫んで驚いたように少し後ろに下がられた。


あ、その反応、おっさんちょっと傷つく……



自分の身長が、無駄に高い事は分かってる。

その所為で、相手に無用な威圧感を与えてしまう事が多々あって。

落し物とか拾ったりして呼び止めると、結構な確立で今の遥ちゃんと同じ様な反応をされる。

遥ちゃんは少し取り繕うように一瞬目を逸らしてから、もう一度俺と目を合わせた。

その様子を見ながら、昨日の昼、久坂が言っていた事を俺は思い出していた。


――思考が乙女の癖に、視線は男って? ばっかじゃないの、視線が向いてる先くらい女にはバレバレなんだからね


確かにそうだな。

彼女の場合は顔の向きからしてそうだけど、視線の向く先って見られてるほうにはバレバレかも。


「……やぁ」


とりあえず遥ちゃんを驚かせないように、ことさら顔に笑みを浮かべて片手を上げる。

遥ちゃんは何かに気付いたように、思いっきり頭を下げた。

「きっ、昨日はすみませんでした!!」

「はい! って、うわっ」

下げたのはいいけど、その拍子に肩から提げていた鞄の中身がアスファルトに投げ出される。

慌てて手を伸ばしたけど、押さえられたのは数冊の本のみ。

細かいものは、音を立てて道路に転がった。


「あぁっ」

遥ちゃんは俺の声にびくりと身体を震わせてから、自分の惨状を悟ったらしい。


慌てて散らばったものを拾おうと、腰を屈め……


「……遥ちゃん……」


「あぁぁぁ……」


……たから、斜めになった鞄からまた物が零れていった。





「あの、本当にすみません。ご迷惑掛けてばかりで……」

「いやいや、こちらこそ驚かせちゃって……」


昨日と同じ居酒屋……は勘弁してもらって、遥ちゃんのアパートから少し離れた居酒屋に案内してもらった。

さすがに久坂に見つかったら嫌だしね。

ただ、個室があってナイショ話が出来るトコ、と可愛らしく伝えてみたらだいぶ警戒されているみたいだけど。

毛を逆立てた猫と言うよりは、逃げる寸前のチワワとかそんな感じ。

襖の傍に座っているところからして、なんだか怯えられていますかね? 俺。


内心だいぶ失礼な事を考えながら、ノンアルコールサワーなるちょっと洒落たものを頼む遥ちゃんを見る。

昨日、酔っ払った事を反省しているみたいだ。

ちなみにさっき電車の中できょろきょろしていたのは、俺と葛西を探していたんだそうだ。

謝ろうと思って。

うんうん、いいことだよ。

人は失敗して学ぶわけですよ。

俺なんて、失敗だらけの人生だからね。

お前の存在自体が失敗作だって、久坂には言われそうだな……



「あの、佐木さん?」

おずおずと話しかけてくる遥ちゃんの声で、現実に引き戻される。

「あ、ごめん」

幾度か瞬きをしてから後頭部をかくと、遥ちゃんがそれでもまだ引き攣った表情のまま笑う。

「久坂先輩の言うとおりですね」

「は? 久坂、俺たちのこと何言ってたの?」

どーせ、変態を連呼したに違いない。

俺の苦々しい顔を見て、遥ちゃんは否定するように小さく手を振った。

「悪い事じゃないですよ? ただ、佐木さんは話している途中に……その……自分の考えに浸ることがあるって。今日、途中まで一緒に会社に行ったものですから、そんな話を……」

あぁ、きっともっと悪辣な言葉を使用したに違いない。

懸命に言葉を選んで話す彼女に、苦笑い。


話している途中に運ばれてきたビールに口をつけながら、さてどこから話そうかねと逡巡していたら、グラスをテーブルに置いたまま遥ちゃんが頭を下げた。

「あの、久坂先輩から窺いました」

「ん? 何を?」

まさにその久坂先輩のことについて聞こうと思っていた矢先だったから、少しどきりとしながら先を促す。

遥ちゃんは俯き加減でいた頭を、思いっきり下げた。

その際小さくテーブルに頭をぶつけた音がしたけど、彼女は気にも留めず口を開いた。


「昨日、酔っ払って凄い迷惑をお掛けしたそうで! 本当にすみません! ちょっと記憶が曖昧で、ホント恥ずかしいったらもう!」


……あぁ、それね。


思わず“私は、遥、です。遥。分かりますか?”と無邪気に聞いてきた顔を思い出して、口元が緩んだ。

が、ばれないようにそれを引き締めて、柔らかい笑みを口元に浮かべる。

「あぁ、いいよ。別に。君へのペナルティーは、既に実行済みだからね」

「ペナルティー、ですか?」

曖昧でも覚えている箇所があるらしく、少し警戒したような声音に変わる。

それを見ながら、にっこりと笑った。

「遥ちゃん」

「は?」

俺が名前を呼ぶと、少し頬を赤らめて眉を顰める。

「遥ちゃんって呼ぶ事、これが俺ら三人からのペナルティーね」

「それで、さっきから名前呼び……。どうしたんだろうって、実は思ってて」

「でも、名前で呼んでっていったの、遥ちゃんなんだけどね」

「うぇっ!?」

安心したようにグラスを持ち上げようとしていたその手が、止まる。

音がしそうなほどぎこちない動きで、俺を見た。


「私、が。そんな事を?」

信じられない、と内心零しているだろう遥ちゃんに向かって、深く頷く。

ここは勘違いしてもらっちゃ困るからね。

「そう。ホントは遥って呼べと、命令されましたけど?」

「うぁぁぁぁっ」

両手で耳を塞いでテーブルに突っ伏すと、声にならないうめき声を上げた。

「しかも、なんか孝兄さんに似てるとか言って、にへら~と笑ってましたけど?」

「いぃぃやぁぁぁっ」

いや別に、そこは悶えなくてもいいところでは……

……あれか? 箸が転がっても可笑しいってこんな感じか?

ちょっと面白くなった俺は、次々と囁いてみる。

「帰り途中、お腹すきました~とか」

「あぁぁぁ」

「久坂先輩、引っ越しちゃうの寂しいとか」

「やぁぁぁ」

……これ、どこまで続けられるだろう。

ホント、俺って馬鹿かもしれない。

やべぇ、面白れぇ

「しかも、遥って呼べって命令しといて、呼んだら速攻寝ちゃいましたけど」

「わすれてぇぇぇっ」


――


そこで、ちょっと悪戯心が湧いた。

調子に乗った。思いっきり。

「俺の事、好きって言ってましたけど?」

「いやぁ……、あ……え?」

それまで叫び倒していた遥ちゃんが、がばっと顔を上げて俺の顔を見た。

その目は、まん丸に開かれていて。

一瞬の後、真っ赤に変わった。


「あれ?」


驚きに見開かれた目と、真っ赤な顔。

思わず、俺の顔まで引きづられて赤くなる。



「……」

「……」



こ、この反応は考えていなかった……っ。

凝視してしまった自分。

えっと、ここからの脱出方法……!


なんとかゆっくりと視線を引き剥がして、口角を上げる。

ことさらにこやかな声で、ははは、と笑ってみた。


「なんだー、酔っててもちゃんと覚えてんだなぁ。そこで頷いてくれたら、俺的ラッキーだったのに」

「え?」

ラッキー? と、俺の言葉を繰り返す。

「そ。電車で何回かしかあってないけど、ほのかな恋心が~みたいな? って、数回じゃそんな事あるわけないか!」

あははははと軽く笑い飛ばすと、頬の赤みが引いてきた遥ちゃんは少し呆れたような笑いを浮かべた。


「……久坂先輩が言ってたように……、脳内思考は乙女なんですね……」


「……」





久坂ぁぁぁっ!!



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