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二駅。
こんなに長く感じるとは思わなかった。
「……」
会社のある駅で電車を降りると、くんっ、とコートの裾を掴まれた。
……やっぱり、犯罪者? 俺。
掴んでいるのは、さっき葛西と潰しちゃった人。
女の子だったらしく、ずいぶんちっちゃい身長。
俺の背を分けてあげたい。つーか分けられるものなら差し上げるから、開放して欲しいんですがー。
こっち、と目で訴えかけられて何も言わずに後ろを着いて歩いていく。
隣には、葛西。
そりゃ、気になるよな。
つーか、見捨てて逃げたら仕留める。
バレーで磨き上げたアタックで、確実に仕留める。
目の前を歩くちっちゃい子に視線を戻して、息を吐き出した。
何? 殺す気かーって怒鳴られる?
死ぬかと思ったとか、泣かれる?
同じ会社の人間に、見られたくないなー
ていうかさー、ラッシュなんだから仕方なくね?
その子はホームから階段で改札階に降りると、人のあまりいない隅の方へ俺達を促していていく。
やっぱり、訴えられるの確定かよ。
こんなちっちゃいくせに、すげぇ行動力だな。
壁際まで来て、やっとその子の足が止まった。
そして、ゆっくりとこっちを振り向く。
うわー、とうとうかっ!
内心びびりながら固まっていたら、思いっきり頭を下げられて違う意味で固まった。
「先ほどは、本当にすみませんでした」
「へ?」
――すみませんでした?
想像していたものとは違う言葉が来て、脳内混乱中。
「えと、あれ?」
間抜けな言葉しか出ないが、そこは許して欲しい。
だって、犯罪者になるかもと……
その子は俺の心の葛藤をよそに、深々と下げた頭をゆっくりと起こした。
「……あの、コート、貸していただけますか?」
「は? コート?」
なんで?
え、別に逃げないよ、俺。
言い訳はするけど、逃走はしないよ。
そんな、人質ならぬ“物質”とんなくても……
「本当にすみません、クリーニングしてお返ししますので」
「は? クリーニング?」
その言葉に、ようやっと俺の目は自分のコートに向いた。
隣で葛西が、あぁ……と呟いてる。
一着しかない俺の春コートに、とても綺麗なキスマーク……
「って、うわっ」
キスマーク!!
思いっきりコートを掴んで、まじまじと見る。
よく見てみれば、目の前の子の口紅と同じ色……
その子は本当に申し訳なさそうに、もう一度頭を下げた。
「すみません、さっきにつけてしまったんです。ちゃんとクリーニングしてお返ししますので。お貸しいただけますか?」
「あ……、そういう事」
やっとつれてこられた理由が分かって、身体から力が抜けた。
「俺てっきり、犯罪者の仲間入りかと思っちゃったよ。なんだ、こんなことかー」
「よかったじゃん、佐木。いやー、ちょっと俺も焦ってた」
横で、葛西が笑ってる。
その子は眉を顰めて、犯罪者? と聞いてくるから、さっきの脳内思考を披露してみました。
聞き終えたその子はきょとんとした後、口元に手を当ててくすくすと笑い出す。
「そんな事考えていらっしゃったんですか? なんだか申し訳ないことをしました」
「その割には、笑ってるよね」
「だって、おかしいんですもの」
とめられないらしく、目を細めて笑う。
その顔が可愛らしくて、つい自分まで笑ってしまった。
「おい、和んでるのはいいけど、遅刻するぞ」
「うぇっ? あ、まずい」
腕時計を見ると、始業二十分前。
やばいやばい。
笑いを何とか収めて、その子を見下ろす。
「別にクリーニングなんていいから、あれは不可抗力だし。それより苦しかったでしょ? お疲れ様。それじゃあね」
一気に言葉を吐き出して、手を挙げる。
そのまま歩き出そうとした俺のコートが、再び掴まれた。
「誤魔化されませんっ。私の不注意ですからっ、お願いします」
あー、まくし立てて逃げちゃおう作戦失敗。
生真面目子さんだなぁ……