佐木的バレンタイン脳内妄想
「おはようございます」
「はよー」
すれ違う同僚に声を掛けられて、挨拶を返す。
昨日夜遅くまでDVDを見てしまった俺は、ほぼ寝ている頭をなんとか起こして五階の商品部ブースに辿り着いた。
「……なにこれ」
机に積まれている、箱という箱。
ちっちゃいのから大きいのまで、ざっと数えて二十個以上。
つい呆気にとられて立ち止まるのは、仕方ない事だと思います。
「何って、バレンタインじゃん。凄いねぇ、佐木ってば」
通路を挟んで向こう側に座る井上さんが、叩いていたキーボードから手を外して頬杖をしながらのほほんと笑う。
その声に、隣の田上さんまでこっちを見た。
「いやー、朝からどんどん増えてるんだよね、それ。今のところ、二十五個」
「数えたんですか、暇人な」
とりあえず邪魔なので、横にずらしてPCを立ち上げる。
田上さんは心外なといいながら、井上さんを見た。
「だってなぁ、来た時に五個あったのは見てすぐに分かっちゃったし。さっきからいそいそと女性社員が置きに来れば、ついつい人数が頭に入ってしまうのは仕方なかろう」
なかろうとかいわれても……
コートを脱いで椅子の背にかけると、それに腰掛ける。
そのまま視界に箱の山が映ったけど見る気にもならず、引き出しから紙袋を出して丁寧に、でも迅速に全て突っ込んだ。
「うわー、女も男も敵に回しそうな扱いだな」
井上さんがぱちぱちと目を瞬かせながら言ってくるもんだから、俺はなんとなく居心地悪く口を開いた。
「気持ちは嬉いっすよ、いやマジで」
嘘くさいという表情をされて、慌てて後半部分を強調する。
嬉しい。うん、嬉しいんだよ。
でも――
大きく息を吐き出しながら、胸の上部分を右手で摩った。
「ここしばらく、チョコとクッキーは見たくないって言う俺の気持ちも分かってもらえませんかねぇ……」
その言葉に、あぁ……と微妙な空気が流れた。
何度も言おう、俺の担当はステーショナリーだ!
そして、菓子だ!
二月十四日、それは確かに男にとっちゃ勝負の日かもしれない!
(いや、女性にとっても勝負かもしれないけどね? でも、もらえるもらえないって言うのはあげるあげないより、きつい事だって分かってもらえる?)
けど、俺にとってはすでに勝負が終わっているのだ!
菓子バイヤー。それは、バレンタインやホワイトディも担当として範疇になっているわけで!
店に展開する商品は、五十種類はくだらないわけで!
それを全部決めるのは、俺であって!
周りにも頼むけど最終判断するのは俺だから、全てを試食しなければならないわけで!
しかも、バレンタインとホワイトディ、同じタイミングで決定発注するわけで!!
要するにこの時期、大量にチョコやクッキー、はたまたマシュマロ等々を食した後なわけなんですよ。
胸焼けするほど、カロリーを摂取したわけなんですよ。
二十五歳過ぎると、増えた体重を落とすのは至難の業なんですよ、若人よ。(個人談)
もうね、見るだけで吐きそう。
井上さん達はそんな俺の状況を察してくれたのか、まぁねぇと呟く。
「お前の状況知ってる社員は、チョコとか渡さないもんな。義理でも」
そう、その通り。
商品部のあるフロアには、数人の女性社員がいて。
彼女達は、義理堅くもフロア全員の男性社員に義理チョコをくれる。
その際、俺には皆と違うものが配られるわけです。
義理せんべい~(某猫型ロボット的セリフ口調)
毎年いろんな味をくれるから、結構楽しみにしていて。
今回は、胡椒せんべいだそうだ。
机においてあるそれを、胸焼けを追い出そうとじっと見つめる。
そのしょっぱみが……、その辛さが最高だよね……
「つーか去年まではこんなに無かったのに、何で今年から?」
そう首を捻ると、井上さんは苦笑しながら俺を見ていた視線を横にずらした。
そこは久坂のデスク。
「男所帯の商品部に、女性社員が来たからだろ。しかも、お前と同期」
「あー、そういうことですか? つーか、久坂とどうこうなろうとかまったくもって考えられないですけどねー」
久坂と付き合うくらいなら、葛西と付き合う!
あ、性別で無理か。
「おはようございます。今、私の名前聞こえましたけど、なんですか?」
「うわぁお、たいむりー」
思わず呟いた俺に、冷たい久坂の視線がグッサリ突き刺さる。
痛いんですけど、こいつと付き合うとか、命のやり取りな気がするんですけど。
井上さんはそんな俺達を見ながら、佐木の足元見てごらん? と久坂に言った。
うわ、ばらしやがった――
久坂は俺との境にあるパーテーションから顔を出してひょいっと足元を覗くと、あらあらあらとおばさんみたいな反応を示した。
いや、口が裂けても言いませんけどね。
井上さんは、簡単に今の説明を久坂に伝える。
久坂の事は抜きにして。
「……佐木のそんなチョコの扱いを、久坂はどう思うのかなって言ってたんだ」
にっこり。
上手い具合に説明を終えた井上さんは、若干、一仕事終えたような充実感を漂わせていた。
……先輩にここまで気を使われる久坂って、どんだけ女王……
そんなことを考えながらキーボードを叩いていたら、久坂がおかしいわねぇと呟く声が聞こえて顔を上げる。
パーテーション越しに俺を見ながら、久坂は首を傾げた。
「脳内乙女なあんただったら、凄く喜びそうなのに。食べられる食べられないはおいといても」
「確かにそうだよな」
今気付いたかのように俺を見る井上さんと、田上さん。
「そう言えばそうだよなぁ。俺って凄いっ、的な」
俺の真似だろうか、両手を胸の前で組みながら言う田上さんにほんのちょっと殺意。
俺はキーボードから手を下ろして、三人に向き直る。
「甘いですね、三人とも」
「は? 甘い?」
聞き返してきた田上さんの言葉に、深く頷く。
「こんな風に顔も見せないで机の上においていかれたら、ドキドキもワクワクも何も無いじゃないですか!」
「へ?」
呆気にとられたように口を空けて俺を見る井上さんに、だーかーらーと声を上げる。
「真っ赤に頬を染めながらもちゃんと目の前に来て、それでも渡せない……でも渡したいっ……ていうその恥らってる姿を見るのがいちば……あれ? 皆さん、どこに行きやがりました?」
気付くと、しゃべっていたのは俺一人だった。
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――五階端にある、休憩室。
佐木の主張披露から逃げ出してきた三人は、置いてある長机に思わず突っ伏した。
「俺、あいつの考えに吐きそう」
井上は買ってきた無糖ブラック缶珈琲を田上と久坂に手渡すと、いち早くそれをあけてごくごくと飲み干す。
「だな。あれで顔がいいって、世間を舐めてるな」
田上も耐え切れないというように、身を震わせる。
「でも、あれで顔も残念だったら、一つも取り柄がなくなってしまいますしね……」
久坂は哀れな子供でも見るように、ガラス越しに見える佐木に視線を向けた。
そこにはきょろきょろと辺りを見渡して首を傾げる、見た目だけはまともな男、佐木 悠斗の姿。
――あぁ、やっぱり脳内乙女の残念な男だった……
三人の溜息が、休憩室に響いて消えた。
本編は三月の話なので、過去の話になりますが……
思いついて、一気書きしてみました(笑