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でっかい俺とちいさな君  作者: 遠野 雪
第二章 合わせるのは目線
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11

「ていうかさ、久坂。お前、俺達の事変態って言うなよ。会社で言われたら、面倒くさい」

いきなり話の矛先が自分の方に向いて、久坂が眉を顰める。

「だって変態じゃない。変態を変態といって何が悪いの」

「それ、俺も入るわけ?」

葛西が突っ込むと、久坂は顔を上げて頷いた。

「変態の友達は皆変態」

なんだその、昔はやった言葉のもじりは。

「やめて。友達今すぐやめるから、よして」

葛西が無表情で手のひらをこっちに向けながら、首を振る。


藤村さんも少し強張っていた表情が緩んで、くすくすと笑い始めた。


あぁ、やっぱり可愛いなぁ

つい目を細めた俺に気付いたのか、久坂がため息をつく。

「佐木、もしかして本気ならちゃんとしてよね」

「は?」

もしかして本気?

「何が?」

聞き返すと、複雑そうな表情で別にと呟く。

意味の分からない言葉に首を捻りつつ、つまみに手をつける。


メニューを見る限り安い価格なのに、味は旨い。

いいトコ知ってるな、久坂。

いい居酒屋を知ってるって所は、女としてどうかと思うけど。



「そういえばさ、久坂」

残っていたビールを飲み干しておかわりを頼んだ後、壁に背を預けて久坂を呼ぶ。

実は、さっきから気になっていたことがあったんだよね。


葛西と話していた久坂は、何事かと視線を上げて俺を見た。

つられて葛西も、こっちを向く。

「お前、俺らが藤村さんとお茶を飲みに行ったの、見たって言ってなかったっけ? その時、相手が藤村さんだって気付かなかったの?」

さっき、藤村さんがキスマークの彼女だって気付いて、驚いてたよな。

「鎌掛けたのかよ、もしかして」

「あぁ、見たことは見たわよ」

久坂はワイングラスを傾けながら、なんでもないように笑う。

「あんた達は顔がこっち向いてたから分かったけど、前に座っていた女の子は後ろ向きだったから顔を見ることが出来なかったのよね」

「え、じゃあ見てもいないのに可愛い彼女と言ったわけか」

「うん、何か文句でも? 実際可愛いんだから、間違ってないでしょ」

ね、遥? と隣で話を聞いていた藤村さんの頭をぐりぐりと撫でる。


うわー、それ、俺もやりたい。

……じゃなくて。

いや、でもやりたい。


周りにはばれたくない羨望の眼差しを向けていると、藤村さんは久坂の手から逃げながら、髪に手をやった。

ゆるく結ばれていた髪は、ものの見事にぐちゃぐちゃ。

それに気付いて、ため息をつきながら留めていたゴムを指で引っ張る。

「ぐちゃぐちゃになっちゃったじゃないですか」


そう言う藤村さんを見ながら。

ふわりと広がる癖のある髪の毛を目で追っていたら。


無性に。

うん、ホント無性に。




「ね。敬語止めてくれるの、善処するって言ってたよね?」


「え?」


絡まった髪を直そうと指で梳いていた藤村さんに、にっこりと満面の笑みを向ける。

俺の言葉が理解できないらしく、指に髪を絡ませたままきょとんとした目で俺を見た。

「だから、最初に会った日。敬語やめてって言ったら、善処しますって言ったよね?」

ゆっくりと優しい声音で伝えると、少し考えてやっと思い出したのか小さく声を上げた。

「あ、はいっ。そういえばそんなことを……、でも、その……」

思い出したことに声を大きくした彼女は、内容を理解して声がだんだん小さくなっていく。

「思い出してくれた? 藤村さん」

「……はい」


呻く様な呟く様な、とにかくこっちにはよく聞こえない声でぼそりと言うと小さく頷く。



「うん、そうだよね。言ったよね。なのに、善処されていないように思えるのは、俺だけかな?」

「おい、佐木……」

黙って聞いていた葛西が、フォローするように俺の言葉を遮る。

でもそれを視線で止めると、藤村さんに向かって手のひらを振った。

さっきの電車の中と同じ。

おいでおいで……と。

「?」

藤村さんは首を傾げながらも腰を上げると、俺の横にちょこんと座る。


だからもう、やめてー。

俺を変態にする気ですか、その態度は!

久坂に聞かれたら、既に変態と一刀両断されそうな気がするが、完全スルーの方向で。


何? と、まるで猫か犬のような無邪気さで見上げてくる藤村さんに、俺の頭の中から久坂への恐怖が綺麗に消えた。



「俺らバイヤーってさ、営業さんとの信頼関係で取引が成立しているわけ。でもたまにその約束が反故にされる事もあってね? そういう時って、どうするか分かる?」

「そういう時、ですか?」

突然問いかけられた言葉に、藤村さんが不思議そうに俺を見る。

まぁ、許容できる理由とかそういうのではなくて、相手方のミスとかそういう場合ね。

少し考えるように口元に手を当てていた藤村さんは、眉尻を下げて首を傾げた。

「すみません、分かりません……」

「ペナルティー」

「え?」

意味が分からず聞き返してくる藤村さんに、一語一語ゆっくりと言葉を伝える。

「次にもう二度とやらないように、ペナルティーを科すの。例えば原価を下げてもらうとか、チラシや新規店舗オープンの際に特価品出してもらうとか。あぁ、当たり前だけど値段以上のものをね」

「え、そこまでやるの?」

久坂が驚いたように、声を上げる。

俺は頷いて、久坂を見た。


「久坂は、まだ一人で商談やってないだろ? 上期に三店舗新規オープンするから、どれかで初一人商談になると思うぜ? 今のうち、競合・市場調査、進めておいた方がいいよ。見当違いな事言うと、営業から舐められるから」

言っておいたほうがいいかなと思って口にすると、久坂は少し目を見開いてすぐにため息をついた。


「仕事になると、イメージ変わるんだから……」

「いつもがそうだったら、ホントお前いい男になれるのに」

だから、褒めてんの? 貶してんの?

久坂と葛西のぼやきを聞きながら、藤村さんに向き直る。



「と言うことで、すっかり忘れて敬語で話していた藤村さんに、ペナルティー、ね?」

「え……私に、ですか?」

「うん」



そういい終えると、おもむろに藤村さんの髪に手を伸ばした。



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