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「「……」」
……なんで俺の分析は早いんだよ……
報告書の理解は壊滅的だったくせに、と内心悪態をつきながら顔を前に戻した俺は、そこに見えたまん丸なお目目に固まった。
じっと俺を見上げる藤村さん。
あまりにもじっと見られるものだから、おっさん挙動不審になりそうな感じです。
「……何?」
おずおずと聞いてみると、にへら……と笑みを浮かべられた。
その姿にどくりと心臓が音を立てる。
思わず、胸に手を当てる。
……なんだ、今の。
幾度か瞬きをしてから、もう一度藤村さんを見た。
「遥って」
「……ん?」
「遥」
にこにこと笑う君は、今、何を言っているのか分かってますか!? 藤村 遥さん!!
聞き返すと、だから、と口を開く。
「私は、遥です。遥。分かりますか?」
「……わ、分かりますが」
なんで俺まで敬語……
よく見ると、半分くらい目が閉じている。
「あ! 佐木さんも敬語使いましたね!? ペナルティーという奴ですね?」
けらけらと、楽しそうに笑い出した。
……君は酔ってるって奴ですね?
現状を理解して、思わず苦笑。
「梅酒三杯飲み干してたっけ、さっき。許容量越えたかなー」
久坂が藤村さんの飲んでいたグラスをつつきながら、面白そうに俺たちを見ている。
先に気付いて止めてくれ!
どうすりゃいいんだ、これ。
俺は、変態にも犯罪者にもなりたくないぞ!
つか、なりそうで怖いっ!
藤村さんは、にこにこと笑いながら俺を見上げていて。
さっきと形勢逆転した状態。
「遥、です」
「はい?」
「ペナルティー。呼んでください。私は、遥、です」
……名前で、呼べと。
そういうことですかね。
呼ぶくらいは別にいいんだけど、なんかすげぇ恥ずかしいんだけど。
じっと後ろで見ている、素面の同期の目線が。
目の前には、期待に満ちた藤村さん。
後ろには、同期。
――呼ぶしかないですね。これは。
「はるか、ちゃん」
呼び捨てはないだろう、さすがに。
すると藤村さんはむっとした顔をして、違うっと首を振る。
あーあー、余計に酒が回るから……
止めようとそっと肩に手を置くと、ぴたりと止まった。
「遥、です」
……はいはい、呼び捨てね。
「なんかお前ら、面白い。ウサギがクマに説教してる感じ」
葛西が面白そうに笑っていて。
つーか、俺はクマか!
あるだろう、ライオンとかトラとかもっとかっこいい奴が!
「え? サイかカバ辺りじゃない?」
てめ、久坂……
そんな会話を聞きながら、どうしたもんかと藤村さんを見下ろす。
彼女は、じっと期待の目を俺に向けていて。
可愛い子を相手にしていたはずが、酔っ払いの介抱になってきたなこりゃ。
まぁこんな状態でも可愛いけど。
俺は小さく息を吐くと、諦めて口を開いた。
「遥」
そう、呼ぶと。
にこぉっと笑みを浮かべて……
こてん、と顔をうつむ向けてしまった。
「あ、あれ?」
肩に手を置いていたから倒れる事はなかったけど、いきなり掛かった重みに慌てて肩に腕を回して支える。
すると顔がかくんと横に向いて、その表情が俺たちの前にさらされた。
ていうか……
「寝てる……」
俺の呟きが、しんとした部屋の中で響いた。